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フィオレンティーナで監督交代。プランデッリが10年ぶりに帰還

2020.11.14

 フィオレンティーナは11月9日にジュセッペ・イアキーニ監督を解任し、後任にチェーザレ・プランデッリ監督の就任を発表した。セリエAの20クラブを通して、今シーズン初の指揮官更迭となった。

成績不振で監督交代を決断

 昨季途中から指揮を取ったイアキーニは、混乱の中にあったチームにタフな守備と速攻主体の攻撃を浸透させ、チームを安定させて10位でフィニッシュさせた。

 だが、今までの実績は残留を争うクラブが中心で、中上位クラブの経験がなかった彼に対する地元の懐疑論は強く、『コリエレ・デッロ・スポルト』によれば、ダニエレ・プラデSDは水面下でエラス・ベローナのイバン・ユリッチ監督に就任打診を図っていたという。

 しかしロッコ・コンミッソ会長は変化を嫌ってイアキーニの続投を決断、今季に入ってインテルやサンプドリア、ローマに敗れて解任への圧力が強くなっても彼を擁護し続けていた。

 だが、第7節のパルマ戦がスコアレスドローに終わったことでさすがに折れた。イアキーニ監督は12日にコメントを発表し、「フィオレンティーナを指揮する機会を与えてくれたコンミッソ会長に感謝したい」と語った。

「帰属意識を持たせたい」

 そして白羽の矢が立ったのは、2005年から5シーズンに渡って同クラブを指揮していた元イタリア代表監督だった。「選手たちの価値を高めてくれるにふさわしい人物で、フィオレンティーナのベンチに座るのに最も適した人物ではないかと考えた」とコンミッソ会長は表明。そして接触の際、最初にイアキーニ前監督への感謝を述べたことが、プランデッリに感銘を与えたという。

 11月10日の記者会見で、プランデッリは「私と話をする際、最初にイアキーニ監督への感謝から切り出した。特別な感受性のある人で、一緒に大きなことが作り出せそうだと確信した」と語った。

 フィレンツェとの結び付きはチームを離れてからも強かった。引き続き街に住み続け、代表監督時代は近郊のコベルチャーノにあるナショナルトレセンが”仕事場”となった。また、郊外のオリーブ畑を購入して農業にも携わり、監督業を務めていない間の収入源としていた。

 「街で会う人からは復帰を要請されてきたが、私はフィレンツェから去ったわけではなかった」と語ったプランデッリは「私自身も監督として、またフィオレンティーナのファンとして二重の責任がある。チームには帰属意識を持たせたい。全力で取り組むところを見せれば、ファンもいくらかのミスは許してくれるものだ」と、外から見守った者の視点でチーム立て直しのコンセプトを明かした。

 地元紙各紙の報道によれば、プランデッリはフォーメーション自体にも手を入れる模様だ。会見ではプレースタイルと合わない仕事をさせられていたクリスティアン・クアメやソフィアン・アムラバトの名を挙げ「プラデSDとはこう話した。『戦力の素地はある。では何が機能しなかったのかということをまず査定する必要がある』とね」と語った。


Photo: Getty Images

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チェーザレ・プランデッリフィオレンティーナ

Profile

神尾 光臣

1973年福岡県生まれ。2003年からイタリアはジェノバでカルチョの取材を始めたが、2011年、長友のインテル電撃移籍をきっかけに突如“上京”を決意。現在はミラノ近郊のサロンノに在住し、シチリアの海と太陽を時々懐かしみつつ、取材・執筆に勤しむ。