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誤審も、批判も、乗り越えて――最優秀主審賞・飯田淳平インタビュー

2021.12.10

2021年12月6日に開催された2021Jリーグアウォーズで「最優秀主審賞」を飯田淳平氏が受賞した。2004年に設立された審判員の指導・育成機関である「JFAレフェリーカレッジ」出身の主審としては、佐藤隆治氏(2018年受賞)以来、2人目の選出となる。今シーズン、主審として長らくJリーグを支えてきた村上伸次氏と、家本政明氏が勇退し、世代交代が進む審判界。飯田氏はどのような想いでこの賞を受け取ったのか。Jリーグアウォーズ本番直前の控室から飯田氏がインタビューに応じた。

選手のメンタルを意識して

――最優秀主審賞の受賞おめでとうございます。まずは今のお気持ちを教えてください。

 「ありがとうございます。他の主審の方もそれぞれに素晴らしいところがありますし、私が特別優れているわけではないので、ありがたい気持ちはありつつも、『本当に私でいいのかな?』というのが正直な気持ちです」

――何が評価されて受賞されたと自己分析していますか?

 「いやぁ~……一昨日に最終節が終わって、そうしたことを考える余裕もなくJリーグアウォーズ当日を迎えたので、まったく分析できていないです(笑)。各試合で組んだ副審の方、第4審判の方、VAR、AVARの方、VARオペレーターの方……そういった方々のサポートのおかげで毎試合、笛を吹けていると思っているので。今シーズンから始まったVARの力や、選手のおかげでもありますし、運も良かったのだと思います」

――飯田さんは選手とコミュニケーションを積極的に取るタイプの主審という印象があります。試合中はどのような意識を持たれているのでしょうか?

 「まずは荒れた試合にしないこと。ケガに繋がるようなファウルが起きないように、選手のメンタルを意識して語りかけるようにしています。両クラブのキャプテンなど、選手間でも積極的にコミュニケーションを取っている選手に話すこともあります」

――試合中、選手は興奮状態であることが多く、主審は激しい口調で抗議されることもあると思います。飯田さん自身が冷静なメンタルを維持することも大変ではありませんか?

 「例えば、間違った判定をした場合は素直に謝りますし、わからないものは『わからなかった』と選手には伝えます。取り繕うことなく、その都度ベストを追求する姿勢を持つことで、冷静さを保つことは大事にしています。選手によっては主審と話すことを好まない方もいるので、コミュニケーションが自分本位にならないように気を付けているつもりです」

――その冷静さがあるからこそだと思いますが、試合に笑顔を見せることも飯田さんの特徴の1つです。あれは戦略的なアクションですよね?

 「決して選手を下に見ているわけではなく、相手に対して『気持ちはわかる』『そんなに怒らないで』という意味で、柔らかいイメージを相手に持ってもらうためにも、笑顔で話す時はあります。自分自身に対しても、笑顔を作ることで心に余裕を持たせる意味もあります。ただ、試合後に映像を見て振り返ると、その笑顔が状況にそぐわないこともありますし、難しいですね(苦笑)」

試合中は選手の精神状態も踏まえたコミュニケーションを意識していると飯田氏は語る

村上さんや家本さんから受け継いだものを次の世代に

――飯田さんは『JFAレフェリーカレッジ』の1期生で、卒業生が最優秀主審賞を受賞するのは佐藤隆治さん(2018年受賞)に続き、2人目となります。

 「1級審判員になるためにカレッジで勉強させてもらったことには感謝をしていて、多くの学びの機会をいただきました。先ほど(JFAレフェリーカレッジ時代の先生である)小幡(真一郎)さんに電話をして、良い報告ができたのはうれしかったですね。カレッジを卒業したことで色々なことを学ばせていただきましたが、1級審判員となってからは、カレッジで学んだことを生かしつつ、他の1級審判員の方と同じく、立場に相応しい高いパフォーマンスを求められますし、競争の中での努力も必要になります」

――小幡さんが以前、飯田さんについて『反省を活かして成長する能力が高い』と評されていました。主審は称賛よりも批判されることの方が圧倒的に多い仕事ですが、そうした耳の痛い言葉にどのように向き合われていますか?

 「批判されることが当然の仕事です。私の至らなさで、大きな誤審も経験していますので。ただ、それは乗り越えなければいけない。どの分野の仕事でも同じだと思いますが、仲間にしか理解してもらえない悩みや難しさもある中で、小幡さんも含め先輩方に話を聞いてもらったり、助言をいただいたりすることで、ここまで審判を続けることができました」

――世間に理解されない苦しみや葛藤を抱えながら、主審という仕事を続けるには強い精神力も求められます。

 「難しさを感じているのは、批判は真摯に受け止めつつも、すべてを受け入れることによるリスクですね。『あの人にこう言われたから』『メディアに叩かれたから』と、(批評を受けて)都度、考え方や行動を変えてしまうと、自身の幹となる信念まで揺らいでしまう。結果的にそれでは不安定な判定に繋がってしまうので、“強い自分”を持つこと。それは昨年、誤審でご迷惑をかけてしまった経験も踏まえて、今年考えていたことです」

――何度か『誤審』というワードが出ていますが、今シーズンから本格導入されたVARはそのリスクを軽減するものです。

 「大前提として、VARがあっても最終判断は主審が行いますが、セーフティーネットとしての安心感があったのは事実です。ただ、VARは奥が深いですし、より勉強して改善していく必要があることも事実ではありますが」

――今後はVARをはじめ、試合中の判定をAIがフォローしていくことが増えていく可能性もあります。そうした時代に“人間”の主審に求められる能力はどのようなものでしょうか?

 「AIがこれだけ進化しているので、より精度の高い判定を出すためにも(判定の)機械化は逃れようのない時代の流れです。ただ、選手も人間なので、正しい判定であっても、それに対して納得できないことはあると思います。その時に人間である主審が説明して相手の納得度を上げたり、落ち着いてもらったり、そういうコミュニケーション能力は今後も必要になるはずです」

2021年シーズンより本格導入されたVAR

――今シーズン限りで、村上伸次さんと家本政明さんが審判員を勇退されました。飯田さんにとって両名はどのような存在でしたか?

 「偉大な2人です。村上さんは高いレベルでの選手経験をお持ちなので、身体能力が高くて、プロフェッショナルレフェリーの合宿でも一番前を走る“背中で語る”先輩です。家本さんは海外遠征に一緒に行った時にいろんなことを教えてもらった記憶が強いですね」

――お2人は50歳前後で勇退という選択をされましたが、飯田さんはこの先のキャリアをどのように考えていますか?

 「今40歳ですが、現代サッカーのスピード感や、AIの進歩を考えると、そんなに先は長くない気がしています。現在、1級審判員は約200人程度いて、若い世代がJ3などで活躍していますし、もっと視野を広げると、最近は小学生や中学生で審判の資格を取る方もいると聞きます。そういう方との世代交代もあるでしょうし……けど、負けたくない気持ちもあります(笑)。どういう形になるかはさておき、村上さんや家本さんから受け継いだものを大切にして、次の世代に伝えて、日本サッカー界の発展に貢献できればと考えています」

――今日はありがとうございました。昨年達成されたJ1通算主審200試合の記録をさらに伸ばす、ご活躍を期待しています。

 「ありがとうございました。与えられた試合を無事に終わらせられる審判員でありたいと思っていますし、Jリーグの価値を上げることに寄与できるように頑張ろうと思います」

Photos:(C)Jリーグ , Getty Images

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JリーグJリーグアウォーズ主審

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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