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デ・ゼルビに見出された「イタリアのナーゲルスマン」。無敗ニースを率いるフランチェスコ・ファリオーリとは何者か?

2023.11.16

3分の1にあたる第12節を終えた2023-24シーズンのリーグ1で、王者パリ・サンジェルマンを勝ち点1差の2位で追いかけるOGCニース。その指揮を34歳の若さで執るのがイタリア人“ラップトップコーチ”、フランチェスコ・ファリオーリだ。ベネベント、サッスオーロ時代にロベルト・デ・ゼルビ監督の下で働き、師と同じく「GKをビルドアップに組み込んだポジショナルかつ組織的なサッカー」を異国の地で展開する「イタリアのナーゲルスマン」の知られざるキャリアとは。お馴染みの片野道郎氏と振り返っていこう。

 今シーズンのリーグ1でパリSG、モナコ、マルセイユという強豪を相次いで下し、ここまで12節を消化して今なお無敗(7勝5分)、戦力的に別格のレベルにあるパリSGと互角の首位争いを展開しているOGCニース。

 結果だけでなく内容を見ても、12試合で失点はわずか4、被xG(失点期待値)もリーグ最小の6.09という堅守を誇りつつ、得点13はリーグ9位ながらオープンプレーのxG(得点期待値)は12.8で3位、ボール保持1回あたりの平均パス本数はパリSGに次ぐ2位と、攻守両局面で質の高いサッカーを展開しており(データはいずれもOpta)、あらゆる意味でリーグ1序盤戦最大のサプライズと言っていいだろう。

 だが、このパフォーマンス以上に大きなサプライズは、このチームを率いているのが監督キャリア4年目の弱冠34歳、しかもこれまではトルコの中堅クラブ2つを率いたことしかない無名のイタリア人監督だというところにある。彼の名はフランチェスコ・ファリオーリ。イタリアでは、業界内でこそこの3年ほどその名がしばしば噂に上っていたとはいえ、一般のサッカーファンはその名前すら聞いたことのない存在だった。

プロ経験ゼロの哲学者がデ・ゼルビの誘いを受けるまで

 プロ選手としてのキャリアはゼロ。19歳でアマチュアクラブのGK育成コーチから指導者キャリアをスタートし、様々な偶然も味方につけて若くしてステップアップに成功、20代の終わりに今をときめくロベルト・デ・ゼルビの下でベネベント、サッスオーロのGKコーチを3年間務めると、トルコリーグで監督デビューして3シーズンを過ごし、今夏ニースに抜擢されたというその歩みは、イタリアサッカー界ではきわめて珍しい、というよりも過去には例がないケースである。

 とはいえ、footballista読者にはおなじみ『モダンサッカーの教科書』シリーズのレナート・バルディ(イタリア代表マッチアナリスト)や、『モダンサッカー3.0』のアレッサンドロ・フォルミサーノ(ペルージャU-19監督)もそうであるように、元プロ選手という肩書きなしでも、自らの能力と才覚を生かして訪れたチャンスをものにし、プロコーチとしてのキャリアを切り拓くケースは、イタリアでも少しずつではあるが増えてきている。ファリオーリは、現時点でその出世頭というべき存在だ。

 1989年、イタリア中部トスカーナ州生まれ。長くアタランタと提携してジャンパオロ・パッツィーニやジャコモ・ボナベントゥーラを輩出した地元の名門育成クラブ、マルジネ・コペルタでGKとして育ったが、身長が伸びなかったことなどもあり、19歳で選手キャリアに終止符を打って、自らが育ったクラブでGK育成コーチとしてのキャリアをスタート。2年後にはアマチュア最上位のセリエD(当時5部リーグ)で戦うフォルティス・ユベントスから声がかかり、わずか21歳でトップチームのGKコーチとなった。

 ファリオーリはセミプロのGKコーチとして活動する傍ら、フィレンツェ大学で哲学を専攻し、23歳で学位を取得している。『ゲームの哲学:サッカーの美学とゴールキーパーというポジション』と題された卒業論文は、「サッカーは人生のメタファーである」というジャン・ポール・サルトルの引用から始まって、サッカーというゲームを人生と同じように生きようとするならば、そこで最も重要なのは「選択」であり、その選択の源となるのは個人としての哲学、嗜好、すなわち美学であるとして、ゲームのルールを尊重しつつも、自らの美学に忠実な選択を行い自らを表現する場/機会としてサッカーをプレーすることを通して、人は自らの人生を十全に生きると同時に新たな価値を生み出すこともできるはずだ、と結論づけるもの。GKは、その選択が得点に直結する厳しいポジションであるがゆえに、それを阻止した喜びと喫した失望という大きな振幅の中で、常に次の選択に直面しなければならず、その意味で「良きGKになるためにピッチ上で行う日々の取り組みは、良き人間になるための努力、その歩みと通底している」としている。

 このようにサッカーをピッチ上とは異なる視点・角度から捉え考察を深める一方で、GKコーチとしても自らのメソッドをFacebookやYouTubeなどのSNSで発信、さらにGK育成専門のスクール設立にも関わるなど、ピッチ外でも積極的なセルフブランディング/プロモーションに取り組んで20代前半を過ごした。

 そして2014年には25歳でセリエCのルッケーゼにステップアップ、2年目にはトップチームのGKコーチに加えて、アカデミーのGK育成メソッド責任者も兼任したが、シーズン半ばの監督交代に伴って辞任を余儀なくされる。

 キャリアの大きな転機となったのは、その直後にカタールの育成機関アスパイア・アカデミーから声がかかり、U-17のGKコーチとなってドーハに拠点を移したこと。

……

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OGCニースフランチェスコ・ファリオーリロベルト・デ・ゼルビ

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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