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カセミロロスを感じさせない快勝劇。CLセルティック戦に見る、新戦力を加えた欧州王者レアル・マドリーの現在地

2022.09.10

2021-22に2冠を達成し、王座を防衛する立場で2022-23に臨むレアル・マドリーが1つの転換点を迎えた。絶対的主力として数々のタイトルを掲げたカセミロが移籍。30歳のブラジル代表MFが去ったチームを、カルロ・アンチェロッティ監督はいかに再構築しようとしているのか。東大ア式蹴球部の分析官を務めるきのけい氏が、日本でも注目を集めたCLセルティック戦の戦いぶりをレビューしつつ分析する。

 2021-22にカルロ・アンチェロッティが監督に就任し、下馬評で下回りながらも世界屈指のビッグクラブを何度も劇的な展開で退け、史上最多14度目のCL 制覇を成し遂げたレアル・マドリー。タイトルを手にしてから約3カ月が経ち、“彼らのコンペティション”が帰ってきた。2022-23のCLの幕開けである。

 レアル・マドリーは夏の終わりにチームの大黒柱であったカセミロが電撃退団。昨シーズンのEL王者であるフランクフルトとのUEFAスーパーカップを2-0と危なげなく制し、1アシストを記録してマン・オブ・ザ・マッチに輝いた彼は、彼自身のレアル・マドリーでの18個目のタイトルを置き土産に新しい挑戦を求めてマンチェスターへと旅立った。在籍期間中の3度のラ・リーガ制覇、5度のCL 制覇における決定的な選手の1人であり、ルカ・モドリッチ、トニ・クロースとの伝説的な“バミューダトライアングル”(アンチェロッティが命名。3人の中盤からボールを奪うのは至難の業であり、ボールが消えてしまうほどだという意)は解体を迎えた。

 初戦の相手は2017-18以来5シーズンぶりのCL参戦となったアンジェ・ポステコクルー率いるセルティックだ。エースの古橋享梧を筆頭に、旗手怜央、前田大然、井手口陽介と4人の日本人選手が在籍しており、日本国内での注目度も高まっているクラブであったが、試合はレアル・マドリーが王者の貫禄を見せ0-3と勝利。カセミロ退団も新加入のオレリアン・チュアメニがその穴を埋めてみせ、さらにアントニオ・リュディガーの補強にも成功した白い巨人は隙のないチームへと仕上がっている。ここまで全勝している公式戦6試合、中でもセルティック戦を中心に振り返りながら、チームの戦い方を分析する。

セルティックの上質なボール支配:輝きを放った旗手

 セルティックは国内ではハイプレスと圧倒的なボール保持を武器に試合を支配するチームである。古橋は負傷明けでベンチスタートとなったが、ホームスタジアムに集まった熱狂的なサポーターたちの声援を受け、欧州王者相手にも勇敢に攻撃を仕掛けた。

 毎シーズンのようにCLの入りで隙を見せるレアル・マドリーを相手に、開始20秒で右サイドから中央へ侵入したリエル・アバダが惜しいシュートを放つと、その後は左ハーフスペースに立つ旗手が攻撃を牽引。セルティックはボール保持時にベースの[4-1-4-1]からSHが幅と深みを取る[2-3-5]の配置に変化する。SHが出口となり相手を横に広げ、積極的にライン間に侵入するインサイドハーフ(IH)とSBのインナーラップで最終ラインの背後を狙いに行く攻撃的なスタイルだ。左IHの旗手はミドルサード付近からボールホルダーへと圧をかける対戦相手の中盤ラインの手前と奥を行き来してボールを循環させながら、11分には中央を割ってCFギオルゴス・ギアクマキスへの創造性あふれるスルーパスを狙い、20分には自らがミドルシュートを放つと、26分にも左サイドのポケットへと侵入して危険なクロスを上げるなど、存在感を示していた。

自身にとってCLデビュー戦となった一戦で、欧州王者相手に堂々たるプレーを披露した旗手

 その他にも21分にアンカーのキャプテン、カラム・マグレガーのミドルシュートがポストに直撃するなど、レアル・マドリーのファーストDFがボールホルダーに寄せるスピードを上回るテンポでボールを走らせ、上質なサッカーを披露していたセルティックであったが、この時間にゴールを奪えず。30分にエースのカリム・ベンゼマの負傷交代という不運に見舞われエデン・アザールを投入したレアル・マドリーは、徐々にボールを握り始め、注目の構図はレアル・マドリーのプレス回避vsセルティックのハイプレスという展開に。

