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「サッチャー首相、聞こえますか?」イングランド対ノルウェーで思い出す名実況

2019.06.30

スポーツの名シーンには名実況がつきもの

 いよいよ佳境を迎えた女子ワールドカップでは、初優勝を目指す世界ランク3位のイングランドが順当に準決勝へ駒を進めた。

 準々決勝ではノルウェーに3-0で快勝したわけだが、その試合をノルウェー放送で観戦したいという衝動に駆られたのは筆者だけではないはずだ。ノルウェー対イングランド……このカードになると、やはりあの実況の話題は避けられないものだ。

 スポーツの名シーンには名実況がつきものだ。日本ならば「栄光への架け橋だ」「あなたの、そして私の夢が走っています」「私たちにとっては彼らではありません。これは私たちそのものです」などなど。そのフレーズを聞いただけで目の前に当時の光景が蘇る名実況がある。

 イングランド・フットボール界も例外ではない。最も有名な実況といえば、1966年ワールドカップ決勝の「they think it’s all over(観客は試合終了を確信しています)」だろう。しかし、イングランドに大きなインパクトを与えたという意味では、1981年のノルウェーのラジオ局の実況も負けていない。

「サッチャー、あなたの選手たちは思いっきり打ちのめされたぞ!」

 1982年ワールドカップ・スペイン大会の欧州予選で同組に入ったイングランドとノルウェー。当時の両チームの実力差は歴然だった。組み合わせ抽選会のシード権では、イングランドが「ポットA」に入ったのに対し、ノルウェーは一番下の「ポットE」。ルクセンブルクやキプロスと同じ扱いだった。

 さらにイングランドはそれまでノルウェー戦には全勝しており、必ず4得点以上してきた。事実、ウェンブリーで行われた予選の初戦でもイングランドは4-0でノルウェーを一蹴していた。そのため1981年9月のオスロでの再戦でもイングランドの圧勝が予想されていた。

 しかしフタを開けてみると、ケビン・キーガン、グレン・ホドル、ブライアン・ロブソンを擁するイングランドは1-2でまさかの逆転負け。ノルウェーが大金星を収めることになり、ノルウェー放送局のアナウンサーは興奮を抑えきれずに試合終了時に叫んだのだ。

「ネルソン提督、ビーヴァーブルック男爵、ウィンストン・チャーチル、アンソニー・イーデン、クレメント・アトリー、ヘンリー・クーパー(ボクサー)、ダイアナ妃。我々は全てをやっつけた。マギー・サッチャー(当時の英首相)、聞こえるか? マギー・サッチャー、あなたの選手たちは思いっきり打ちのめされたぞ!」

 英国のスポーツ誌で歴代1位に選ばれたこともあるこの実況フレーズの生みの親は、ノルウェー人のビョルゲ・リレリエン。彼のモットーは「退屈な試合を必ずしも退屈に届ける必要はない」というもの(恐らくこの試合は退屈ではなかったと思うが!)。彼はアメリカの大学出身ということもあり、ノルウェー語と英語を巧みに織り交ぜながら名実況を生み出したのだ。のちに、イングランドのコメンテーターの中には、これを引用して対戦国の著名人を羅列する者もいたという!

Photo : Getty Images

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イングランド女子代表ノルウェー代表文化

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。