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カップ戦得点王、そして1部残留――原大智のクロアチア1年目総括

2021.05.28

2月の加入以降、FC東京からクロアチアにやって来た原大智はすぐさまチームにフィットし、ゴールやアシストを積み上げる。残留争いの渦中にいたイストラで奮闘を続け、カップ戦決勝ではディナモ・ザグレブ相手に2ゴール。カップ戦得点王とチームの1部残留という素晴らしい成果を手にしたことで、クロアチアでの評価は急上昇中だ。22歳の日本人ストライカーの1年目を長束恭行氏に総括してもらおう。

 クロアチアカップ決勝に合わせて特別仕様のユニフォームを新調したイストラは、前半のうちにディナモ・ザグレブから3点を叩き込まれて意気消沈。制作したナイーブアートの巨匠にちなんで「ラブジンの太陽」(Rabuzinova Sunca)と呼ばれるトロフィーは、すでにディナモの手中に収まっていた。

カップ戦決勝、国内最強ディナモに牙を剥く

 ところが、後半からドラマが始まる。

 52分、左SBセルジ・ゴンザレスのアーリークロスに合わせ、FW原大智がゴール前へと飛び込む。ちょうど2カ月前にFWハリー・ケインを120分間封じ込めたCBコンビ、ケビン・テオフィル=カテリンとラスムス・ラウリッセンの2人に挟まれながらも、原はヘディングシュートを相手ネットへとねじ込んだ。それからわずか1分後、セルジの左クロスの落下地点をいち早く察知した原は、クリアを試みる左SBヨシュコ・グバルディオルの前へ入り込み、今度は左足でシュートを叩き込んだ。グバルディオルといえば最年少でEURO2020のクロアチア代表メンバーに入り、来季はRBライプツィヒに移籍金1600万ユーロ+ボーナスで加入する超新星。クロアチア人が親しみを込めて「日出づる国」(Zemlja izlazećeg sunca)と呼ぶ日本からやって来た原は、屈強なディナモDF陣から電光石火の2ゴールを奪って「ラブジンの太陽」の行方をわからなくさせた。

5月19日、クロアチアカップ決勝「ディナモ・ザグレブ対イストラ」のダイジェスト動画

 息を吹き返したイストラはディナモと打ち合いを演じ、最終的には3-6で敗れてしまうが、絶対王者を相手に諦めることなく抗う姿は各方面で称賛された。

 とりわけ耳目を集めたのが、6ゴールでカップ戦得点王にもなった日本人ストライカーだ。地元紙の『ラ・ボーチェ・デル・ポポロ』は「私たちはノストラダムスじゃないので原大智のキャリアがどう発展するのかは予言できないが、もうすでに彼はチャンピオンだ」と絶賛。また、原を3カ月指導してきたダニエル・ユミッチ監督は試合後にこう述べた。

 「原はあっという間にチームに適応し、本当に私を驚かせたよ。2週間でイストラの文化やプレースタイルに慣れ、早くも違いを作り出せる選手になったんだ。最終節のオシエク戦は累積警告でプレーできないので、この試合が彼にとってはイストラ最後になったかもしれない」

イストラが本拠地を置くプーラ市はリベラルな土地柄で、クロアチア人もオープンマインドな性格。初めての海外生活だった原は早くになじみ、公式YouTubeでCBペタール・ボサンチッチと日本語とクロアチア語で会話する企画も行われた

「言葉は理解していないが、ボールに愛されている」

 決定力不足にあえぎ、リーグ最下位(10位)に沈むイストラが、「残留の救世主」としてFC東京から原を獲得したのが今年2月10日のこと。2週間後のクロアチアカップ・ラウンド16で華々しいデビューを飾ると、最初の公式戦6試合で4ゴール3アシストという目覚ましい活躍を見せる。ゴール前の嗅覚を発揮した上、しなやかなテクニックに惑わされるDFが多く、さらに191cmというサイズはクロアチアにおける日本人(プレーヤー)のイメージを一変させた。……

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FC東京NKイストラ原大智移籍

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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