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アジアカップ準優勝も「未来は暗い」?ヨルダン躍進の理由と国内の実情

2024.02.13

史上初めて挑んだ決勝では前回王者カタールに敗れたものの、グループステージ3位通過から決勝トーナメントでイラク、韓国を下す快進撃でアジアカップに旋風を巻き起こしたヨルダン代表。その躍進の理由と国内の実情を、アジアサッカーに精通するyosuke氏に解説してもらおう。

 「ヨルダンが準決勝進出とは……随分と大胆な予想ではないですか?」

 アジアカップ開幕前の1月10日。とある元サッカー選手がカタールの名物番組に招かれた。彼の名はアメル・シャフィ。ヨルダン代表として歴代最多の173キャップを刻み、現役時代はその豪快なセービングから「アジアの鯨」の異名を取った名GKである。

 シャフィが出演したのは開催国カタールの放送局『アルカススポーツチャンネル』の特別企画「私の予想」というコーナー。イラク代表として2007年のアジアカップ制覇を中盤の底から支えたナシャト・アクラム、日本戦でも得点したFWアーメドを弟に持つ2000年代のUAE代表を牽引したファイサル・ハリル、エジプト代表や同国の名門アル・アハリの守護神として47歳まで現役生活を続けたエサム・エル・ハダリら、アラブサッカー界の錚々たるレジェンドがゲスト出演したアジアカップのプレビュー番組だ。

 そこでシャフィはヨルダンがサウジアラビア、オーストラリアという格上を破って準決勝へ進出。日本に敗れるものの史上初の4強入りを成し遂げるという驚きの予想を立てたのだ。冒頭の言葉はその全貌が明かされる前に、思わず番組司会者が発した言葉である。

 彼女の投げかけに対して、シャフィは「大胆かもしれないが、私は期待を込めてそう予想する」と返答。SNS上では主にサウジアラビア方面から「バカなことを言うな」と批判を浴びたが、いざアジアカップが幕を開けるとヨルダンはOBの予言を上回る躍進を遂げる。前回優勝国でもあるカタールと同じファイナルの舞台まで勝ち進んだからだ。残念ながら準優勝に終わったが、なぜ長らく殻を破れなかった中東のサッカー中堅国が快進撃を続けられたのか、その理由を探っていきたい。

「激しい」の一言に尽きるヨルダン・プロリーグの苦境

 ヨルダンは中東・西アジアに位置する立憲君主制の国家である。「死海」や「ペトラ遺跡」を中心とした観光業が盛んだが、非産油国であるため他の湾岸諸国と比較すると経済状況は厳しく、GDPも中東13カ国中10番目。人口は約1020万人。パレスチナ難民が多数を占め、近年は隣国シリアの内戦から逃れた移民が多く流入したことでも知られている。

 そんなヨルダンの人気スポーツはもちろんサッカー。1944年に発足した国内リーグ「ヨルダン・プロリーグ」は国民に根強い人気を誇る。2005年から2007年にかけては3大会連続でヨルダン勢がAFCカップを制覇したようにレベルは高く、アル・ファイサリー、アル・ワフダードの首都アンマンに本拠を置く2強が人気クラブだ。

 ただ近年そのリーグはおろか、ヨルダンサッカー連盟自体が深刻な財政難に苦しんでいる。ヨルダン・プロリーグ自体も名ばかりで、実際はアマチュア契約の選手も多く在籍。昨年9月にはリーグスポンサーが見つからず、経営不振に喘ぐクラブへの資金援助の目処もつかない状況に陥ったため、全チームによるストライキが実行された。その後ヨルダンサッカー連盟会長であり、ヨルダン王族のアリ・ビン・フセイン王子とクラブ代表者の会合が行われ、「公共の利益」を理由にリーグ再開が決定したが、今なお連盟とリーグの財政事情は改善されておらず、ほぼすべてのチームが経営に問題を抱えているのが実情だ。