 ここではまず、昨シーズン終盤以降さらに進化を遂げているこのプレス回避を掘り下げたい。キーワードは“やり直し”と“中央のスペース利用”である。チュアメニのカセミロとの違い、彼が新たに担うタスクにも言及する。

プレス回避の意図:“やり直し”と“中央のスペース利用”

 セルティックのハイプレスは一部ゾーンディフェンスの要素を取り入れている。この試合では基本的に守備時に右IHのマット・オライリーがトップ下に入る[4-2-3-1]の配置で、そこからオライリーがアンカーのチュアメニをカバーシャドウで消しながらCBに出ていきギアクマキスとプレスラインを形成する(簡易的に2トップと表現する)。レアル・マドリーの2CBが開いてこの2トップのスライドが間に合わない場合は、SHが外切りで牽制をかけ中盤の選手たちが合わせてポジションを調整するというプランであった。

 レアル・マドリーはかなり高い圧を受けることとなったが、GKのティボ・クルトワからスタートし、冷静にボールを動かしていく。この時、ダニエル・カルバハル、フェルラン・メンディの両SBはライン際に開くため、必然的に初期配置では相手SHと噛み合う。それにもかかわらず、ほとんどすべてのプレス回避のシーンでレアル・マドリーはSBを経由しており、それでいてハメられるシーンはほとんどなかった。

 [4-3-3]の中盤でカセミロがモドリッチ、クロースと組んでいた時は両IHの落ちる動きに連動して高い位置に生まれるスペースにカセミロが進出することが多く、プレス回避はIHの2人に完全に任せることも多かった。一方チュアメニはこの縦方向への移動もスムーズであることに加えて横方向への起動力にも優れ、自らがボールを受けることを厭わず、何よりテンポをコントロールできる点でカセミロとの決定的な違いがある。

 カセミロは決め打ちのパスが多いゆえに、トラップが大きくなったりあらかじめ認知していた選択肢を1つ切られたりすると途端に慌ててしまうシーンがたびたび見られたが、チュアメニは単純なトラップ技術が高く、前を向いて相手と正対することができるため、相手を見てから選択肢を選ぶことでテンポを落としてチームを落ち着かせることができる。

新戦力チュアメニ。カセミロ移籍もあり、アンカーポジションのレギュラーに収まっている

 サッカーはスペースと選択肢を奪い合うゲームだ。レアル・マドリーの選手たちはこのゲーム特性をよく理解している。

 セルティックのゾーンディフェンス気味のハイプレスは、2列目以降の高さがやや低く、1列目との間のスペースを制限し切れていないことが多かった。よって、正しいタイミングでそこに人という選択肢を作られると、捕まえることができない。

レアル・マドリーのプレス回避の図解(図1)

 チュアメニを含む中盤の3人が流動的にポジションチェンジし、段差をつけてSBをサポートする。一度相手をボールサイドに圧縮させれば、中央に落ちてきて顔を出す選手(図1の例におけるクロース)は瞬間的にフリーになることができる。ボールを持つSBの内側への運ぶドリブルを駆使しつつここを経由することで逆サイドまでボールを動かし、前進する。

レアル・マドリーのプレス回避の図解(図2)

 あるいは、図2のように2トップを揺さぶって相手SHを釣り出し、味方GKやCB周辺のスペースの余裕を見て高さを変えるSBがプレスラインを切る立ち位置でボールを受けることで、前進する。クルトワが左利きということもあり、左足を切られて右サイドにボールを誘導されることの多いレアル・マドリーだが、左のメンディ以上に圧倒的な技術と認知能力を持つカルバハルが右にはいて、その貢献度は非常に高い。

 このどちらかの状況を作り出すまでは、クルトワまでバックパスを繰り返して何度もやり直していた。左CBのダビド・アラバは、メンディにボールを預けた後深さを取らずに自らがプレスラインを越えてサポートに顔を出し、同時に中央へのパスコースやクルトワへのバックパスのコースを空けるという特異な個人戦術まで持ち合わせている。

