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CL決勝でフランチェスコ・アチェルビが背負うもの。父の死、がんの再発、恩師の熱望…インテルを支える37歳の不撓不屈の生き様

2025.05.29

現地時間6月1日、いよいよ2024-25シーズンの欧州サッカーを締めくくるCL決勝が開催される。クラブ史上初のビッグイアー獲得を目論むパリSGと激突するのは、15年ぶり4度目の優勝を目指すインテルだ。その大舞台に2年ぶりに立つであろう、父の死、がんの再発を経て恩師に熱望された不撓不屈のDFリーダー、フランチェスコ・アチェルビの生き様をインテリスタの白面氏が振り返る。

 いよいよ2024-25シーズンのCL決勝が目前に迫ってきている。

 そもそも、インテルがファイナルという舞台にたどり着いたこと自体が、驚きだという声すらある。確かに、一応の優勝候補には挙げられていた。だが、それはあくまで“次点”という扱いに過ぎなかったとも言える。

 大手ブックメイカー『ウィリアム・ヒル』が示したオッズの推移が、それを如実に物語っている。リーグフェーズ開幕前、インテルの優勝オッズはおおむね8倍前後。マンチェスター・シティやレアル・マドリー、バイエルンといった面々が4倍台で並ぶ中、インテルは常に2番手、あるいは3番手の位置に甘んじていた。

 4位でノックアウトフェーズにストレートインしても、その評価が劇的に変わることはなかった。16強にストレートインした直後ですら、インテルは依然として「候補の1つ」。参考までに下記は、ベスト4時点で世間が示した各チームの王者となる可能性である(括弧内はオッズ)。

・バルセロナ:(4.0)
・パリSG:(4.33)
・アーセナル:(7.5)
・インテル:(11.0)

 「有力」であることと、「本命」として恐れられることの間には、越えがたい壁があったのだ。

 しかし、インテルは勝ち上がってきた。雨の中でも、罵声の中でも、逆境の中でも、静かに、だが確実に歩を進めた。その果てに見えてきたのがミュンヘンへの再訪、アリアンツ・アレーナでの決勝なのだ。

 とはいえ、今季のインテルは評価を下すのが難しいシーズンを送っている。宿敵であるミラン相手には、とうとう一度も勝利できないままシーズンを終えることとなった。しかもセリエAだけでは飽き足らず、コッパ・イタリア準決勝とスーペルコッパ決勝を含めてである。2分3敗でクラブ史上初の不名誉な記録となってしまった。

 加えてリーグ戦では、ナポリやユベントスら他の上位勢との対戦でも苦杯を舐め続けることとなる。上位8クラブ中、勝ち越すことに成功したのはアタランタとラツィオに対してのみ。しかも後者に関しては、通算では1勝1分とは言え、第37節(2-2)でスクデットを逃す直接的な要因となるドローを喫している。

 歴史上、最悪レベルの過密日程による負傷の連鎖も、最後までチームの足を引っ張った。現在もCL決勝を前にして、キャプテンのラウタロ・マルティネスは内転筋の張りで調整を続けている。バンジャマン・パバールも膝の違和感から、戦線を離れて久しい。両者ともになんとかドイツへ帯同できる見通しとは言え、コンディションはとても万全とは言えない状態にある。

 一方、対戦相手となるパリSGはリーグ1を独走で制し、フランスカップでも格の違いを見せつけて2冠。CLでもウスマン・デンベレ、ブラッドリー・バルコラ、クビチャ・クバラツヘリアという圧倒的な攻撃力を誇る3トップが猛威を振るい、デジレ・ドゥエという新たな天才も彼らに割って入っている。中盤ではビティーニャ、ファビアン・ルイス、ジョアン・ネベスが抜群の制圧力をもって試合をコントロール。2022年以降、SDに就任したルイス・カンポスが作り上げてきた「名より実を取る」布陣は、まさに盤石。市場価値、選手層、戦力の質──あらゆる側面で、インテルは“劣っている”と断じられても、反論の余地は少ない。

 しかしながら、そうした“下馬評”の中で、それでもインテリスタが胸に抱いて離さないものがある。失点が重なれば不安も募るだろう。好機が決まらなければ、手元から勝利がすり抜けるかもしれない。だが、どんな流れに呑まれようとも「諦めるな、下を向くな。勝負は最後までわからない」と思わせてくれる選手がいる。

 それこそがフランチェスコ・アチェルビ。混沌と重圧の渦中にあったここ数年のインテルにおいて、守備の要として、唯一無二の存在感を発揮してきた37歳である。

 重圧に押し潰されそうな若手、喧騒に浮き足立つ中堅──そうした不安の波を、吸い込み、沈めてしまうような重みを持つベテラン。プレーする者だけではなく、見る者の心をも変えてしまう説得力。声ではなく、言葉ではなく、その後ろ姿と眼差しと、立ち居振る舞いで周囲を変えてしまう人間が、時にこの世には存在する。アチェルビとは、まさにその類の男である。

