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トッテナム・ホットスパー・スタジアムにケインの像を建てたいレビィ会長が回避しなければならない22年越しの悲劇

2023.05.06

プレミアリーグ4試合を残して7位(16勝6分12敗・63得点57失点)。現在、トッテナムは正監督不在、フットボールディレクター不在という組織が壊滅した状態で、来シーズンの欧州カップ戦出場を目指して戦っている。

今なお歌い続けられるあのチャント

 この1カ月ほどで起きた現状に至るまでの経緯を簡単に説明すると、3月18日のサウサンプトン戦(3-3)後の記者会見で、アントニオ・コンテ前監督は20余年にわたる現オーナー体制下で無冠が続くクラブの文化とピッチの上で「戦えない」選手たちに痛烈な非難を浴びせたことで、大いに波風を立ててトッテナムを去ることに(3月26日)。さらにその1カ月後には、フットボール部門マネージングディレクターのファビオ・パラティチが、前任地ユベントスでの不正会計疑惑に関与したことに対する控訴審でその疑念が晴れなかった結果を受けて同職を解任された(4月21日)。

 2021年6月、ジョゼ・モウリーニョ(現ローマ監督)を同じくシーズン終盤に解任してから2カ月後に、長らくファンの間で不評だったダニエル・レビィ会長を監督人事や移籍ビジネスをはじめとするフットボール関連の意思決定から遠ざける(≒レビィ会長に向けられるサポーターからの非難を軽減する)目的で、パラティチがマネージングディレクターとしてクラブ取締役会のメンバーに就任した。

ダニエル・レビィ(61歳)

 そしてそのパラティチ就任から2年も経っていない現在、トッテナム・ホットスパー・スタジアムでは、スパーズファンによってこれまでにないほどの大音量でレビィ会長の退任を懇願するチャントが歌われることとなった。

 自らが建設に尽力した世界最高水準のスタジアムのメインスタンドに鎮座し、ファンから罵声を浴び続けるレビィ会長だが、自身に向けられるものとは別の、スパーズファンにとっては定番のチャントをより重く受け止めているかもしれない。それは今から22年前の2001年2月に30代の若さで会長に就任した当時、スパーズのキャプテンだったソル・キャンベルに対する“恨み節”として延々と歌われ続けているチャントだ。

 キャンベルはスパーズアカデミーで育ち、1992年からトップチームで9季プレーしたDF。2000-01シーズンにはキャプテンとして3季目を迎え、イングランド代表のレギュラーとしても活躍していた。同シーズン限りで契約満了となるキャンベルにはクラブ最高額の延長オファーが提示され、おそらく当時就任したてのレビィ会長とも交渉が繰り返されていたが、本人はいずれ延長契約を結ぶと何度となくメディアにほのめかしながら、バルセロナやインテルなど国外移籍の噂も出回る中で、シーズン終了を迎えて退団が確定した。その後、フリーで国外クラブに行くとばかり思っていたスパーズファンには寝耳に水の悲報となるアーセナル加入が伝えられたのだ。

 その「裏切り者」に対する侮辱的で攻撃的で下品なチャントは、近年でもスタジアムで歌うことは禁止されておらず、際どい表現ながら一線は越えていないのであろう。その内容がわからない日本のファンでも、スパーズ戦を観ていればほぼ毎試合耳にしているチャントである。あの出来事から22年が経ち、すでにキャンベルが現役を引退してから10年も経っているにもかかわらずだ。

 なぜスパーズファンはスタジアムでこのチャントを歌い続けるのだろうか。まだキャンベルがアーセナルで活躍していた2000年代前半には、その侮辱的なチャントを「上の句」として、同じスパーズアカデミー出身のDFで6歳年下のレドリー・キングを称える「下の句」のチャントが続いた。キングが在籍していた当時は、「俺たちにはレドリーがいる」とピッチで戦う現キャプテンを鼓舞し、元キャプテンの裏切りの痛手を断ち切ることが主たるメッセージとなっていたチャントであった。

 その後は、スパーズファン同士で憎き隣人であるアーセナルとの「因縁」を確かめ合い、あの歴史的出来事を伝承する意味を持ったカジュアルなチャントとして歌われているように思うが、しかしそこには「言霊」があり、主力選手が国内のライバルクラブに移籍することを過度に屈辱視する文化がクラブに根づいている原因になっているようにも感じる。それはかつてのルカ・モドリッチやギャレス・ベイルの移籍騒動の時も、レビィ会長が「イングランドの他クラブへの移籍は許さない姿勢」を固辞していたことからもわかる。そして、2年前のハリー・ケインの移籍騒動の時も同様だった……。

権限の移譲から2年後の混沌

……

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