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森保ジャパン進化のヒントはナーゲルスマン流にあり!? 「プレー原則」最高の使い手に学ぶ実践法

2022.06.30

『ナーゲルスマン流52の原則』発売記念企画#1

6月30日に全国発売となった、小社刊『ナーゲルスマン流52の原則』。史上最年少28歳でのブンデスリーガ監督デビューから6年、当代屈指の名将の一人に数えられるところまで上り詰めた指揮官の「 “6番”の場所で横パスしてはいけない 」「ドリブル後のパスは、ドリブルで移動した距離より長くする」といったピッチ内でのプレー原則はもちろん、組織マネジメントの方法論や価値観に至るまで彼が実践している52の“原則”に迫った一冊だ。その発売を記念して本書の著者である木崎伸也氏に、「約束事」に関して話題となった日本代表の現状を踏まえた「原則」の重要性とそれを植え付けるために必要なことについて綴ってもらった。

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 サッカーの監督は、よく映画監督にたとえられる。

 “台本”をしっかり作り込んで場面ごとに何をすべきかを伝える監督もいれば、選手たちの自由な発想を引き出すために“アドリブ”を重視する監督もいる。

 日本代表を率いる森保一監督は後者のタイプだ。先発メンバーや交代を決めるのは監督だが、細かな連係は選手たちに委ねている。例えば、W杯アジア最終予選の途中からビルドアップ時にボランチがCBの脇に下りてボールを受ける動きがしばしばら見られたが、あれも選手たちのアイディアだ。プレスのスイッチや追い込み方についても指示は限定的で、選手たちが自らブラッシュアップしている。

 台本を作り込み過ぎると、想定外の事態の際にパニックに陥る可能性がある。何が起きても自分たちで解決できるような、しかやなか組織を森保監督は目指しているのだろう。

 だが、そういう自己組織化されたグループを実現するには、少なくとも2つの前提条件が必要になる。

現チームに欠けているのは2つ目の条件

 1つ目はメンバーの固定だ。制約がない状態で自己組織化するには、選手たちがコミュニケーションを取りながらトライ&エラーするプロセスが不可欠である。選手の個性によって形が変わるので、メンバーを固定しないと共通の絵が浮かび上がらない。

 森保ジャパンは6月の代表ウィーク4試合で先発を入れ替えながら戦い、最終戦となったキリンカップ決勝でチュニジアに0-3で叩きのめされた。試合後、森保監督が円陣で「この4試合固定したメンバーでずっとやれば、もっとスムーズにいけたと思う」と弁明したのは、偽らざる本音だろう。

 2つ目は、選手たちの納得感だ。どんな戦術でも「このやり方なら勝てる」と選手たちに信じさせなければならないのは同じだが、“台本なし”のやり方には自主性が不可欠で、さらに強い選手たちの納得感が求められる。

 残念ながら、森保ジャパンではこの2つ目に大きな問題を抱えている。すでに多くのメディアで大きく報じられたように、チュニジア戦後に三笘薫が疑問を投げかけた。

 「チームとしてどう攻めていくかの決まりごとを持たないといけない。チーム全員で共有できているかと言われれば、そうでないところが多いし、そこが必要と思う」

 監督は人事権を握っており、選手の立場で批判するのは簡単ではない。3月に読売新聞に掲載されたコラム「突破 森保ジャパン<上>」によれば森保監督は「水漏れをなくす」を信条としており、不満が外に漏れるのを嫌っているのであればなおさらであろう。にもかかわらず、三笘は問題を提起した。強い使命感がなければ口にできない内容であり、その勇気は称賛に値する。

現チームについて、自身の意見を口にした三笘

 森保監督のやり方に不安を覚えているのは、三笘だけではない。関係者を取材したところ「あくまで皮膚感覚だが、その数は過半数に近い」という。特に、ロシアW杯後にA代表に入った若い年代に多い印象だ。もちろん森保監督も指示がゼロなわけではないが、どの監督でもするような当たり前の指示が多いため具体性がないと感じてしまうのだろう。

 森保監督はベテランたちとは信頼関係を築いており、ヴァイッド・ハリルホジッチ政権時のように選手たちが解任運動を起こすことはなさそうだが、ベテランだけではサッカーはできない。それ以外の選手たちにも「この監督なら勝てる」と信じさせることが不可欠である。

 森保監督を擁護する声の中に「代表はクラブチームとは違って練習時間が限られている」というものがある。これは一理あるだろう。ただ、それはひと昔前のことになりつつある。

 例えば、カタールW杯で日本と対戦するドイツ代表のハンジ・フリック監督は、代表活動期間以外にもオンラインミーティングを開催して選手たちに戦術を伝えている。それもポジションごとにグループ分けしてレクチャーを行っているほどだ。代表のチーム作りはクラブのやり方にどんどん近づいており、もはや時間不足は言い訳にはならない。

ナーゲルスマンと談笑するフリック(右)。密なコミュニケーションを用いてドイツ代表をマネジメントしている

 では、どうしたら森保ジャパンの最大の問題である、森保監督が求める「自主性」と三笘らが求める「約束事」の両立を実現できるのだろう?

ナーゲルスマンのプレー原則

 ヒントになりそうな概念がある。

 それは「プレー原則」だ。原則とは「局面ごとに何を優先すべきか」という判断基準を与えるもので、ざっくり言えば監督が選手にしてほしいアクション集のことである。

 例えば「敵陣内のハーフスペースでMFがボールを受けて顔を上げたら、ファーサイドにいるFWは裏へ飛び出す」「1つ飛ばしのバックバスがCBへ入ったら、必ず前に縦パスを出す」など。ピッチ上のどこを見るべきかが明確になり、共通の絵を描きやすくなる。

 そして、そのプレー原則の最高の使い手の1人が、バイエルンを率いるユリアン・ナーゲルスマン監督である。……

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Profile

木崎 伸也

1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。

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