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川森敬史会長と振り返るアビスパ10年史(前編):ライセンス剥奪の危機からの船出。まず取り組んだのは「言葉遣い」や「態度」の改善

2025.09.18

今年7月、2015年からアビスパ福岡のかじ取りを担ってきた川森敬史氏が代表取締役会長を辞任し、取締役会長 兼 非常勤取締役となったことが発表された。「5年周期のスパイラル」と評された昇降格の繰り返し、コロナ禍、そして初タイトルのルヴァン優勝とJ1定着……激動の2015-2025を率いた経営トップと一緒に、アビスパ10年史を振り返る。

前編は、2015年からの5年間。「丁寧さ」を重視してクラブの「空気」を変えていき、地元福岡の経済界、ファン・サポーターと信頼関係を築く。地道に一歩一歩、苦しいけれど大切だった種蒔きの時期について――。

あっという間の10年と、コロナの衝撃

――2015年に社長に就任されてから、今年で10年という節目を迎えられました。この10年を振り返って、率直にどんなお気持ちが浮かびますか。

 「本当に『あっという間』でしたね。気がついたら10年経っていた、そんな感覚です。ただ、その真ん中にJ3への降格危機やコロナの3年間がありました。あれがやっぱり大きかった。特にコロナの時期は普通の経営じゃなかったんですよ。『他の事業と兼務とかではなく、全身全霊でやらないと本当に潰れる』という危機感でした。

 2017年から2019年夏頃までは、社長代行や副社長、専務を置いてクラブ経営の執行を任せて、僕自身は少し距離を取っていた時期もあったんです。でも2019年までの右肩下がりの経営指標やJ3への降格危機が訪れ、極めつけは2020年2月にコロナが来た瞬間、『これは現場の舵取りをしないといけない』と思いました。そのあたりから再びどっぷりクラブに戻って、クラブ経営の大改革と、未曾有の新型コロナウィルスとの闘いの日々が始まり、クラブの役職員やアビスパ・グローバル・アソシエイツ、略してAGA皆様のサポートを得ながら、一つひとつの経営判断を積み重ねてきました。だから僕にとっての10年は、前半と後半で質が違うんです。2020年を境に、もう一度スイッチを入れ直した10年でした」

代表取締役会長時代の川森取締役会長 兼 非常勤取締役

――2019年のJ3降格危機や、2020年のコロナが再び前線に立つきっかけになったわけですね。

 「そうです。特にコロナは誰も経験したことのない状況でしたから。Jリーグもクラブも、すべての出来事が初めて。遠隔でどうにかなる話じゃなかった。自分で見て、社長として業務を執行して責任を取らなければならない。あの時期は特に、いろいろな面で矢面に立つことを求められました」

崖っぷちからの船出。重視したのは「丁寧さ」

――では、2015年の就任当時に話を戻します。あの頃、クラブはどんな状態だったのでしょうか。

 「正直に言って、崖っぷちでした。ライセンス剥奪の危機をAPAMANグループの出資で何とか脱しましたが、長く経営難が続きクラブスタッフも選手も、将来に不安を抱えていた状況だったと思います。だから『まずは経営を立て直す』ことが、僕たちのミッションであり最優先課題でした。

 同時に、僕がクラブに入って最初に感じたのは『社内の空気に不遜さがある』ということでした。サッカーは“コンテンツが強い側”に立ちやすい。選手がいて、試合があって、メディアやスポンサーがそこに集まる。そうなると、どうしても無自覚に『上から』の所作が出てしまう。その空気に違和感を感じ敏感に反応しました。

 僕は賃貸仲介と管理、フランチャイズ事業の現場や経営で、お客様をはじめいろいろな立場の方と接し学びを得てきました。だから余計に違和感を覚えました。『これは丁寧じゃない』と。そこで掲げたのが、『良くなったね』と言われるよりも『丁寧になったね』と言われるクラブを目指すことでした。スタジアムの運営本部にも『事故なく・怪我なく・丁寧に』とスローガンを毎試合掲示しました」

――「丁寧さ」を最初に掲げられたのは、そうした空気を変えるためだったのですね。

 「はい。なのでまず取り組んだのは、言葉遣いや態度の改善でした。スポンサーさんやサポーター皆さんは、僕らにとって『お金を払ってくださっている大切なお客様』です。その意識を、社内全体に徹底させなければならないと感じました。同時に、経営理念や方針をアビスパの役職員全員が理解することが大事でしたので、AGAのサポートを得ながら経営計画書を作成して朝礼で唱和するようにしました。『クラブにどんな歴史があり、市民の皆さんにどのように支えられてきたのか』『アビスパは誰のために存在するのか』など。その存在意義を毎日声に出す。最初はぎこちなかったですけど。2015年は採用人数も多く既存スタッフと途中入社の方も自ら率先してくれて、クラブ全体の雰囲気がどんどん変化していったことを覚えています。

 そして、この考え方や経営方針を、トップチームやアカデミーの選手や指導者、保護者の皆さんにも共有しました。その中で当時の主将や選手会長と話して、トップチーム選手たちもこの考え方をどのように表現することができるかを話し合いました。公式戦でのスタジアム四方向への『感謝の一礼』のスタートです。トップチームは2015年からフィールドプレーヤーがピッチで練習を始める時、この取り組みを継続していますので皆さんも目にしていると思います。新加入の選手には宮崎キャンプで毎年クラブの歴史を話す際にこのことも共有しています」

――クラブの雰囲気は、そうした取り組みで徐々に変化していったんですね。

……

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Profile

森田 みき

福岡県出身。サッカーの仕事に魅力され、1998年にマネージメント会社社員からフリーアナウンサーに転身。Jリーグ公式映像中継リポーターとして「DAZN」「スカパー!」などで九州各チームを担当。多くの昇格降格という節目の中継に関わる。現在は大学非常勤講師・企業スピーチ研修、Jリーグチームの選手スピーチ研修などを担当。

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