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【対談】モラス雅輝×片野道郎:歴史や文化と相容れぬラルフ・ラングニックの功罪

2021.11.27

モラス雅輝(インスブルック監督)× 片野道郎(サッカージャーナリスト)

11月21日にオーレ・グンナー・スールシャールが指揮官の座を追われたマンチェスター・ユナイテッドで、今季終了までの暫定監督、来季以降の2年間はコンサルタントに就任すると報じられているラルフ・ラングニック。RBライプツィヒとレッドブル・ザルツブルクの統括スポーツディレクターとしてレッドブル・グループの礎を築き、7月には突如コンサルティング会社を立ち上げるなど革新的な試みを続けてきた“トレネージャー”。ドイツ語圏で指導者として活躍するモラス雅輝氏とイタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏が、その功罪を振り返った対談を10月12日発売の『フットボリスタ第87号』から特別に掲載する。

RBグループ内でキャリアステップを構築


──今回はRB(レッドブル・)グループの礎を築き上げたラルフ・ラングニックについて、お2人にお話をうかがいたいです。

片野「RBグループ傘下のザルツブルクで働かれていた経験のあるモラスさんにまず聞きたいのは、彼らがマルチクラブ・オーナーシップを確立する過程です。ラングニックがザルツブルクとRBライプツィヒの統括SD(スポーツディレクター)に就任した2012年、まだ本格的にマルチクラブ・オーナーシップを有効活用する動きは世界的にありませんでした。そうした黎明期に、彼はどのようなビジョンを描いていたのでしょうか?」

モラス「まず僕はラングニックがRBグループに来る前の2007 年、現在ザルツブルクのSDを務めているクリストフ・フロイントがSDのアシスタントとして下働きしていた時に、ザルツブルクで仕事をしていました。ザルツブルクではメインスポンサーであるレッドブルが実質的に経営権を握っていて、その会長であるディートリヒ・マテシッツはオーストリア・ブンデスリーガで優勝、さらには欧州カップ戦で成功を収めるために、バイエルンでも活躍したニコ・コバチ、アレクサンダー・ツィークラー、トーマス・リンケのような実力者をブンデスリーガから集めていたんです。ただ、彼らがそれぞれ35歳、31歳、35歳で加入していたように、計算が立つ一方で成長の見込みがないベテラン選手ばかりが名を連ねていた。ラングニックが来る前、ザルツブルクの獲得選手の平均年齢は25歳以上だったというデータもあります」

片野「短期的な結果を追い求めていると、いずれどこかで必ず行き詰まってしまうんですよね。イタリアのクラブの多くはそれでジリ貧に陥っています」

モラス「それをわかっていたラングニックは、マテシッツに『ベテラン選手を補強して目先の結果だけを追い求めるなら、私は仕事ができません。私を呼ぶのであれば、私のやり方に任せてほしい』と告げ、プレゼンテーションを行いました。そこでかの有名な『23歳以下の選手獲得』を掲げて、世界中から安く買った選手を育てて高く売る育成クラブとして舵を切りつつ、明確なキャリアステップとコンセプトを作り、RBグループというブランドの国際化を掲げていたそうです」

片野「ラングニックはホッフェンハイムでも監督として、若手を育てながら就任当初ドイツ3部だったクラブをブンデスリーガまで昇格させて、バイエルンと優勝争いをするまでに成長させていましたよね」

モラス「『ホッフェンハイムで実現したアイディアを大規模に展開したい』という野心を抱いていたラングニックは、ザルツブルク、RB ライプツィヒ、ニューヨーク・レッドブルズ、当時はレッドブル・ガーナとレッドブル・ブラジルも傘下に入れていたRB グループに魅力を感じて、ザルツブルクとRB ライプツィヒの統括SD に就任しました。その中で彼が注目したのが、レッドブルが経営陣にクラブの会員として人を送り込んでいるRB ライプツィヒです。当時のドイツ4 部からブンデスリーガに昇格させ、欧州4大リーグ内にショーケースを作って、ザルツブルクから送り込んだ若手選手の価値をさらに上げる方針を打ち出しました」


──でも、ザルツブルクは当時から欧州カップ戦に出場していましたよね。RBライプツィヒに個人昇格させる前に欧州5大リーグのクラブから目をつけられて引き抜かれてしまうリスクと隣り合わせですが、それにラングニックはどう対処したのでしょうか?

