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自分を曲げない男ロイ・キーン。闘将と愛犬が紡いだ物語

2020.01.03

 元アイルランド代表のロイ・キーンは、闘志あふれるプレーでマンチェスター・ユナイテッドを幾度も栄光へと導いた。その陰では挫折も経験したが、そのたびに“愛するもの”に支えられてきた。

2012年に発売された1冊の自叙伝

 自分を「ダイバー」呼ばわりしたアルフ・インゲ・ハーランド(ドルトムント所属のFWアーリング・ブラウト・ハーランドの父)に報復タックルをして出場停止処分を受けたり、監督との衝突で代表を離れたり。さらにはチーム批判でユナイテッドを追放され、指導者になっても選手とぶつかった。彼は決して自分を曲げられない男だった。そう証言したのは、他の誰でもなく、彼の愛犬である。

 キーンはサッカー界きっての愛犬家としても有名だった。愛犬のラブラドール・レトリバー「トリッグス」が2012年に他界した時には「一緒に浮き沈みを乗り越えてきた。泣きそうだよ。犬を飼っていない人には分からないかもね」と、珍しくメディアの前で弱音を吐いた。

 そして同年6月、そのトリッグスの自叙伝が発売されることになった。「犬の自叙伝?」と疑問に思う人もいるかと思うが、これはトリッグスの視点からキーンのキャリアを振り返る内容になっている。

愛犬の視点で見た2002年のキーン

 キーンのキャリアで最も物議を醸したのは、2002年日韓ワールドカップの大会前に代表チームから追放となり、合宿地から帰国したことだろう。トリッグスはそのことについても自叙伝で触れている。実は、トリッグスは以前からキーンに「W杯へは行くな」と忠告していたという。

 キーンはミック・マッカーシー代表監督(当時)とそりが合わなかった。それでもW杯の2年前、監督を自宅に招いた。その時トリッグスは、最初は好印象を抱いたそうだ。マッカーシーも犬好きで、スタッフォードシャー・ブルテリアを2頭飼っていたため、犬との接し方に慣れていたからだ。

 キーンが「周りにいるのはサッカー選手ばかりなので、知的な会話はトリッグスとしかできないんだ!」と話すと、マッカーシーも「私もさ」と答えたという。愛犬を通じて2人は和解したかに思われた。しかし、最終的にはうまくいかなかった。トリッグスも、マッカーシーが最後まで紅茶に口をつけなかったところを見て嫌な予感を覚えたという。

 だからW杯への参加を辞退するように迫ったそうだが、キーンはユナイテッドの同僚に「優勝を狙う」と宣言してW杯に臨んだ。いや、臨むはずだった。結局、キーンは大会前のサイパンでの合宿に異を唱え、監督と口論になって合宿地から帰国することになった。キーンは本気で優勝を目指していたからこそ、練習環境が整わないサイパンでの合宿が許せなかった。

ピッチ外でキーンを支えた愛犬

 もし、彼がイングランドの選手だったら……もっと早くに代表を辞退していただろう。当時イングランド代表は、ベッカム夫婦の主催で大会前に「グッチ」と「寿司」をテーマにしたパーティーを開いたという。それを知ったキーンは呆れて首を横に振ったそうだ。

 当時はベッカムが左足第二中足骨を骨折し、W杯に間に合うかどうか微妙な時期だったが、トリッグスによると、クラブ内ではこんな冗談まで囁かれていたという。

「ベッカムが中足骨のレントゲンを撮る際、医師に肖像権の支払いを求めたらしい!」

 トリッグスは「自分がベッカム家の犬だったら『パーティーなんか開かず回復だけに専念しろ』と忠告したはず」と綴りつつ、「幸いにも自分はキーンの犬だ」と主人への愛情を記した。

 常にピッチ上で戦ってきたキーンのような選手には、ピッチ外で心の支えが必要なのだ。それが彼にとってはラブラドール・レトリバーだったのだが、2人の絆はやはり犬を飼っている者にしかわからないのかもしれない。


Photo: Getty Images

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ベッカムユナイテッドロイ・キーン自叙伝闘将

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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