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なぜ日本代表とMr.Childrenなのか? 名波・中田に始まり、長谷部で一体化

2018.11.28

日本代表とMr.Children』著者対談 宇野維正×レジー 前編


11月28日に発売となった書籍『日本代表とMr.Children』。1998年のワールドカップ初出場を機に国民的コンテンツとなったサッカー日本代表と、モンスターバンドとして90年代からポップシーンを席巻してきたミスチルの関係性を読み解くことで、平成の世が見えてくる――そんな異色作を共著で手がけた音楽・映画ジャーナリストの宇野維正と、音楽ブロガー・ライターのレジーが語り合う特別対談を、前編・中編・後編に分けてお送りする。

きっかけは「ミスチル世代のW杯が終わったね」


―― 宇野さんとレジーさんは、いつ頃からつながっているんですか?


レジー
「直接お会いしたのは今回の本が初めてですね。ウェブ上では数年前からつながりがありました。Twitterでちょこちょこと」


宇 野
「ちょうど(ロシア)W杯が終わったタイミングで『ミスチル世代のW杯が終わったね』みたいな話をTwitter上でやりとりしていて、そのタイムラインを見ていたfootballistaの編集の方から自分に声をかけていただいて。

 この20年くらいの日本社会を考える上で『日本代表とMr.Children』ってすごく重要なテーマだと思うんですけど、それで一冊の本を作るなら一人の視点からだけでは書ききれないと思ったんです。自分はミスチルのメンバーとほぼ同世代なので、ミスチルのある世界で学生時代を過ごしてきたわけじゃない。やっぱりミスチルとともに青春を過ごしてきた世代の視点もあった方が絶対にいいと思って、今回の企画のきっかけとなったやり取りをしていたレジーくんにも声をかけたという流れです」


レジー
「宇野さんとTwitterでそのやり取りをした後に、自分のnoteで『もし本にするなら』みたいなことも書いていたので、僕もぜひぜひ、という感じでした。宇野さんにお会いしたのは今回が初めてなのですが、ご一緒させていただくのはすごくうれしいと感じましたね。宇野さんが編集に関わっていた『BUZZ』という音楽雑誌が、自分の人生にものすごく大きな影響を与えた雑誌なんです。書籍にも出てきますが、宇野さんが金子達仁さんの連載を担当したりもしていて、音楽だけでなく様々なカルチャーに関する刺激を受けていました」


宇 野
「1998年~2000年くらいの時期ですね。だからレジーくんがちょうど……」


レジー
「高校生です」


宇 野
「自分は20代後半で、編集者としては一番フットワークが軽い時期でしたね(笑)。在籍していた雑誌の編集部で当時ベストセラーを連発していた金子さんの連載を担当していたのもそうだし、一方で会社の外では中田英寿監修のイタリアのガイドの編集や執筆に携わったりしていました。とにかく大好きなサッカーに関わる仕事がしたくて、機会があれば積極的にコミットしていました。その後、自分が在籍していた時期の『BUZZ』や『ROCKIN’ON JAPAN』で編集長をやっていた鹿野淳が退社をして、しばらくしてからサッカー雑誌を立ち上げることになったんですけど、それを聞きつけて自分も後を追うように10年以上いた会社を辞めたんですよ。それで、W杯ドイツ大会があった06年には『STAR soccer』という月刊誌の編集部にいたんですけど、それがたった1年で休刊になってしまって(笑)。その後も『ワールドサッカーダイジェスト』でサッカーに関連した映画や音楽の連載をしていたりしました。だから、今回の『日本代表とMr.Children』は、自分としてはまさに念願のサッカー関連書籍ということになりますね」

実は90年代から蒔かれていた種


―― 今回のテーマとなった「日本代表とMr.Children」ですが、おそらく多くの人が直感的には結びつかない2つですよね。お2人が両者の結びつきを意識したのはどのタイミングからですか?


宇 野
「自分が在籍していた『ROCKIN’ON JAPAN』や『MUSICA』は今でもミスチルが稼働をする時にはよく出てくる雑誌なんですが、そこでの桜井(和寿)さんのインタビューでは、90年代の終わり頃からサッカーの話が本当に頻繁に出てきていたんですよ。だから、サッカーファンの間では、ウカスカジー(編注:桜井とGAKU-MCのユニット)が始動するまではそれほど知られていなかったのかもしれないですけど、雑誌のロングインタビューを読むようなミスチルのコアファンの間では、かなり以前から桜井さんがサッカー好きのレベルをちょっと超えた“サッカー狂”だっていうことは認知されていたと思います」


レジー
「サッカーをするスケジュールに合わせてバンドの活動予定を組んでいる、みたいな噂は一時よく聞かれましたよね(笑)。僕は90年代からどっちも好きだったのですが、名波浩と『I’LL BE』のエピソード(編注:桜井が名波から聞いた「ミスチルを聴いてから試合をすると負ける」という話に触発されて曲を書いた)が出始めた頃から、代表とミスチルの間につながりがあるのかもしれないなと感じていました」