モラス「それを見越してラングニックはRBライプツィヒ、ザルツブルクに次ぐ姉妹クラブを作り、そこで次のタレントを先行育成する計画を立てていました。そのためにザルツブルクが2012年に提携を始めたのが、当時オーストリア3部のリーフェリングです。もともと国として育成に力を入れようとしていたオーストリアでは、完全移籍と期限付き移籍以外に提携選手枠という保有形態がありました。提携クラブがそれぞれ戦っている国内リーグ戦に、選手が自由に出られるようになる仕組みで、例えばまずは実質的なセカンドチームであるリーフェリングで出場機会を与えてみて、急成長すればすぐにトップチームのザルツブルクでプレーさせられるように、選手の成長具合に合わせて柔軟に環境を調整できるようになっています。さらにリーフェリングは2013-14シーズンに2部へ昇格したので、10代後半の選手が大人を相手に実戦経験を積める場として、活用され始めていきましたね」

現在RBライプツィヒで活躍するドミニク・ソボスライ(写真下)とアマドゥ・ハイダラ(同上)もリーフェリングとザルツブルクで計画的に育成されたタレントだ

片野「今季のセリエAでは、セリエBから昇格したサレルニターナの会長マルコ・メッザローマが、ラツィオのオーナー会長クラウディオ・ロティートの義弟で、さらに保有権の50%を持つ共同オーナーはロティートの息子エンリコと、事実上1人のオーナーが同じリーグで戦う2つのクラブを保有する事態が発生していました。そうなると八百長や利益相反が起こってしまうのでイタリアでは複数クラブ保有が禁止されており、ロティートはサレルニターナ売却を強いられたのですが、ザルツブルクとリーフェリングは規定に抵触したりしないのでしょうか?」

モラス「リーフェリングはレッドブルが直接経営していますが、代わりに1 部へ昇格する権利を手放しているので、目をつむられていますね。さらにオーストリアでは外国人枠が撤廃されているので、RBグループが世界中に広げているスカウト網に引っかかった選手たちをリーフェリングやザルツブルクに連れてこられます。だから、オーストリア国内だけでなくアフリカ、北欧や東欧から優秀なタレントを集めて18、19 歳ではリーフェリング、20、21 歳ではザルツブルク、22 歳でRB ライプツィヒに挑戦させられる。こうしたステップアップの流れまで計算されていたラングニックのプレゼンを見て、『選手の市場価値も上がりやすくクラブの収入にも換金できる』とマテシッツも納得したそうです」

ラングニック効果で地位急上昇のオーストリア

片野「ただ、外国人枠が撤廃されていると自国出身選手が埋もれてしまうという懸念もありますよね」

モラス「オーストリアリーグでは外国人枠を撤廃している代わりに、『オーストリア人の壺』というルールを設けているんです。オーストリア代表で出場資格のある選手を使えば使うほど与えられるポイントに応じて放映権料がクラブに分配される制度で、21 歳以下や19歳以下の若手選手を使うといっそうポイントが稼ぎやすくなっています。そうやって自国人選手を積極的に育てるよう促しているので、オーストリア・ブンデスリーガでも12クラブ中、ザルツブルク以外の11クラブにオーストリア人の壺が適用されていますね。クラブの運営の仕方に選択肢を与えるルールです。さらにザルツブルクとリーフェリングの連携を真似て、オーストリア2部に持った提携クラブで10 代から選手を積極的に起用する流れがオーストリア・ブンデスリーガのクラブの間で強まり、オーストリアサッカー全体で若手という言葉が指すのは16~19歳だという認識が生まれました。今やオーストリア2部の平均年齢は欧州2部リーグの中で一番低い22.3歳で、UEFAカントリーランキングでもオーストリアはオランダに次ぐ8位に浮上しています。ステップアップリーグとしての地位が確立されつつあり、毎年のように約20%の選手が他の国に移籍している。

