「ティキタカ」「フィジカル」「リレーショナル」…ガリアルディが読み解くW杯戦術20年史
北中米W杯を深く味わうための論点#1
6月11日に開幕する北中米W杯をより深く味わうために、本特集では「戦術」「監督」「報道」「環境」「政治」など多角的な視点から、世界最大の祭典を掘り下げていく。第1&2回のテーマは「戦術」だ。
EURO2020制覇を支えたイタリア代表の元マッチアナリストであり、現代戦術研究の第一人者でもあるアントニオ・ガリアルディの独占インタビュー。前編では2006年ドイツ大会から2022年カタール大会までを振り返りながら、「ポジショナルプレーの支配」「フィジカル革命」「リレーショナルサッカーの再来」という3つの大きな潮流から、現代W杯戦術史を読み解いていく。
「2006年は最後の“古いW杯”だった」
――W杯が戦術進化の主要な舞台だった時代はとっくに過去のものになりましたが、その時々における主要な戦術トレンドやその推移を反映する場であることには、今も変わりがないと思います。ここ20年ほどを振り返ってみても、イタリアが優勝した2006年ドイツ大会ではまだ、その国が持つ最も優秀な選手たちをどのように組み合わせて戦うか、というレベルに留まっていましたが、次の2010年南ア大会では、ポジショナルなポゼッションサッカーという明確なコンセプトの下に組織されたスペインが優勝し、続く2014年ブラジル大会でも、その流れを汲んだドイツが優勝しています。選手よりも戦術が先に来るようになったのは、W杯では2010年以降と言えそうな気がします。
「そうだと思う。私に言わせれば、2006年は最後の『古い時代のW杯』だった。そこではまだ、マッチアナリシスや戦術の構造化といった現代サッカーを支配している要素はそれほど広まっていなかった。もちろん、システムや配置という概念はとっくに存在していたが、プレー原則やポジショナルな構造、パターン化されたプレーは大きな重要性を持ってはおらず、むしろ個々の選手たちの特徴や個性がチームのスタイルを規定していた。監督が考えるのは、この選手たちをどのように組み合わせるか、どんなシステムの中に組み込めばいいかということだった。セットプレーの重要性も、今よりずっと低かった。フランスはブラジルとの準々決勝にセットプレーからの得点(ジダンのFKをアンリがファーサイドで合わせた)で勝ったけれど、ブラジルはあのパターンに対する準備がまったくできていなかった。セットプレーに対する注意が高まったのはもう少し後の時代になってからだ。
それと比べると、2010年は最初の『現代のW杯』だったと言える。グアルディオラのバルセロナが革命を起こしてから初めての大会であり、ジャーナリスティックな言い方をすれば、ティキタカとボールポゼッションの勝利だったからだ。今に至る流れが生まれたのはそこからだった。スペインはその2年前にEUROで優勝し、それからの4年間、世界を支配することになった。EURO、W杯、EUROと3大会続けて優勝したチームは他には存在しない。あれは絶対的な支配だった」
グアルディオラ以後のW杯
――スペイン、ドイツと2大会続けてグアルディオラのいる国がW杯に勝ったことになりますからね。
「ちょうどその頃、2010年前後からサッカーの世界は大きく変わり始めていた。マッチアナリシスが進化してより詳細な戦術分析がされるようになり、プレー原則やチームの配置・構造が重要になって、今でも広く普及しているポジショナルなポゼッションサッカーへと向かっていくことになる。2014年のドイツも、その道筋の延長線上にある。私は、2010年のスペインと2014年のドイツには多くの共通点があると考えている。なぜならそのドイツも、バイエルンを通じてグアルディオラの影響を強く受けたチームであり、スペインと同じ原則、同じコンセプト、すなわちボールポゼッションとポジショナルプレーを土台としているからだ。縦のレーンを伴うポジショナルプレーの概念が、より明確に定義され設定されて、ますます『科学的』なものになって、そこにドイツ的なフィジカルの強度、インテンシティといった特徴が上乗せされた。しかしそれも含めてこの2つのW杯、2つの勝利は、1つの線上にあると言えると思う」
――少なくとも2010年代前半を通して、ポジショナルプレーの考え方は明確な優位性を持って、サッカーの世界全体を支配していたということですよね。CLをはじめとするクラブサッカーでもほとんど同じことが起きていた。
「そう、並行して進んでいた。あの時代、ポジショナルプレーの優位性はほとんど止めようのないものだった。偉大な監督、偉大な選手たちがそれを実践しており、まだ明確な対抗策は見つかっていなかった」
――その後、2018年ロシア大会になると、その優位性に陰りが見えてきました。優勝したフランスは重心の低い[4-2-3-1]で受動的なサッカーをやっていましたが、フィジカル的な優位性で違いを作り出していた。
「それは確かだ。ただ全体として見れば2018年はまだポジショナルなサッカー、ポゼッション志向の強いサッカーが主流だった。それはベルギーとイングランドがそういうタイプのサッカーでいい成績を残したことからもわかる。ただ、いま指摘があったようにフィジカル的な優位性、パワーとスピードという面で圧倒的な力を持ったチームが優勝したという事実は、プレーの強度とスピードの上昇という今に続く流れを象徴している。ピッチ上にムバッペやポグバのようなアスリートがいる時、戦術で到達できるのはある地点までだと思い知らされる。なぜなら彼らはフィジカルという側面においてあまりに支配的だからだ」
――大きな流れで言うと、2006年まで、2010年以降、2018年以降と分けられそうですね。
「シンプルな見出しとしてまとめるなら、2006年は最後の古いW杯であり、選手が戦術よりも重要だった。2010年と2014年はポジショナルプレーの爆発、マッチアナリシスの進化を通じて、チームとしての構造が選手たちよりも重要になった時代。2018年もまだその流れの中にあるものの、フィジカル/アスレティック的な優位性が重要になり始めた。続く2022年にも決勝まで勝ち進み、今大会も優勝候補の一角を占めるフランスはその象徴だ。戦術的には先鋭的でもモダンでもないが、爆発的なパワーとスピードで違いを作り出す。
2022年には同時に、リレーショナルサッカーの始まり、あるいは再来というトピックもあった。スカローニのアルゼンチンは、メッシとディ・マリアという2人の傑出したプレーヤーを中心として、その周りに彼らとうまくプレーできるテクニカルな選手たちを配するというアプローチで構築されたチームだった。選手の特徴、個性を出発点としてプレー構造を作り、彼らの関係性と連係によって違いを作り出す。これは、システムと構造、プレー原則を優先するポジショナルプレーの考え方とは明らかに異なるアプローチだ。この20年を駆け足で総括すると、こんな感じでまとめられると思う」
スペインはなぜ“止めようがなかった”のか
――はい。ここからはもう少しディテールに入っていきましょう。2008年から2012年まで一時代を築いたスペインですが、イタリアがそのスペインと決勝を戦ったEURO2012には、あなたもアズーリのマッチアナリストとして参加していますよね。当時のスペインはどのように見えていましたか。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
