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リヨンが獲得したティノ・カデウェレは模範的で超人的なストライカー

2020.01.28

 フランスリーグでは、時折「一体どこから、どのような経緯で現れたのだ?」という逸材が出現することがある。

 今、その最注目株と言えるのが、この冬のメルカートでリヨンがリーグ・ドゥ(2部)のル・アーブルから推定1200万ユーロで獲得したジンバブエ代表FWティノ・カデウェレだ。

 現在、18得点でリーグ・ドゥの得点ランキング首位につけており、交渉の末、リヨンからの期限付き移籍という形でシーズン終了まで現クラブに残ることが決まった。ル・アーブルはリーグ・アンとの入れ替えプレーオフに臨める3位まで7ポイント差と、終盤戦にかけて追い上げを狙っている最中だっただけに、トップスコアラーが残ってくれるのはありがたい限りだろう。

母国でプロになり、スウェーデンで飛躍

 ル・アーブルとカデウェレの間には、それだけの絆があった。

 2018年夏、主力ストライカーが移籍することになり、代わりの攻撃手を探していたル・アーブルのリクルートチームは、北欧諸国のリーグに着目していた。当時の監督オズワルド・タンショは、その理由を「北欧リーグでプレーする選手には、勤勉で順応性に優れた人材が多い」と話している。

 その際、候補に上がった3、4人の選手の中に、スウェーデンのユールゴーデンCFでプレーするカデウェレの名前もあった。

 地元ジンバブエで元プロだった父親から手ほどきを受け、みるみる才能を発揮したティノ少年は、高校卒業後に地元クラブでプロデビューした直後、新天地を目指してユールゴーデンとフランスのソショーのトライアルを受けた。両方とも合格したが、英語が通じるなどコミュニケーションの面なども考慮して選んだのがユールゴーデンだった。

大ケガを負うもスカウト担当者は直感を信じた

 ル・アーブルのリクルート担当であるジェローム・フージェロンは、カデウェレの映像を見た瞬間に衝撃を受けたという。それは、彼がアマチュアクラブでウィサム・ベン・イェデルを発掘した時と同じ感覚だった。ベン・イエデルは現在モナコに所属し、1月28日時点でネイマールキリアン・ムバッペらを抑えてリーグ・アンのトップスコアラーに君臨している。

 しかしカデウェレに目を付けたクラブは、ベルギーやドイツなどにもいくつかあった。第一、フージェロンも映像を見ただけで、実際にプレーする姿を見たことはない。しかも、移籍金の400万ユーロはル・アーブルには高すぎた。

 それでも「善は急げ」とばかりに担当者が現地に飛んだのだが、パフォーマンスをチェックしようと思ったその試合でカデウェレは早々に負傷退場。診断の結果、左膝の靭帯損傷という大ケガであることがわかった。

 フロント陣は獲得に難色を示した。当然である。しかし、リクルートチームは直感を信じてフロントを説得。負傷中ということで競合クラブが手を引き、移籍金が200万ユーロと半値まで下がったことも手伝って、獲得が実現したのだった。

模範的態度に指揮官も脱帽

 2018-19シーズン前半戦の大半は療養のため欠場したが、11月の第14節で初めてリーグ・ドゥのピッチを踏むと、初めて先発フル出場した第17節のシャトールー戦でさっそく初ゴールをマーク。カップ戦を合わせて26試合に出場、6ゴール5アシストという数字でリーグ・ドゥでのデビューシーズンを終えた。

 今シーズンは、前年の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように開幕から全試合にフル出場。18得点4アシストとチームのオフェンスを牽引している。

 かつてリヨンやパリ・サンジェルマンを率いたこともあるル・アーブルのポール・ル・グエン監督は、「彼のような才能があれば、別次元のクラブから請われて当然だ」と、リヨンからの引き抜きは致し方ないことだと認めている。

 と同時に「にもかかわらず、シーズン終了まで残れることになったのは非常に喜ばしい。実際、彼の口から『すぐに移籍したい』という言葉は聞いたことがない。移籍交渉中の彼の素晴らしい態度にも感謝したいくらいだ。彼ならきっと高いモチベーションを保ち、他の選手に対して模範となる姿勢のままシーズンを終えてくれるだろう」と手放しで賞賛している。

 カデウェレには、ケガをしている自分を受け入れてくれたクラブへの感謝の気持ちがあった。

 「負傷中の自分にチャンスをくれたこのクラブへの恩は忘れない。このクラブには特別な思いがある」

 鋼のような筋肉質の体を誇り、ゴール前では驚異的な加速で追撃手を振り切り強烈なシュートをたたき込む。彼のプレーは、そんな破壊力にあふれている。より技巧的なトップリーグのDFとの対戦では、どういう攻め方を見せるのか。成長を続ける24歳を、来シーズン、リヨンで見るのが楽しみだ。


Photo: Getty Images

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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