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「サッカーへの関心が低下しているからこそ……」――メディアトレーナー・片上千恵が語るJリーグとカタールW杯

2022.11.22

2022年11月、Jリーグのシーズンが終了し、カタールW杯が開幕した。本記事ではこの2つの大会を“メディア対応”の視点から考察する。今回インタビューに応じてくれたのは、帝京大学経済学部の准教授であり、Jリーグの新人研修やJリーグクラブでメディアトレーニングを指導する片上千恵氏。

2021年10月に公開した記事『「笑いは求めていない」「話さなくてもいい」――Jリーグのメディアトレーナーが語る、アスリートの情報発信論』 の続編として、片上氏が考えるサッカー選手のメディア対応の現状と課題について話を聞いた。

ファンからどう思われたいのか

――前回の記事は片上先生がメディアトレーニングで交流されているJリーガーの方々が感想を投稿してくれたこともあり、大きな反響を呼びました。

 「ありがとうございます。槙野(智章)選手など、記事内で名前を挙げた選手に対しては私から『読んでね』と連絡しましたけど(笑)。あと、工藤(壮人)選手が『若手の時、メディア対応のすべてを教えていただきました』というコメントとともに記事を紹介してくれたのは嬉しかったです。彼とは(柏レイソル)ユースの頃から(メディアトレーニングの)指導を通じて交流があって、(当時の所属クラブである)バンクーバーまで応援に行って、一緒にご飯も食べたのが懐かしい。『今度、(テゲバジャーロ)宮崎にも行くね』と話していた矢先の訃報でした」

――本当に悲しいニュースでした。今シーズンで引退された大谷秀和選手(柏レイソル)の引退セレモニーでも最後に工藤選手について言及されていましたね。約10分間の素晴らしいスピーチでした。

 「大谷選手は私が最初にメディアトレーニングをしたJリーガーです。引退セレモニーもスタジアムで観たかったのですが都合で行けなくなったので、『明日楽しみにしているよ』とLINEでメッセ―ジを送って。スピーチの最後を工藤君の話で締めたのは彼らしいというか、キャプテンシーが表れていましたよね。本人にも伝えたのですが、彼の特徴は人と正対できるところなんです」

――正対する?

 「そう。彼は胸と胸を突き合わせてコミュニケーションが取れる。相手は『この人はちゃんと自分と向き合ってくれているな』という印象を持つはずです。以前、『母親から人の目を見て話すよう言われてきた』という話を本人から聞いたことがありますけど、そういう指導は大きかったのでしょうね」

――確かに弊媒体でインタビュー取材をさせていただいた際も、誠実にお話いただいた記憶があります。

 「何かキャッチ―なフレーズを発するタイプではないと思うんです。ただ、肝が据わっていて、動じない。彼がユースから昇格した時の記者会見をよく覚えていて、『この子、メディアトレーニングでこんなに良かったっけ?』と思うくらい本番で堂々と前を向いていて。今振り返ると、1クラブにこれだけ長く在籍できる素質の片鱗は当時から見せていたのかもしれないですね」

片上がメディア対応を最も評価する選手の1人である大谷秀和

――大谷選手のようなメディア対応の技術を習得するにはどうすればいいのでしょうか?

 「選手にはいつも『メディア対応は対話だよ』と伝えています。単純な一問一答ではなく、記者とのコミュニケーションであるという意識を持ってもらいたい。ここ数年はコロナ禍の影響もあってオンラインでの取材が中心でしたよね。オンライン取材は特に単純な一問一答になりやすいんです。プロになってから1~2年の若手選手はオフライン取材の経験がない。だから、今年実施したトレーニングではメディア対応における基本的な意識や姿勢を話す時間を長くとりました」

――テクニックではなく、マインドセットが重要であると。

 「そうです。フロンターレでメディア研修を実施した際にスタッフさんが『選手をもっとブランディングしたい』といった旨の話をされていたんですが、『ファンからどう思われたいのか』、『クラブ内でどのような存在になりたいのか』をイメージすることはとても大切です。時間が限られたJリーグの新人研修では『個性が大切』くらいしか伝えられていませんけど、例えばレッドブルやナイキといったメーカー側から依頼されて所属選手にトレーニングを行う時は重視するポイントです。本来、メディアトレーニングはそうあるべきだと思うので」

――「個性がなくなった」という批判はサッカー界に限らず、年長者から若者に対する言葉として時々耳にしますが、その原因として指導がマニュアル化されているという側面はありませんか?