 筆者はヨルダンやレバノンを中心とした中近東リーグの試合を定点観測しているが、ヨルダン・プロリーグの特徴は「激しい」の一言に尽きる。バチバチとした球際のプレーがとにかく目立ち、前半開始早々からファウル覚悟の深いタックルの応酬が続く展開は日常茶飯事だ。ただ、中国や北朝鮮といった東アジアで見られるようなダーティーさはなく、ボール奪取に愚直なまでに全力を尽くす姿勢がひしひしと伝わってくる。みな一生懸命なのだ。そのアグレッシブなプレースタイルと国の経済規模から来るコストパフォーマンスの良さが相まって、近年は続々とヨルダン人選手がカタールやサウジアラビア、イラクのクラブから引き抜かれている。

 余談だがヨルダン人選手が近隣の国外クラブに好まれる理由は、湾岸諸国出身者が抱えがちな弱点にあるのかもしれない。というのも彼らはテクニックに優れる反面、90分通して集中力が持続できず特に試合終盤にかけて「軽い」プレーが散見されるからだ。「彼らはプロになった時点で多額の報酬を手にするから」「そもそも一つの試合に懸けるモチベーションが大きくないから」という俗説も、現地の人々によって長年言い伝えられているくらいだが、決して恵まれた環境で育ったわけではないヨルダン人選手は毎試合を決勝戦のように戦ってくれる。その諦めない姿勢が「助っ人」として魅力的に映っているのではないだろうか。

 ヨルダン人選手の国外挑戦増加は、ここ数年の湾岸諸国リーグにおける外国籍枠の拡大にも拍車をかけた。ビッグクラブの多くはアルジェリア、モロッコ、チュニジアなど北アフリカで実績のある有力者を狙う傾向にあるが、中小クラブはヨルダンに熱視線を注いでいる。同じアラビア語を話して意思疎通ができ、平均身長も西アジアでレバノン、イランに次ぐ3番目とサイズも悪くない。さらにコスパが良く、かつ試合を通してガッツを見せられるヨルダン人選手は彼らとの相性が良い。特に昨季までアラブ圏の国外選手に適用される「アラブ枠」が存在していたカタール・スターズリーグでは、2020-21シーズンには0人だったヨルダン人選手が一気に獲得され、翌季から3、4人が在籍し続けている。そしてここ数年にかけて、マレーシアをはじめとする東アジアのクラブからも触手が伸びてきたことで、東西を問わず多くのヨルダン人選手が国境を超えるようになった。そのトレンドは前回大会で4人だった国外組が今大会で10人に増加したアジアカップ登録メンバーにも表れている。

アジアカップ決勝カタール戦の先発メンバーも、11人中6人が国外組で編成されていたヨルダン代表

「ムバッペ以上の俊足」も!国外でも評価される前線トリオ

 そんなヨルダン人選手の選りすぐりで構成されたのが代表チームだ。W杯出場歴はなく、世界大会は2007年のU-20W杯に出場したのみ。アジアカップでは2004年大会と2011年大会でベスト8へ進出したものの、カタールW杯ではオーストラリア、クウェートの後塵を拝してアジア二次予選敗退に終わっている。

 前述の名手シャフィ、無回転フリーキックの使い手として知られたMFバハ・アブドゥルラフマン、サウジアラビアやベルギーのクラブでもプレーしたFWアブダッラー・ディーブら攻守に積極的な実力者を数多く抱えるもツメが甘く、サッカー強豪国を苦しめるには至らなかった。そのチームが近年、国際的に評価される才能豊かなアタッカーの台頭とともに変貌を遂げている。……

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Profile

yosuke

杜の都に住むロンドン世代のフットボール好き。小中高とゴリゴリにフットボールをプレーしていたが、その一方で幼少期からアジアンフットボールをこよなく愛し、選手の帰化や、Jリーグにやって来そうな外国籍選手探しにも関心がある。SNS経由で知り合ったアジアの友人達と共に試合を観て周るのが夢。

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