 そして見逃せないのがクルトワの成長だ。SBへの浮き玉パスの精度が目に見えて向上。また相手に距離を詰められてもショートパスを繋ぐ冷静さと、逃げ道として両ウィング(WG)へのロングボールを蹴り飛ばすという思い切りの良さを兼ね備え、その判断を間違えることが極端に減った。左WGのビニシウス・ジュニオールはスピードがあり、右WGのフェデリコ・バルベルデはスピードに加え競り合いの強さとセカンドボールへの反応の速さがある。こちらも逃げ道としてある程度機能している。

レアル・マドリーの先制ゴールの図解

 これらが結実したのが56分の先制ゴールだ。2トップを動かされ、SHが前に出た背後のスペースから前進を許していたセルティックは、この試合で初めてSBを縦に押し出した。左SBのグレッグ・テイラーがカルバハルに縦スライドし、瞬間的に最終ラインが3対3の数的同数となったところをレアル・マドリーは見逃さなかった。カルバハルのサポートに入った中央のモドリッチがワンタッチでプレスをはがし、バルベルデが競り合いの強さを発揮して右サイドを突破すると、逆サイドからクロスに合わせたのはビニシウス。ベンゼマを欠き決定的なチャンス自体は多く作り出せていなかったレアル・マドリーだったが、第2のエースがワンチャンスをモノにし4試合連続となるゴールを決めた。

レアル・マドリーの先制ゴールの動画

 特にこのモドリッチのワンタッチパスには、レアル・マドリーの強さが凝縮されているように映った。相手が突然想定外のプレーを選択しても、一瞬の時間の中でそれを読み取り、最適解を導き出して駆け引きに勝利する。自信と経験に裏打ちされた“意思決定力”とでも呼ぶべきだろうか。迷いのない正しい決断がこのゴールを生み出した。

 そしてこのゴールシーンを振り返ると、あることに気が付く。それは、あのCL決勝リバプール戦の決勝ゴールとほとんど同じ形であるということだ。

 決勝では、右CBのエデル・ミリトンが相手の左WGルイス・ディアスの外切りプレスを回避したところが起点となっている。カルバハル、モドリッチと繋いで左SBのアンドリュー・ロバートソンを釣り出し、さらに中央のカセミロを経由してロバートソンの背後のバルベルデへとボールを動かした。彼のクロスから逆サイドのビニシウスが合わせた点まで一致している。

昨シーズンCL決勝レアル・マドリー対リバプール戦の決勝ゴールの動画

 このように、レアル・マドリーのプレス回避には意図が感じられる。SBがライン際であえて相手と噛み合う配置にしているのは、それでもハマらない技術の高さを活かして中央の最大化したスペースを利用するためである。実際、中盤をさらにもう1人押し出し2CB+アンカーを完全に捕みにくる別の相手に対しては、中央チュアメニの脇のスペースにクロースが落ちてきてクルトワから直接ボールを引き出すことも珍しくない。片方のIHが落ちてきて出口となるのは既に述べたSBへのサポートの仕方と同様であり、彼らは中央のスペースの作り方と、そこに選択肢を配置することによる使い方を感覚レベルで理解しているのではないだろうか。そしてあわよくば相手の最終ラインから1人を釣り出し、前線に数的同数を作り出した時には、その技術の高さを遺憾無く発揮して一瞬の駆け引きに勝利し、一気にゴールへと襲いかかるのだ。

躍動する若手たち:確立した二面性

 およそ1年前にレアル・マドリーを分析した記事では、私はチームの課題とその解決策を以下のように示した。

 “サッカーとは90分間連続的に続くスポーツであり、そのうちのどの時間帯に力を集中させるか、という戦略的な意思統一を図ることが重要である。それにより局所的にハイプレスのインテンシティを引き上げ、またそれ以外の時間帯では多少クローズドに試合を進めることにより90分を通して試合の主導権を握ることが可能となる。”

 最も大きなチームとしての進化は、やはりこの部分だ。……

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UEFAチャンピオンズリーグセルティックレアル・マドリー

Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki

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