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クロアチア代表は“萌え”要素も備えた「炎の男たち」――『もえるバトレニ』まえがき

2023.06.02

【特別公開】『もえるバトレニ』まえがき

5月31日発売の『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』は、W杯2大会連続でメダルを獲得した“バトレニ”(「炎の男たち」を意味する代表チームの愛称)の強さの秘密、そして彼らを長年取材してきた長束恭行氏のクロアチア愛が詰まった渾身の一冊だ。表紙はラブリーだけど中身は骨太! 本書のコンセプトを記した「まえがき」を特別公開する。

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 クロアチアの4番手キッカー、マリオ・パシャリッチは日本のゴールネットを揺らすと、真っ先にドミニク・リバコビッチに飛びついた。カタールW杯決勝トーナメント1回戦の英雄は、PK戦で南野拓実、三笘薫、吉田麻也のシュートを立て続けに止めた27歳のGKだ。リバコビッチを中心に喜びの輪が生まれる中、「新しい景色」を見られずに落胆する日本代表を励ましたのがイバン・ペリシッチ。後半に打点の高いヘディングで同点ゴールを叩き込んだベテランは、試合後の行動をこう説明した。
 
 「彼らはよく戦っていただけに意気消沈していた。試合が終われば相手を慰め、手を差し伸べて勇気づけるのは当然のこと。それがサッカーの一部であり、人生の一部なのだから」
 
 あの試合をきっかけに日本国内で「PK論争」が始まったのは、まだ我われの記憶に新しい。だが、その14年前にクロアチアがPK戦で重い十字架を背負い、長く苦しんできたことを知っている者は少ないだろう。その生き証人こそがキャプテンのルカ・モドリッチだ。レアル・マドリーで大成功を収める一方、クロアチア代表でのモドリッチ、並びに彼の世代には一部メディアから「敗北者」のレッテルが貼られていた。ロシアW杯の決勝トーナメント1回戦のデンマーク戦でモドリッチがPKのトラウマを“ショック療法”で克服すると、ようやく代表チームの精神的なリミッターが解除された。「バトレニ」(炎の男たち)という愛称を持つクロアチア代表は、ロシアの地で燃え盛ってファイナルに到達。延長戦やPKを常に制するような「勝者のメンタリティ」が生まれるまで、実に10年もの重き時間を過ごしてきたのだ。

EURO2008準々決勝のPK戦、1番手のキッカーとしてシュートを外し、顔面蒼白のモドリッチ(当時22歳、右はトルコ代表のGKリュシュテュ・レチベル)。この「エルンスト・ハッペル・シュタディオンの悲劇」でクロアチア代表は重い十字架を背負った(Photo: Yasuyuki Nagatsuka)

 半分以上のメンバーが入れ替わったカタールW杯でもクロアチアは3位になり、2大会連続でメダルを手に入れた。新たな成功の秘訣は「1998年フランスW杯3位のチームの“DNA”をモドリッチ世代が受け継ぎ、それをロシアW杯準優勝を通して新世代に引き継いだから」と私は考えている。そして、モドリッチ世代は敗れた者を思いやるスポーツマンシップも新世代に継承した。日本戦でヨシップ・ユラノビッチがセルティックのチームメイト、前田大然を抱き締めたシーンもその象徴の1つだ。
 
 すでに日本とクロアチアはW杯で3度も対戦した。にもかかわらず「クロアチアやクロアチア代表に対する認識や評価が日本国内であまりに低いのではないか」と私は常々感じている。クロアチアを専門とするサッカージャーナリストとして、自分自身の無力さには忸怩たる思いだ。W杯やEUROの「列強国特集」でベルギーやオランダが取り上げられても、クロアチアが同列に扱われる機会はほとんどない。同時に、旧来のステレオタイプなイメージがはびこっていることも痛感している。例えば、昨年9月にテレビ局の通訳コーディネートとして現地取材に関わった際、1990年代の戦争を今のクロアチア代表と安易に繋げる「視聴者にわかりやすいシナリオ」で撮りたい制作側と私の間に摩擦が生まれた。「戦争で愛国心が発露したことでサッカーが強くなったわけではない」――等身大のクロアチアとクロアチア代表を深く掘り下げた本書を読んでもらえれば、きっと私の主張もわかってもらえると信じている。
 
 はじめに言明しておくが、クロアチア代表を引き合いにして「日本代表もこうすれば強くなる」なんて内容は一切ない。「〇〇では……」が口癖の“海外出羽守”に倣うつもりも一切ない。そもそもクロアチアは政府のスポーツ施策があまりに貧弱で、ナショナルスタジアムもなければナショナルトレセンもない、欧州でも極めて稀な国家だ。さらに少子化と労働力流出で人口はみるみる落ち込み、独立前の1990年には478万人、EU加盟時の2013年には430万人だったのが、最新データの2021年には387万人まで激減している。これほどまでにリソースが限られたクロアチアが、「大国」ぶって他国を“上から目線”で語る資格はないだろう。しかしながら、代表チームのためならば血も汗も最後の一滴まで絞り切る忠誠心と献身性、どんな瀬戸際に立たされても決して諦めない精神力とエネルギーはどこの国にも負けないはずだ。クロアチアサッカー協会が「家族」(obitelj)というモットーを掲げているように、友情や愛情、信頼や尊敬から生まれる「絆」を代表チームは重んじている。

昨年12月17日、カタールW杯の3位決定戦を制して。ダリッチ監督は「我われにとっては黄金の輝きを持った銅メダル」と評した

 その一方で、感情的過ぎるがあまり、おっちょこちょいでヘマをしがちな一面もクロアチア人の憎めないところだ。行き当たりばったりで行動するので、時間にもルーズだし、仕事の進め方もいい加減。普段は場の空気を読まず、文句と皮肉、そして冗談ばかりを口にする。ところが、困っている人が近くにいれば助けずにはいられないし、勝負事においては自己犠牲も厭わない。約束やルールは守れないけど、現状を見極めてフレキシブルに対応するのはお手の物だ。負ければみんなで落ち込むし、勝てばみんなで歌う。
 
 「仲間」とは何か。「主体的に戦う」とはどういう意味か。そんなチームスポーツの原点を知る格好の材料がクロアチア代表だと私は考えている。「ちょっとドジな性格だけど、負けず嫌いで友だち思いなカワイイやつら」――そんな“萌え”要素すらも備えたクロアチア代表を、本書を通して存分に知ってもらえるのなら本望だ。

Photos: Getty Images

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<書誌情報>

定価:1,760円(10%税込)
発行:ソル・メディア
発売日:2023年531日
仕様:四六判/並製/288頁
ISBN:978-4-905349-70-9

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クロアチアクロアチア代表もえるバトレニ

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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