 「メディアトレーニングの世界では『標準化』と『個別化』という2つのアプローチがあるんですよ。前者は選手がこれまでの競技中心生活の中でどうしても欠けてしまっていた部分を補う指導です。挨拶など人と話す時のマナーや、チーム理念の理解といった部分。それはマニュアル化というか、社会常識として全選手が共通して持ってもらいたいものです。その上で『個別化』は秀でた能力を見つけて、伸ばしてあげること。例えばレッドブル系の選手だと少し尖がった部分を強調しようとか」

――なるほど。では、先生が考える『個別化』に成功しているJリーガーは誰ですか?

 「やっぱり槙野選手とか上の世代に多い印象はありますね。天皇杯を優勝したヴァンフォーレ甲府の三平(和司)選手も個性的ですし、Jリーグアウォーズで功労選手賞を受賞した小林祐三選手は元々コミュニケーション能力が高い選手でしたけど『メディアトレーニングのおかげで大人と上手に喋れるようになりました』と言ってくれました。(年齢を重ねると)セカンドキャリアも意識するようになって、サッカー界の外でも話せるようにならないといけないと気付く選手が多い気がします」

天皇杯優勝時のメディア対応でも話題を呼んだ三平和司

――逆に若手選手は、そもそも目立つことを望んでいない印象もあります。

 「叩かれますからね。個性を突出させると。いろんな専門家がZ世代の特長として『同調が気持ちいいと考える』と分析している通り、目立つことを嫌いますね。SNSのアイコンでも複数人が写っている写真を使っていて『どれがあなた?』と思う(笑)。自分の顔も動物の耳を付ける加工をして出しているじゃないですか。でも、プロスポーツ選手は個性を際立たせて支持を得ることも求められます」

――自分の顔を加工するのは、承認欲求なのかと思っていました。

 「承認欲求もあるんですよ。幼いころからSNSがあった世代ですから。ただ、そのSNSの影響もあって、コミュニケーションがカジュアル化している側面もありますよね。短文だったり、加工した画像だったり、同世代とばかり交流したり。彼らの中でパブリックとプライベートの境界線がなくなりつつあると感じますが、将来的に何年も記録として残るのはパブリックな発信。マスメディアに記事や番組にしてもらって、広く認知してもらうことはプロスポーツ選手として大切なので、そこは私の仕事として伝えていきたいと思っています」

片上氏によるメディアトレーニングの様子(※写真はライフセービング日本代表)

メディアトレーニングは、話し方の練習ではない

――「パブリックとプライベートの境界線がなくなりつつある」の関連事例として、先日Jリーグ公式アカウントが投稿したJ1参入プレーオフ“公式”煽り動画の告知ツイートが炎上する事件が起きました。サッカー選手の投稿ではありませんが、片上先生は本件について、どのように感じましたか?

 「タッキー(滝沢秀明)のツイートに便乗して上下を反対して投稿した記事ですよね。う~ん……『そこ?』という感じですよね。Jリーグの興味関心に繋げる情報発信としてふさわしいやり方でなかったとは思いますが、逆に他メディアがこの出来事を取り上げたポイントがそこだったのかと。多くの目に留まることを重視するがゆえにスポーツの本質からずれてしまう最近のメディアの傾向にも問題があると思います」

――近年、日本国内のサッカー人気低迷が叫ばれており、そうした危機感も背景にあるのかもしれません。

 「確かに先日、大学の授業で『サッカーW杯に興味がある人は?』とアンケートを取ったら、半分くらいの学生しか手を挙げないんです。寂しいですよ。今大会はABEMAで無料全試合生中継されるといっても、地上波放送とは違って、能動的に視聴しなければいけない。サッカーに限らず、他のスポーツやエンタメの世界でも国民的メガヒットが生まれにくい世の中ですよね」

――だからこそ、サッカーへの関心を高めるために選手のメディア対応が重要になってきます。先生はサッカー選手以外のアスリートも指導されていますが、スポーツごとに特徴はありますか?

 「全然違いますね。各スポーツの特性はメディア対応も出るんですよ。例えば、アーティスティックスイミングやフィギュアスケートなど美しく見せることが求められる競技の選手は取材中はもちろん、取材の前後など普段の振る舞いから緊張感を持っていますし、手本を示すとそれを真似することも上手なんです」

――F1などモータースポーツでは、ドライバーがスポンサーに関するコメントを多く発信している印象もあります。

 「F1はメディア対応が最も成熟しているスポーツの1つと言えます。スポンサーはもちろんですが、メーカー、メカニック、マーケティング……多くのステークホルダーがいてチームが成り立っていることをドライバーが理解している。日本におけるカーレースの最高峰スーパーフォーミュラのメディア対応もF1レーサー同様にレベルが高くて唸りますよ。ドライバーはカートの時代から多くの資金的技術的援助を受けて今があるという自覚があります。なので、メカニックかドライビングかといった難しい局面を問われても中立の立場で冷静に説明できるんですね」

