Tactical Frontier
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
※『フットボリスタ第93号』より掲載
「インデペンディエンテ・デル・バジェは単なるフットボールクラブではありません! 彼らはフットボールの学校なのです!」
2019年9月。欧州におけるELの立ち位置となるコパ・スダメリカーナで、世界的には無名なエクアドルのクラブがブラジルの強豪を2-0で下す。その番狂わせを目撃した現地の解説者は、興奮しながら上記のコメントを発した。エクアドルの首都キトから遠くないサンゴルキを本拠地とするクラブのホームスタジアムは、収容人数わずか8000人と少ない。そんな小さなクラブが南米の強豪を次々と倒し、2019年のコパ・スダメリカーナを制覇するという偉業を成し遂げたのだ。2016年には欧州のCLに相当するコパ・リベルタドーレスでも決勝に進出しており、その成功は決して「偶然」ではない(今季のコパ・スダメリカーナでも優勝)。彼らは近年のエクアドル代表の躍進を支えるクラブであり、そのアプローチは注目に値する。今回は南米の過酷な予選に苦しめられたエクアドルを「南米屈指の原石が集う場所」に変えた1つのクラブの育成思想について探ってみよう。
カタールの「アスパイア・アカデミー」と提携
そのクラブの名は、インデペンディエンテ・デル・バジェ。設立は1958年と古いが、歴史の大半を2部や3部で過ごしてきた。アマチュアとしてプレーしていた時代も短くないクラブは、2000年代の後半にトップリーグに定着する。クラブ上層部は特にスペインの育成を参考にしており、2015年にはカタールのアスパイア・アカデミーを視察。多くのスペイン人指導者を招聘することで育成システムの確立に成功したカタールの国家プロジェクトから学ぼうと、意見交換を繰り返した。
それだけにとどまらず、同年にはアスパイア・アカデミーとの提携を発表。育成システムの強化と定着を目指した彼らは、カタールで成功したアカデミーのノウハウを吸収した。スペインの育成スタイルを模倣しようとするクラブは、2018年にはアスパイア・アカデミーでも活躍したロベルト・オラベをSDに抜擢。スペインでも実力を認められていたオラベはレアル・ソシエダからの猛烈なアプローチで母国に戻ってしまうが、上層部は焦ることはなかった。オラベがクラブで働いていたのは1カ月の短い期間だったが、その信頼関係は揺らがなかったのだ。その証拠にオラベはソシエダが開催したユースの大会にインデペンディエンテのユースチームを招待しており、スペイン国外からその大会に出場した唯一のチームとなった。
そのスペインとのコネクションは強く、2018年にはU-18の監督にミゲル・アンヘル・ラミレスを指名。彼はカタールでU-14代表の指導とU-19代表のアシスタントコーチを歴任し、アスパイア・アカデミーの中核を担った男だった。ラミレスはトップチームの監督に昇格し、チームにポジショナルプレーを浸透させていく。彼らは流動的なビルドアップとコンパクトな距離感でのプレッシングを武器に、南米の強豪を驚かせた。現在チームの監督を任されているのはアルゼンチン人のマルティン・アンセルミだが、彼は2019年にラミレスのアシスタントコーチを務めた「懐刀」だった。ポルトガル人監督のレナト・パイバからの監督交代となったが、そのパイバもベンフィカのユースを指導していた経歴があるなど、クラブ全体で若手選手を積極的に育てようという姿勢は失われていない。
教育プロジェクトは「南米で最先端」と絶賛
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。