 僕も現在はオーストリア3部のインスブルックU-23で監督をさせてもらっていますが(編注:収録後の10月10日に同2部を戦うトップチームの暫定監督に就任)、現地の指導者はこの流れをみんなポジティブに捉えています。むしろ飛び立ってくれないと次が出てきてくれない。今では世界から注目を集めていて、アフリカやアジア、東欧からの売り込みも増えました。ケニアやマリ、ベナン、タンザニアからも情報が入ってくるようになっていて、『タダでもいいからテストを受けさせてくれ』なんて話も来ています。ドイツ語でも『継続的な成長のために歯車は回り続ける必要がある』という言葉があるくらいで、そのリーグでトップクラスの選手が国外移籍することにより、別の選手が活躍しやすくなったり、 絶えず次世代のスター候補が出るのを楽しむマインドが生まれていますね」


──リーフェリングやザルツブルクからも様々な選手が羽ばたいている中で、必ずしもRBライプツィヒにステップアップするのではなく、今夏ビーレフェルトに完全移籍した奥川雅也選手のようにブンデスリーガの他のクラブに行くケースも出てきていますよね。

モラス「ボルシアMG のハネス・ボルフや、ボルフスブルクのザベル・シュラーガーもそうですね。RB グループ内ではご存知の通り、ラングニックの考案した『8秒以内に相手からボールを奪い、10秒以内に攻撃を終える』という、ミスを恐れずに積極果敢にプレーできるトランジションに重点を置いた戦術コンセプトを共有しています。若手が伸び伸びとプレーでき、RB グループ内でステップアップをしてもスタイルが一貫しているので、すぐに適応して活躍しやすいのはもちろん、選手のタイプや実力がわかりやすいのでスカウティングしやすいというメリットを外部に与えています。さらに言うまでもなく、隣国のオーストリアとドイツでは同じドイツ語が公用語で文化も似ていて馴染みやすいので、計算が立ちやすい。ドイツ語でいう『箱を開ける前にプレゼントの中身がわかる』状態になっているので、ブンデスリーガのクラブもRBグループ出身者を積極的に獲得するようになっています」

片野「RB グループ出身の指導者がブンデスリーガのクラブの監督を務めるようになった影響もあるのかもしれませんね」

モラス「そうですね。ラングニックの統括SD就任と同時にRB ライプツィヒとザルツブルクの指導者は下部組織からトップチームまで大きく入れ替わっています。ラングニックはRBグループにコミットできる人材だけを求めていて、例えばアカデミーの指導者でも、RB グループとして選手のキャリアアップを促進しているのに、結果を残すために飛び級でプレーできる選手をチームに残すような真似をすれば、容赦なく排除していました。その代わり実力や将来性があれば、選手と同様にRBグループ内でどんどんステップアップできます。現在RBライプツィヒの監督を務めるジェシー・マーシュが好例で、ニューヨーク・レッドブルズで評価を高めてRBライプツィヒのアシスタントコーチに抜擢された彼は、ザルツブルクの監督を2シーズン務めてから現職に就いています。ラングニック在籍時にRBグループ内で指導者キャリアを積んだマルコ・ローゼ、オリバー・グラスナー、アディ・ヒュッター、フランク・クラマー、セバスティアン・ヘーネス、ボ・スベンソンも、現在ブンデスリーガのクラブの監督に出世していますね」

ニューヨーク・レッドブルズ監督→RBライプツィヒコーチ→ザルツブルク監督→RBライプツィヒ監督とRBグループ内で指導者キャリアを駆け上がってきたマーシュ(写真左から3番目)。2018-19シーズンにはRBライプツィヒのSD兼任監督として指導現場に復帰したラングニックのコーチングスタッフに入閣していた

──マーシュもローゼもグラスナーもヒュッターもスベンソンも、決して国際的に名の知られた選手ではなかったんですよね。クラマーとヘーネスに至っては下部リーグでしか選手経験がない。選手としての経験や名声がラングニックにとっていかに重要ではないかが伝わってきます。

片野「彼らを受け入れるブンデスリーガのクラブも凄いですよね。イタリアでは、もちろん2部や3部の元選手でも下部リーグでコーチから監督になるような指導者キャリアは歩んでいけますが、結局セリエA やセリエB で監督になるのは、元有名選手ばかりでライセンスも優遇されています。マウリツィオ・サッリのような選手経験のないアマチュアコーチからのたたき上げは、例外中の例外ですね」

外国資本参入とSD人材不足はコンサルに追い風?

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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