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EURO初出場の快挙の裏で。北マケドニア代表を悩ませる民族問題

2021.06.13

EURO予選プレーオフ、37歳の主将ゴラン・パンデフの決勝ゴールでジョージアを撃破。北マケドニアは同国史上初のEURO本大会進出を決めた。しかしその歴史的快挙の裏で、代表チームは複雑な民族問題に足を引っ張られている。旧ユーゴ圏のサッカー・文化に詳しいジャーナリストの長束恭行氏に解説してもらおう。

 一発勝負のEURO2020プレーオフ。UEFAネーションズリーグのグループDに設けられた1枠を懸けたジョージアとの大一番で、北マケドニアを本大会に導いたのは母国の英雄だった。後半56分、FWゴラン・パンデフはMFエリフ・エルマスとのパス交換でマークを外すと、FWイリヤ・ネストロフスキのラストパスを受けて決勝ゴールを右足で流し込んだ。代表デビューから20年目にしてようやく勝ち取った念願のビッグトーナメント。キャプテンは試合終了のホイッスルが鳴るとピッチに泣き崩れ、その体はチームメイトたちによって天に担ぎ上げられた。

「マケドニア」という名前は誰のもの?

 「北マケドニアには論争の対象となったアレキサンダー大王がいるが、ゴラン大王に対しては誰も論争の対象にできないはずだ」

 試合後会見でイゴール・アンゲロフスキ監督はパンデフの偉大さをこのように讃えたが、北マケドニア事情を少しでもかじった者としては指揮官の言葉にニヤリとせずにはいられない。あらゆる民族が混在したモザイク国家の旧ユーゴスラビアは、紆余曲折の末に7つの独立国家に分裂した(セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、北マケドニア、モンテネグロ、コソボ)。それぞれの国がそれぞれの民族事情や政治問題を抱え、自国のサッカー界にも影響を及ぼしているわけだが、北マケドニアは今でも影響が色濃く残っている国だ。

 世界史の教科書でもおなじみのアレキサンダー大王といえば、紀元前にギリシャ人によって建国されたマケドニア王国の国王として知られている。その領地の北部、約40%が現在の北マケドニアの国土に相当し、6~7世紀になってスラブ人が定住。その末裔が19世紀後半から「マケドニア人」としてのアイデンティティを次第に確立していった(ここではブルガリアとの論争は割愛する)。チトー元帥の下、1945年にユーゴスラビア社会主義連邦共和国が誕生すると、それを構成する1カ国としてマケドニア人民共和国が生まれ、ユーゴ崩壊の1991年には「マケドニア共和国」として独立を宣言した。

 ところが、アレキサンダー大王の末裔であり、「マケドニア」をギリシャ古来の由緒ある名前と考えるギリシャ人には彼らの存在が面白くない。「マケドニア・旧ユーゴスラビア共和国」という暫定名称を用いることで国連には加盟したものの、NATO加盟はギリシャによって拒まれて続けてきた。2006年には首都スコピエの国際空港を「アレキサンダー大王空港」、2009年にはナショナルスタジアムをアレキサンダー大王の父にちなんで「フィリップ2世アレーナ」と改名することでギリシャ国民を逆なで。そうして30年近く続いてきた論争も国名変更することでギリシャと合意し、2019年2月から「北マケドニア共和国」が正式名称になった。

 まだ比較的新しい出来事なので、EURO2020を機に国名変更を知ったサッカーファンも多いことだろう。ちなみにスコピエ空港からはアレキサンダー大王の名が削除され、ナショナルスタジアムには夭折した国民的歌手トシェ・プロエスキの名前が新たに冠せられている。

2011年のユーロバスケで長束氏が撮影した北マケドニアのサポーター。マケドニア王国の兜も被る賑やかな一団だ

アルバニア人の会長とマケドニア人の監督の対立

 独立後の北マケドニアにおいて火種になったのは国名だけに限らない。

 少数派のアルバニア人(国の人口の25%)と多数派のマケドニア人(同64%)における民族対立だ。西の国境ではアルバニア、北の国境ではコソボと隣接している同国において、大アルバニア主義の影響で権利拡大を要求するアルバニア人が武装化して民族解放軍を結成。2001年には政府軍との間で軍事衝突が発生した。こうしてマケドニア人は言語も宗教も異なるアルバニア人との間に大きな遺恨と確執を抱えてきた。……

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北マケドニア代表文化

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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