宇 野
「それが1999年だね」

『I’LL BE』がリリースされた1999年にイタリアのベネツィアへ移籍した名波浩


レジー
「そうですね。でも、やっぱり決定的だったのは、長谷部(誠)の存在がどんどん大きくなっていく中で、彼がものすごいミスチルファンだってことがクローズアップされたことですね。さらに、ここ8年間の代表まわりのキーワードでもある『自分たちのサッカー』というものが、ミスチルがかつて歌ってきた『自分らしさ』みたいなメッセージをなぞっているようにも思えました」


―― サッカー好きのミュージシャンは結構いて、桜井さんもそのうちの一人と捉えることもできますが、桜井さんとサッカーの関係はどこが特別なのでしょうか?


宇 野
「ミュージシャンと仕事をしてきた中で、それこそ02年の日韓W杯を境に、サッカーの話題になることが取材や取材の前後にすごく増えてきて。ただ、我われ一般人もそうですけど、サッカー好きって『やる派』と『見る派』の2通りあるじゃないですか。どっちも好きな人も多いけど、大体どちらかに軸足がある。そういう意味では、桜井さんは完全に『やる派』ですよね。ミュージシャンであんな極端に『やる派』の人はなかなかいないですね。聞いた話だと、今はそこまでハードにやらないらしいですけど、以前まではステージに立つ前の体の温め方や喉のコンデションの整え方として、サッカーボールと一緒に体を動かすのが不可欠になっていたらしいんです。それを踏まえると、そもそも桜井さんがサッカーで体を動かすこと自体が、ミスチルの表現と密接に関わっている。その時点でもう特異な例だと思います。その上で、プレーヤー側からの異常なまでのラブコールというか、ミスチルがプレーヤーたちの精神的な支えになってきたという事実があって。だから、いろんな意味で特別な感じはしますね」


レジー
「代表に限らず、僕と近い世代でミスチルに影響を受けている人ってめちゃくちゃいっぱいいるんです。その世代が代表の中心になったことで、その結びつきがより鮮明に見えてきたのはあるのかなと。06年の代表がミスチルっぽいかと言われると必ずしもそうでないと思うんですけど、長谷部の世代が前に出てくるにつれて“ミスチル臭”がどんどん出てくる感じがあって。おそらく世の中的にも、その世代が段々と力を持ち始めてきたタイミングでもあったと思う。そういう意味で2010年代の方がよりその感覚は強いですね。90年代に種が蒔かれて、10年代に芽が出てきた、みたいな」


宇 野
「サッカーって、(チームに)ある一定の世代が固まるじゃないですか。学生じゃなくなって、20代半ばを超えてから“同じ世代の集団”で何かをするって、よく考えると社会的には特異な例ですよね。今回のW杯(ロシア大会)で30代前半の世代が代表の中心となったタイミングで、それが“ミスチル世代”的なムードをまとったというのは、だからある種の必然かもしれない。企業とかだと、まずそういうことはないですからね」


レジー
「会社だと上から下までいるから、薄まりますよね」

「長谷部世代」とミスチルの“ちょうどいい”年齢差


―― 日本代表とMr.Childrenの関係でいうと、名波や中田英寿の時代と、長谷部以降では関わり方は違ってくるんでしょうか?


レジー
「やっぱり後者の方がより一体化していく感じはあります。名波・中田とミスチルとの関係性は、桜井さんと友人であったり、むしろ桜井さんの方が刺激を受けたり、という感じで。逆に長谷部以降はこの本の中で『同志』という言葉を使ったんですが、より歩調がそろっていった感じがあります。リスナーとしてダイレクトに影響を受けていったんだろうなと」


宇 野
「音楽ファンにとってのミュージシャンもそうですけど、年齢がちょっと離れていると純粋に憧れられるじゃないですか。自分で言うと、例えば佐野元春さんは純粋にミーハー的に憧れられる対象なんだけど、それがフリッパーズ・ギターみたいにちょっと上、ミスチルみたいにほぼタメ、さらにくるりみたいにちょっと下の世代になると、それぞれ微妙に違ってくる。そういうのってあるよね?」


レジー
「ああ、僕にとっての星野源ですね(笑)」


宇 野
「星野源になるとちょっと愛憎入り混じるような感じがある?」


レジー
「そうですそうです」


宇 野
「逆に、自分にとっては星野源くらい歳が離れていると何の雑念もなく対象化できるんだけど(笑)。だから、そういう“ファン意識”みたいなものにもやっぱり世代の違いがあって、長谷部の世代とミスチルの(メンバーの)世代はちょうどいい具合に離れているんだと思いますよ」

