W杯監督論。「戦術」より「政治」――なぜ革新者は続かないのか
北中米W杯を深く味わうための論点#3
6月11日に開幕する北中米W杯をより深く味わうために、本特集では「戦術」「監督」「報道」「環境」「政治」など多角的な視点から、世界最大の祭典を掘り下げていく。第3回のテーマは「監督」だ。
W杯で勝つ監督とは、どんな人物なのか。戦術家か、モチベーターか、それとも政治家か。歴代の名将たちを振り返ると、必ずしも「革新的な戦術家」が成功してきたわけではない。むしろ長期政権を築き、国家的プロジェクトを束ねる“調整者”こそが結果を残してきた。シェーン、スコラーリ、デシャン、そして森保一。代表監督という特殊な仕事の本質に迫る。
W杯で勝てる監督とは?
W杯史上、最も勝利した監督はヘルムート・シェーンとルイス・フェリペ・スコラーリだ。
シェーンは西ドイツを率いて25戦16勝6分3敗。1966年が準優勝、70年3位、74年優勝という圧倒的戦績である。
スコラーリはブラジルを率いて2大会、ポルトガルで2大会の合計が16勝。ブラジルを優勝に導いた2002年の7戦全勝が光る。2006年はポルトガルで5勝2敗(4位)、10年は1勝2分1敗(ベスト16)、2014年は開催国ブラジルの監督として3勝2分2敗(4位)。
これに次ぐのがディディエ・デシャン(フランス)で14勝。2014年ベスト8、18年優勝、22年準優勝。おそらく北中米大会でシェーン、スコラーリの記録に並び、さらに歴代最多勝利監督になる可能性もある。
単純に勝利数となると3大会以上指揮を執った監督がトップ3なので、W杯で多く勝てる監督の条件は長期政権になる。ボラ・ミルティノビッチのように異なる国を率いて5大会連続というW杯専業監督は例外で、1つのチームを長期で率いられるかどうかだ。
イングランドのウォルター・ウィンターボトムは16年間、W杯4大会(1950、54、58、62年)の指揮を執った例外的な長期政権の監督だった。興味深いのはウィンターボトムには選手選考権がなかったことだ。選抜は協会の選考委員会が行っていた。現代のような外部から雇う外付け型ではなく、協会との結びつきが強く、行政官として機能していた。昔は代表監督が協会と一体化していたので長期化はわりと普通だった。
近年の長期政権としてはヨアヒム・レーブ(ドイツ)が15年間。同じく在任15年間と南米では例外的な長期だったオスカー・ワシントン・タバレス(ウルグアイ)の例がある。
レーブとタバレスはクラブを率いた経験も豊富な外付け型ながら、国家的プロジェクトの担い手という立場により長期化していた。協会が長期的な強化プランを立て、その中心として外部から招聘しているので、負ければ解任のノルマを課される一般的な代表監督とは異なる側面があった。ただ、そうは言っても戦績が悪ければ続かない。レーブは2014年大会で優勝、タバレスは2010年でベスト4と結果も出している。
マルセロ・ビエルサ(アルゼンチン)は長期強化の中枢として代表監督に据えられていたが、2002年大会でグループステージ敗退。協会の慰留で2年後の五輪まで指揮を執って優勝した直後に辞任した。強豪国で世論は無視できない。ただ、それ以上に戦術的なイノベーターは長期政権に向かないのだ。
「戦術家」はなぜ長続きしないのか
長期政権監督の共通点は戦術的なイノベーターではないということ。シェーン、スコラーリ、デシャンの3人も戦術的には保守的な印象しかない。
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。
