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「パウサ」とは何か?ウルティモ・ウオモ戦術用語辞典

2023.07.06

近年、サッカーの試合中継や各種メディアで頻繁に耳にし、目にするようになったのが、「ポジショナルプレー」や「ハーフスペース」といった戦術用語だ。しかし、その本当の意味や狙いを、果たしてどれほどの人が理解しているだろうか。おそらく、漠然としたイメージしか浮かばない方も少なくないはずだ。そこでイタリアの新世代WEBマガジン『I’Ultimo Uomo(ウルティモ・ウオモ)』の人気連載「戦術用語辞典」を『footballista』の監修のもと1冊の本にまとめた完全保存版『footballista×l’Ultimo Uomo 戦術用語辞典』から、基本用語から新語まで、現代サッカーを語る上で欠かせない戦術的キーワードの一部をお届け。その言葉の成り立ちから一つずつ丁寧に読み解いていこう。

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1つのプレーに許される時間とスペースが縮小し続けるモダンサッカーにおいて、英語で「ポーズ」を意味する「パウサ」を使うことなく、試合のコントロールを手中にするのは難しい。プレーのスピードを落とし、時間を稼ぎ出す「パウサ」は、味方に秩序を与え、敵の秩序を崩す道具であり、その使い手の存在は不可欠なのだ。

 「パウサ」(=一時停止、小休止。英語では「pause」)という言葉がサッカーで使われるようになったのは、南米でのこと。詩学における韻律論の中ですでに使われていた概念を借用したのが始まりだった。韻律論においてパウサは、朗読で意識的に抑揚をつける箇所(ほとんどの場合、一節の最後に呼応する)を指す。詩の朗読にリズムと抑揚はつきものであり、パウサは節の区切りを明示するために不可欠とされている。これはイタリアの音楽理論におけるこの言葉の用法、すなわち楽曲内での完全に無音の状態を指すそれとも通じるものだ。

 サッカーにおいてパウサとは、ボールを持つプレーヤーが、フェイント、躊躇、あるいは単純な停止などを通してプレーのスピードを落とし、パスを出すタイミングを遅らせる振る舞いを指す。それによって受け手となる味方が、より有利な形でパスを受ける状況を作り出す時間を稼ぎ出すわけだ。

 パウサは、技術的には小さな動きに過ぎないが、戦術的には大きな効果をもたらし得る。ポジショナルな攻撃においては、持てる武器(1対1突破、パスの精度など)を通して位置的優位を作り出すことが重要であり、パウサによって作り出された時間はその優位性を高める機会をもたらすからだ。

 スペインサッカー界で最も重要な思想家の1人、ファンマ・リージョは言う。「チームに秩序をもたらしたり、それを崩したりする道具は1つしかない。それはボールだ」。パウサは、ボールを「どこに」「どのように」動かすかの双方をコントロール下に置くことを可能にする。別の言い方をすれば、パウサは味方に秩序を与え、敵の秩序を崩す道具として働く。

技術的には小さな動きに過ぎないパウサだが、戦術的には大きな効果をもたらし得る

新たなニーズの発生
La nascita di un nuovo bisogno

 かつてのサッカーでは、ボールを止めてから蹴るまでにパウサを一拍置くのは、ごく当たり前のことであり(ボールは今よりずっと重く、プレーヤーは今よりずっと運動能力が低かった)、この行為にあえて名前をつける必然性はまったく存在しなかった。ボールを止める動作と蹴る動作が連続的なものになったのは、モダンサッカーの黎明期、ボールが軽くなり、オランダやソ連によってより高いインテンシティを要求する戦術が導入され、広まった1970年代のことだ。しかしプレーのリズムが速くなったことによって、それまでには存在しなかった問題も生まれた。敵のゴールに近づきスペースと時間が縮小するのに伴い、攻撃側のボール保持とゲームコントロールが困難になるという問題だ。

 試合のリズムが上がったことで技術的なミスの頻度も高まり、試合はよりオープンになって不確実性が増した。『ウルティモ・ウオモ』編集長ダニエレ・マヌシアは、プレミアリーグの戦術的問題を掘り下げた原稿でこう書いている。

 「インテンシティはゲームコントロールの敵であり、それがここまで高まると、何よりも安全がまず優先されるようになる。ゆえに、ポゼッションにこだわって嫌な形でボールを失うよりは、前線のFWに直接ロングボールを送り込む方がいいし、スペースを広げるために多くのプレーヤーを敵陣に送り込むよりは、スペースがないのを承知の上でもゴールに向かって強引に仕掛ける方がましだということになってくる」

 ボールとゲームコントロールの喪失という問題に直面して、南米ではボール保持の局面に秩序をもたらすため、パウサを使いこなせるプレーヤーを1 人(2人以上になることは稀だった)起用するという解決策を用いるようになった。パウサという概念を最も積極的かつ際立った形で活用したのは、間違いなくアルゼンチンサッカーだ。アルゼンチンはリカルド・ボチーニ、ディエゴ・マラドーナ、ファン・ロマン・リケルメ、リオネル・メッシら、パウサをあらゆる形で使いこなす偉大なプレーヤーを数多く輩出した。中盤と前線の間でボールを支配下に置き、パウサを駆使して攻撃の最終局面を作り出す「エンガンチェ」と呼ばれるポジションを生み出し、称揚するようになったのも、他でもないアルゼンチンだ。

 ジョナサン・ウィルソンがアルゼンチンサッカーの歴史を綴った著書『Angels With Dirty Faces(汚れた顔の天使たち)』で触れているように、パウサという概念はスペイン語のままでサッカーに持ち込まれた。なかでもボチーニは2種類のパウサを意識的に使いこなした。ボールの動きを止めることでプレーを遅らせるだけでなく、ボールの動きを大きくスローダウンさせることなくプレーを遅らせる術も、彼は身に付けていた。

1970~80年代にかけてインデペンディエンテで活躍したボチーニ(中央左)はアルゼンチンサッカーにおける「エンガンチェ」の象徴であり、マラドーナ(中央右)のアイドルだった

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ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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