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江川湧清が積み重ねた5年半の研鑽。16歳と出会った日と、21歳と再会した日のこと

2023.01.25

12月28日にガンバ大阪への移籍が発表された江川湧清。前所属V・ファーレン長崎のサポーターからは別れを惜しむ声が相次いだがそれもそのはず、高校2年次の2017シーズンからトップチームに2種登録され、2020シーズンには下部組織出身者としてクラブ史上初となるJリーグ出場を果たし、21歳にして鋭い読みで攻撃の芽を摘み取る守備の要へと成長を遂げた「長崎の星」だからだ。その軌跡を16歳当時の彼を知る土屋雅史氏とたどっていこう。

 その少年は明らかに怪訝そうな表情を浮かべながら、クラブの広報スタッフに連れられてやってきた。「この人は誰なんだ?」「この人は何を聞きたいんだ?」。口にしなくても、心の中が透けて見える。無理もない。まだプロサッカー選手でもない16歳にとって、突然自分に話を聞かせてくれと言ってくる年上のオジサンなんて、あるいは恐怖の対象ですらあったかもしれない。

 「ああ、覚えてますよ。あの時はユースから1人で来ていて、マジで気まずかったですからね。監督の高木さんも怖くてビビっていましたから。そう考えると、今は全然変わりましたね。あの時は『オレ、ここでやれるのかな?』とか『こんなに差があるのにな……』『こんなところに来て良かったのかな……』とか思っていたんですけど、今はここまで来ることができましたし、『これだけ戦えるようになるんだよ』ということを、あの日の自分に言ってあげたいですね」

 もう21歳になっていた金髪の青年は、笑顔を湛えて“あの日”を振り返る。V・ファーレン長崎でU-18からの7年間を過ごし、今シーズンからガンバ大阪へと活躍の場を移すことになった江川湧清と、実に5年半の時を経て果たしたミックスゾーンでの再会は、逞しさと頼もしさを実感することのできた、忘れられない体験だった。

選手としてのスイッチを入れた高木監督の言葉

 2017年2月4日。当時は『KIRISHIMAハイビスカス陸上競技場』という素敵な名前を冠していた宮崎のスタジアムに、まだ冷たい風が吹き付けていたプレシーズンの時期。キャンプ取材の中の1日として訪れたその日のグラウンドで、長崎の“30”という大きな番号を背負った少年は、少し不安そうに年上のJリーガーたちと対峙していた。

 背番号も見慣れなければ、そのプレーする姿も見慣れない。メンバー表で確認すると、名前は江川湧清。すぐ横に記されていた生年月日の『2000年10月24日』という文字で、彼が16歳だということを知る。アビスパ福岡と戦ったプレシーズンマッチに、ユースからただ1人呼ばれていたその選手は、年齢で考えればまだ高校1年生。すぐにトップへと昇格する学年ではないにもかかわらず、わざわざこの場所へ引っ張り出されている事実が、興味を惹く。

 3バックの左に据えられた江川の隣には、ちょうど彼の2倍の年齢に当たる32歳の前田悠佑が並んでいた。「こういうことは非常に良いことですよね。やっぱりユースの選手がどんどん来てくれることによってクラブ自体がどんどん活性化しますし、より強くなれると思うので、どんどんやっていって欲しいです」と話した大先輩と同じピッチで懸命にプレーしてはいたものの、さすがに本来の力を十全に発揮するまでには至らない。

 「今回は後ろの選手も少なかったし、ユースだと結構やれるから、少しずつトップチームでも練習させようとは思っていたので、この試合で使いました」と起用の意図を明かした高木琢也監督に、続けて「でも、たぶん大人のスピードに付いていけないというのが実際だったんだと思います」と前半を評価された江川は、相手の動き出しに翻弄されて2失点に絡むと、チームは0-3というスコアで後半へ折り返す。

 迎えたハーフタイム。経験豊富な指揮官は、16歳にこう語り掛けたという。「こういう場に出られるということはなかなかそうないし、協会の人間がここにもいるかもしれない。オマエなんてアンダーカテゴリーの代表だってチャンスがあるんだし、誰が見ているかわからないぞ」。

 自信なさげに振る舞っていた少年に、サッカー選手としてのスイッチが入る。明らかに球際での激しさは増し、利き足の左足から攻撃を促す縦パスが入り出す。「最初の方は近い所にパスしたりしていましたけど、慣れていく内にどんどん前に出せるようになったので、それは彼の特徴なのかなと感じましたし、まだ高校生ながら堂々としたプレーができていたので、そこも良かったですね」と話したのは前田。試合は0-4で敗れたものの、明らかに変化した後半の45分間のプレーが、強く印象に残った。

その後の2017年3月にはトップチームへ2種登録された江川

取材で垣間見えた16歳の素顔。その口調から伝わる力と熱

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V・ファーレン長崎江川湧清

Profile

土屋 雅史

1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!

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