「私は何も恐れない勇敢な人間だ」4年ぶり監督復帰、ハリルホジッチは愛するナントを救えるか?
おいしいフランスフット #26
1992年に渡欧し、パリを拠点にして25年余り。現地で取材を続けてきた小川由紀子が、多民族・多文化が融合するフランスらしい、その味わい豊かなサッカーの風景を綴る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第26回(通算184回)は、「心のクラブ」でリーグ1残留という「ミッション・インポッシブル」に挑む、73歳の元日本代表監督について。
「すでに私は150歳」「ほとんどミッション・インポッシブル」だが…
ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、ピッチに戻ってきた。
御年73歳。パリ郊外にある邸宅で家族とのんびり暮らしていた彼は、降格圏内の17位(全18チーム)に低迷するリーグ1の古豪FCナントに、今シーズン終了までの残り9試合という契約で、救世主として迎えられた。
2022年8月、W杯カタール大会の本戦を前に、モロッコ代表の監督から解任されたのが現場で指揮を執った最後だったから、3年と7カ月ぶりの復帰となる。
ナントは現役時代に所属して、リーグ優勝(1982-83)に2度の準優勝(84-85、85-86)と黄金時代をもたらし、自身も2度のリーグ得点王に輝いた心のクラブだ。
2018-19シーズンには監督としてもクラブに戻っている。開幕後の10月、降格圏で苦戦していたチームを引き継ぐと、そこから見事な回復を遂げてシーズンを12位で終えた。
そんな、自身のキャリアにとって特別な意味を持つクラブであったことが、今回のオファーを受けた理由であると、ハリル監督は就任会見の席で語った。
「周りの仲間たちには『クレイジーだ。今何位にいると思っているんだ!?』と言われたよ。自分でもそう思った。最初は断ったんだ。しかしそれでも何度も説得された。迷って当然だ。すでに私は150歳だからね(薄笑)。もうとっくに旬は過ぎている。だがここは自分が愛する心のクラブであり、今でも多くの友人がいる。返事をするまで3日間考えた。私は何事をも恐れない勇敢な人間だ。
(中略)私はナントのサッカークラブのためにここに来た。そして、選手たちのために来た。もし明日、彼らが2部リーグでプレーすることになれば、報酬は3分の1に減り、選手としての信頼性や正当性も失ってしまう。彼らへの影響は非常に大きいのだから……」
加えて、これまで指揮を執った至るところで功績を残してきた自分の手腕に自信を持っていることも理由に挙げつつ、ハリル監督は勇敢に言い切った。
「今置かれている順位、そして残り9試合。ほとんどミッション・インポッシブルだ。だがここに来ると決めた限りは、私はこの過酷な挑戦に真っ向から向き合う。まだまだやれることはある。成功するか? それはわからない。しかし私は何も恐れてはいない」
選手たちの「勝ちたい!」にハリル効果を感じて
初陣は3月22日。相手は強豪ストラスブール。
本来なら、着任後最初の相手はかつて自身が率いた因縁のクラブでもあるパリ・サンジェルマン(PSG)だったのだが、その第26節はCL参戦中の彼らの日程を考慮して4月に延期となった。
注目されたホームでの一戦は、6分にナントが先制。その後1-1に追いつかれるも、再びリードを奪い返すガッツを見せた。再度同点になってからも、ポストに当たった惜しいシュートなど、懸命にゴールを狙いに行ったカナリア軍団。しかし、勝ち点1は手にできるか、と思われた後半アディショナルタイムに、絶好調のアルゼンチン代表FWホアキン・パニチェリがセットプレーのチャンスからこの日2点目を決めて、ストラスブールが勝ち点3をさらったのだった。
あと数分で勝ち点を逃したのは、挽回ための残り試合が限られたナントにとっては痛恨。ハリル監督もさすがに沈痛な面持ちで、
「非常に残念だ。特に3点目が悔やまれる……」
と絞り出すように思いを口にした。
しかしナントのこの日のプレーは、これまでにはなかった、ほとばしるようなエネルギーに満ちていた。
……
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。