2022全日本スーパーフォーミュラ選手権チャンピオンの野尻智紀選手。インタビュースキルも高く評価されている

――「多くのステークホルダーがいてチームが成り立っている」のはコロナ禍でサッカー界も痛感したところだと思うので、選手たちのメディア対応も変わっていくのかもしれません。

 「大切なことだと思います。私も新人選手に対するメディアトレーニングでは、話し方の練習ではなく、『どのようにクラブが経営されているのか』、『自分の給料はどこから支払われているのか』という“基本のき”から説明するようにしています。特に最近はクラウドファンディングが流行したり、寄付でスタジアムが建設されたり、ステークホルダーの存在を認識しやすい時代だと思いますが、当事者としてビジネスの仕組みを理解することは大事です」

ムードをつくれる代表選手たちは頼もしい

――カタールW杯についても聞かせてください。今回の日本代表メンバーは、片上先生がメディアトレーニングを行っている川崎フロンターレに所属経験のある選手が複数人選出されています。彼らにどのようなことを期待しますか?

 「スポーツ選手の一番の価値は、その競技のパフォーマンスの高さであり、決してメディア対応の上手さではありません。試合で最大の力を発揮することだけを考えてプレーしてきてほしいですね。その上でプレッシャーや負担に感じることなく、メディアのインタビューも楽しんでほしいです」

――W杯のような国際大会では海外メディアへの対応機会も増えると思います。日本のメディア以上に厳しい質問をされることもあるかもしれません。

 「メディアは批評することが仕事ですし、注目度の高い大会なので仕方ありません。結果次第ではSNSでファンからも批判される可能性もあるでしょう。ただ、田中(碧)選手、板倉(滉)選手などはインタビューを見聞きしていると『自分の話を聞いてもらおう』というメディアに真摯に向き合っている姿勢を感じます。そういう姿勢は共感を得ることに繋がる。まあ、彼らに関しては日本で私のメディアトレーニングをしっかり受けているので、心配していません(笑)」

――昨年の東京五輪ではコロナ禍での開催となったこともあり、選手が社会問題など競技外に関する質問をメディアからよく受けていました。今回のW杯ではどうなるか分かりませんが、この傾向についてはどのように感じますか?

 「東京五輪では吉田(麻也)選手を筆頭に、堂安(律)選手がコロナ禍の観客の入場制限など、自分たちにも関係する社会的な関心事について言及する場面がありました。日本代表選手としての立場と影響力を十分理解した上での発言だったと思います。カタールW杯では人権問題がすでに表面化しており、選手たちが意見を求められることもあるでしょう。現在も多くのメディアで日本代表関連の記事が露出されていますが、サッカーは国民的な人気スポーツであり、大きな注目を集めていることを自負し、それ相応のサービス精神も発揮しながら対応しているのだなと感じます。例えば、長友(佑都)選手の金髪もそうです。メディアを自分たちのペースに巻き込んで、楽しみながらムードをつくれる代表選手たちは頼もしいですね」

ムードメーカーとしての役割も期待される長友佑都

――最後に、メディアトレーナーの立場からカタールW杯の注目点を教えてください。

 「やはり今大会から放送権を獲得したABEMAの影響がどのように表れるのかは気になります。SNS以外のインターネットメディアは、番組時間(尺)や紙面スペースの制限のあるマスメディアと違い、断片的に切り取られたり、加工されることなく、インタビューのすべてを掲載することが可能です。学生と話していても感じますが、サッカーへの関心が低下しているからこそ、W杯を機に、多様なメディアで選手のプレーはもちろん、コメントにも触れることでサッカーの魅力がどのように伝わり、根付いていくのか注目していきたいです」

CHIE KATAKAMI
片上 千恵

放送局勤務を経て、メディアトレーナーとして活動を開始。20年のキャリアの中で様々な競技の日本代表選手やプロ選手のメディア対応指導を行ってきた。Jリーグ、Bリーグ、Vリーグ等の全体新人研修において「メディアトレーニング」講師を担当。また指導者やクラブ幹部の研修や広報コンサルティングにも携わり、JFA・JBA公認S級コーチ養成講習会講師も務める。一般企業の幹部やスポークスパーソンを対象にしたメディアトレーニング、プレゼンテーションや危機管理対応トレーニング等も数多く手掛けている。

Photos: Getty Images , (C)日本レースプロモーション

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メディア日本代表片上千恵

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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