桜井和寿(’70)と14歳離れている長谷部誠(’84)。“ちょうどいい”年齢差だったのかもしれない


―― 名波もメンバーとほぼ同年代(編注:72年生まれ)ですよね。桜井さんの2歳下。


宇 野
「冗談めかして『弟』と言っていますね、桜井さん本人が」


レジー
「名波もミスチルファンであることは間違いないですが、長谷部からミスチルへの視線とはまたちょっと感じが違いますよね」


宇 野
「だからこそ、この本でもレジーくんの世代からの視点が必要だと思ったんですよ。自分にとってミスチルは同世代なので、ライブを見たりするともちろん圧倒されちゃうんだけど、そこにはただの憧れだけではない、ある種の苦々しさのような感覚がある。ミスチルはすごいバンドだけど、彼らがずっとトップに立ち続けてきたこの20数年間の日本の音楽シーンは、一体この国の何を象徴していたのかとかを考えたりして」

掘れば掘るほど「サッカー狂」、桜井和寿


―― ある程度、作る前から本のプロットの段階で、面白い作品になりそうだという予感は見えていたんですか?


レジー
「うん。そうじゃないですか? そんなことないですか(笑)?」


宇 野
「自分は今回、最初に思い描いていた時から作り終えた時との落差がかなりあって。もちろん、面白い本ができると感じたからやろうと思ったわけですが、その初期設定からかなり遠くまで飛距離が伸びたな、という感慨があります。レジーくんのおかげで」


―― 想像以上にいい本になった?


宇 野
「なりましたね。あと、これは本をよく読んだら行間から伝わってくると思いますが、この本を作っている最中、ずっとミスチルばかり聴いていたことによって、本の最初の頃よりも終わりの頃の方がミスチルのことが好きになっています(笑)」


一同
「(笑)」


宇 野
「いや、やっぱりミスチルってすごいんですよ。ファンにとっては『知ってるよ』って話だと思いますが(笑)」


レジー
「ここまでパキッと筋道が見えてくるかどうかっていうのは、確かに手探りだったかもしれません。やっていく中でグルーヴ感が出てきた感じはあります」


宇 野
「自分がこの本で定義をした『ミスチル世代』の日本代表に対してもミスチルに対しても、“内向き”の今の日本社会を象徴するものとして、当初はちょっと批判的なスタンスで入るつもりだったんです。レジーくんとやりたかったのは、批判的なスタンスがあまり前景化しちゃうと一体誰に向かって書いているのかわからないような本になっちゃうから、そこにちゃんと客観性を入れたかったからだったんですが。

 ただ、作業を進めていく上で自分でも驚きだったのは、ミスチルも、長谷部も、やっぱり普通にすげぇなってどんどん思うようになっていったんですよ(笑)。いろいろな資料にあたったり、レジーくんとの対話を繰り返すことで、この20年間の日本代表とミスチルの功績を冷静に振り返ることができましたね。それでも唯一、冷静でいられなかったのは本田圭佑に対してなんですけど(笑)」


―― レジーさんも、作っていく中で予想外だったこと、苦労したことなどはありますか?


レジー
「本の作業を通して桜井さんのインタビューでの発言をいろいろと集めたんですけど、『ここまでサッカーの話をたくさんしているんだ』っていうのは、驚きでしたね」


宇 野
「改めてね」


レジー
「はい。どっちかというと最初は、代表側がミスチルを信仰していて、それで影響を受けているという方が強いような気がしていて。そのストーリーがありつつ、ミスチルの話をしていくとこうつながる、みたいなイメージを漠然と持っていました。

 でも、掘れば掘るほど、当時JFAの会長だった川淵三郎と対談している記事が出てきたり、それこそ日韓W杯の前にはフォーメーションについて喋っていたり、次から次へと出てきて。僕もいちミスチル好きとしてそれなりに追ってはいたつもりでしたが、こんなに桜井和寿側からもハッキリとしたベクトルが出ていたのか、というのは新鮮な驚きではありました。その辺はちゃんと本の中にうまく反映できたかなと思います」


宇 野
「本にも書いたエピソードですけど、桜井さんのお子さんは小さい頃、自分のお父さんは『元サッカー選手で今は音楽をやっている人』だと思っていたという(笑)」


―― それはすごい話ですよね。


宇 野
「交友関係にもサッカー選手やサッカー関係者がいっぱいいるし、音楽をやっている時以外はサッカーのことばっかりしているから、そう思ったのも無理はないんでしょうけど。だから、多分桜井さんに近ければ近い人ほど、彼にとってサッカーがどれだけ重要なものなのかをよく知っているんじゃないでしょうか。今回はそこをいろいろと掘ることによって、その片鱗をうかがい知ることができました」


レジー
「桜井さん、1人でFWとしての動き出しの練習とかしていたらしいですからね(笑)」


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『日本代表とMr.Children』著者対談 宇野維正×レジー

前編 なぜ日本代表とMr.Childrenなのか? 名波・中田に始まり、長谷部で一体化
中編 クロスカルチャーは幻想?しかし…サッカーとミスチルの本物の関係
後編 「ミスチル世代」とは何なのか?「批評」が機能しない社会の怖さ


Photos: Getty Images
Edition: Baku Horimoto

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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