SPECIAL

J2復帰へ突き進むロアッソ熊本。進化する大木武と“魔法なき現実”を歩む

2021.10.15

J3リーグを戦うロアッソ熊本が、面白い。日本サッカー界きっての個性派監督・大木武が率いて2年目となる今シーズンは、ここに来て怒涛の6連勝で首位へと浮上。2018年以来となるJ2復帰が現実味を帯びてきた。ただ、この好調は一朝一夕で得られているものではない。J3降格を機に、クラブとしての体制を見直してきたことも、この結果につながっている小さくない要因だ。そのすべてを一番近くで見つめてきた井芹貴志に、ロアッソの“魔法なき現実”を解き明かしてもらう。

 明治安田生命J3リーグは各チームが20〜21試合を消化。シーズンは残り約1/4となり、昇格争いも佳境を迎えている。

 そうした中、4シーズンぶりとなるJ2復帰への期待が高まるのが、首位に立つロアッソ熊本だ。J3も3年目を迎えた今シーズン、序盤こそ波に乗り切れなかったが徐々に調子を上げ、第22節のヴァンラーレ八戸戦では後半に5得点を挙げて6連勝。第11節から10戦無敗と着実に勝ち点を積み上げ、得失点差でも昇格争いを一歩リードしている。

 終盤に上位陣との直接対決を残しているが、最後まで勢いを維持できれば、念願のリーグ制覇とJ2復帰が視野に入ってくる。

試合前の集合写真撮影に応じる熊本の面々

「いかに点を取るか」+「ボールを奪う」=失点減少

 好調の大きな要因が、第22節終了時点(20試合消化)でリーグ最少の15(1試合あたり0.75)となっている失点の少なさだ。34試合で47失点(1試合あたり1.38)を喫した昨シーズンの数字から、大幅に改善されている。

 被シュート数も決して少なくはないため、今年から加入したGK佐藤優也の存在はもちろん大きい。だが同時に、チーム全体としての守備意識が高まったことも失点が減った要因。ボールを奪われたらすぐに奪い返しにいくことや、1人がボールにアタックした後のカバーリング、自陣ゴール前での体を投げ出してのシュートブロックなど、サッカーの本質と言える部分でも、今シーズンは泥臭いプレーが目立つ。

 もっとも、それは大木武監督が就任して以来、日々のトレーニングから繰り返し求めてきたこと。ただ昨シーズンのチームは、アルビレックス新潟へ移籍したFW谷口海斗が18点、FW浅川隼人が11点、そしてプロ1年目だったFW髙橋利樹が9点、さらにモンテディオ山形へ移籍したMF中原輝が6点と、リーグ最多の56得点を挙げた攻撃が特長で、相手の攻撃を抑えることよりも「いかに点を取るか」にフォーカスされていた。リーグ戦を通じて見れば、無失点に抑えた試合も10試合と少なくなかったが、一方で複数失点を喫するゲームも多く、最終的には8位と前年の5位を下回る結果に終わっている。

 今年の開幕前、大木監督はこの結果を踏まえ「マークにしっかりつけなかったり、競り負けたり、いろんな理由はあったと思うが、個人の能力や判断が足りないのであればチームでちゃんと守らなければいけないし、守備の練習も、伝えることも、私がもっとやらなければいけなかった」と述べており、就任2年目のシーズンに臨むにあたって守備面の修正を意識したことは確か。

 とは言え守備的な戦い方を選択したわけではなく、あくまで攻撃的なサッカーを展開するために、相手からボールを奪う狙いだ。今シーズン採用している、中盤から前に人数をかけた変則的な布陣からも、その方向性がうかがえる。

タッチラインから指示を送る大木監督

変則3バックによる「前重心のプレッシング」

 昨シーズンは主に[4-3-3]([4-1-2-3])のフォーメーションで戦ったが、左SBとして全試合に出場し、8アシストを記録したMF石川啓人がレノファ山口へ移籍。前述した谷口、中原とともに、得点源となっていた複数の選手がチームを離れることになった。

 一方、今シーズンの新加入選手はGKの佐藤とMF水野泰輔の2人以外はすべて新卒。4バックのSBとしてプレーできる選手もいたと思われるが、実際には未知数である。そうした編成の中、得点源が抜けた穴を埋めつつ、失点も減らさなくてはならないという課題を解くために大木監督がチョイスしたのが、3バックの布陣だ。

 ただ、一般的に見られる配置とは少し異なる。開幕時は3トップの[3-4-3]だが、中盤の4人はボランチ2枚に両サイドという構成ではなく、アンカーとトップ下を置くひし形。さらに第6節の八戸戦からは、[3-5-2]をベースにしながらも2枚のインサイドハーフがワイドに開く、実質4トップ([3-3-4])のような形を採っている。

 失点の減少が、このフォーメーションを採った成果と言えるのかどうかについては、「正直、それは分からない」と大木監督は言う。しかし、「自分たちのゴール側から(=斜めや横からではなく)相手のボールに対して出ていける、その人数が増えたメリットは少しある」とも口にする。

 前線の4〜5人が高い位置から積極的にプレッシャーをかけてボールを奪えれば、攻撃に移行しても近い距離、あるいは複数でのサポートが可能となり、それが結果的に相手陣内でのポゼッションを高め、クロスに対してゴール前に入っていく人数を増やすことにもつながる。

 鍵を握るのが中盤で、アンカーポジションに位置するMF河原創が広い幅を動きながらフィルター役をこなすが、サイドMF(大木監督は意図して「ウイングバック」とは称しない)としてプレーするMF上村周平とDF岩下航も球際に強く、ボール奪取力と自ら運ぶ能力も高い。加えて運動量も豊富で、攻撃時は前に絡みつつ、守備へ切り替わった際にはレーンをまたいで縦のルートをケアしながら、ポジションを戻す走力も持つ。……

残り:2,374文字/全文:4,695文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

ロアッソ熊本大木武戦術文化

Profile

井芹 貴志

1971年、熊本県生まれ。大学卒業後、地元タウン誌の編集に携わったのち、2005年よりフリーとなり、同年発足したロアッソ熊本(当時はロッソ熊本)の取材を開始。以降、継続的にチームを取材し、専門誌・紙およびwebメディアに寄稿。2017年、母校でもある熊本県立大津高校サッカー部の歴史や総監督を務める平岡和徳氏の指導哲学をまとめた『凡事徹底〜九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由』(内外出版社)を出版。

RANKING