父の死とがんの再発を乗り越え、真のサッカー選手へ

 アチェルビの生き様を覗く際、我われは「強さとは何か」「生きることとは何か」という、問いを投げかけられているような気がしてならない。数あるスター選手とは一線を画する、決して順風満帆とは言えないキャリアは、フットボールというスポーツの持つ奥深さを感じさせて余りあるものだ。

 下部組織時代を過ごした地元クラブのパビーア(当時イタリア3部)で、2006年に18歳でトップチームデビューを飾った後、レナーテ(同4部)、スペツィア、レッジーナ(同2部)、ジェノア、キエーボ(同1部)と紆余曲折ありながらもカテゴリーを上げていったアチェルビだが、若手時代は本人いわく己をコントロールできていなかったという。プロとしての責任を果たせていない、と言い換えてもいいかもしれない。夜遊び、練習態度、私生活の乱れ──当時の彼はピッチ上ではなく、ゴシップでばかり名前を見かける人物になっていた。「あのままいけば、オレはサッカー選手として終わっていただろう」という弁は、当時の状況を的確に捉えたものだろう。

 しかし、情状酌量の余地はある。生活の崩壊に拍車をかけた理由が、父親との離別だったからだ。その知らせは、突然にやって来た。

 キエーボで憧れのセリエAデビューを果たした一方で、若者らしい葛藤を内面に抱え、悪戦苦闘を続ける日々。そんな中で2012年2月、父の訃報は届いた。「何もできなかった。いや、何かしようともしなかったかもしれない」――後年のインタビューでそう振り返ったアチェルビの声には、罪悪感と、自らを責めるような苦味を感じ取ることができる。

 アチェルビの生には、常に「父」が陰のように付きまとっていた。生前の父親との関係について、彼は多くを口にしてはいない。だが、いくつかの断片的な証言は残されている。あるインタビューでは、次のように語っていた。

 「父とは、ほとんど口をきかなかった。彼とオレは、まったく違う人間だったからだ。彼は規律を愛し、黙って働くタイプだった。オレはその逆だった。何かに縛られるのが嫌だったんだよ」

少年時代のアチェルビ

 それは単なる思春期の反抗や、男同士の照れではなく、互いに歩み寄る術を持たない、不器用な者同士の距離間だったようだ。酒に溺れ、夜に溶け、練習を休むことさえあったという、サッカー選手としての自覚がいささか以上に欠けていた彼の姿に、父親がどう向き合っていたのか、詳細は明らかになっいない。強く叱責したとも、温かく支えたとも記録には残っていない。ただ、アチェルビが語る彼の姿からは、息子相手に黙って距離を取り、しかし目を逸らさず、じっとこちらを見ている──そんな様を容易に想像することができる。

 「オレは父に認めてほしかった。でも彼の中に、オレという存在が“正しい”と思える瞬間は、最後までなかったんだと思う」

 「最期の瞬間、父に何かを言いたかった。でも、何を言えばよかったのかわからなかった。今でも、わからない」

 その言葉の端々には、自嘲にも似た思いがにじむ。だがそれは、かつての確執を責めるばかりではなく、理解されなかった自分を見つめ直す言葉のようにも聞こえる。1つ確かなことは、結局この確執が赦しの言葉も和解の印もないまま、静かに終わりを告げたということだ。そして空白だけが、アチェルビの中に残された。父のことについて述懐する様子からは、後悔、懺悔、受容――一言ではまとめられない、極めて複雑な感情が絡み合っていることがうかがえる。

父の写真を掲げるアチェルビ

 だが不思議なことに、アチェルビはその「理解し合えなかった父」の生き方に、いつしか似ていくこととなる。きっかけとなったのがもう1つの転機、精巣がんの発覚である。それは、明確な死の影であった。

 予想外の宣告を浴びたのは、2012-13シーズンを過ごしたミランでの不振を受け、サッスオーロへの移籍が正式に決まった直後、2013年6月のことである。本来ならばメディカルチェックは、サッカー選手にとって日常の通過儀礼に過ぎない。だが、そこに異常が見つかった。血液検査において、腫瘍マーカーの値が通常を大きく逸脱していたのだ。

 当然、クラブは再検査を指示する。精密検査の末に突きつけられた診断は、精巣の腫瘍だった。当時のアチェルビは24歳。父の死からわずか1年余、暗中模索の渦中にあった彼に、新たな試練が降りかかった瞬間であった。本人はその心境をこう語っている。

 「“がん”と聞いた瞬間、自分が死ぬと思った。ただただ、怖かったんだ」

 言葉にすれば短い。しかし、その瞬間に彼の中で何かが崩れ、あるいは静かにひび割れたであろうことは想像に難くない。父を亡くし、自暴自棄となり、夜と酒に沈んでいた頃とは異なる。今回は、自らの生そのものが問われたのである。

……

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白面

集団心理とか、意思決定のノウハウ研究とかしています。昔はコミケで「長友志」とか出してました。インテルの長所も短所も愛でて13年、今のノルマは家探しです。

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