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チッチはこうしてセレソンを掌握した。選手を心酔させた名将の言葉

2018.06.04

ブラジル代表監督チッチ インタビュー

南米予選の第7節を境に、ブラジルはピッチの内外で、完全に別のチームに変貌したという。その立役者はチッチ。2勝3分1敗で10カ国中6位に沈むセレソンは、新監督下の2016年9月以降、10勝2分無敗で首位を独走、6カ月後にはロシア行き一番乗りを決めたのだった。

準備期間や親善試合もない中で起こした改革、何よりもまず大切にした選手との関係……。6月4日発売の『セレソン 人生の勝者たち。「最強集団」から学ぶ15の言葉』で最強ブラジル代表を彩ったレジェンドたちの成功の秘密を明かした藤原清美さんが聞き出した、ブラジル国民2億人が満場一致で支持する名将の言葉に耳を傾けよう。 ※このインタビューは17年11月に収録した

セレソン監督がやるべきこと

共同責任。メリットを分担する。
誇りも分け合い、義務も分担する


── チッチがセレソンの監督に就任した時(2016年6月)、ブラジル国民は大歓迎しました。あの雰囲気は大切なことだったと思いますが、一方で、国民2億人の満場一致というのも大きなプレッシャーですよね。

「あの時は感情が入り交じったよ。まずは喜びと誇り。人々が私にセレソンの監督になってほしがっていたことを、幸せに思った。一方で、責任の重さに対する恐怖もあった。セレソンを引き受けることが、怖かった。私は代表での経験がなかったうえに、自分が適応するためにチームをトレーニングする時間もなかったからね。しかし、最終的に最も重きを置いたのは“夢”ということだった。早期に現役引退した元選手が、体育学を学んだ。当時、監督になろうとも考えていなかったのが、やがてセレソンの監督に招へいされるところまで来たんだからね。それは夢の実現でもあり、引き受ける強い動機になったんだ」


── 就任当初には親善試合の機会もありませんでしたが、南米予選であれほど良いスタートを切るために何をしたんですか?

「まず三日三晩、眠らなかった(笑)。最初はそういう感じだった。その後、技術委員会で集まって『見ていこう』と。23人を招集するために約50人の選手たちの資料を手にし、その全員のすべてを見ていこうと。中国にもスタッフが行った。それでジウ(山東魯能)、レナト・アウグスト(北京国安)、パウリーニョ(広州恒大/現バルセロナ)を招集した。今も見続けている。ヨーロッパのどこにいてもそうだ。東欧にいるタイソン(シャフタール)、ジウリアーノ(ゼニト/現フェネルバフチェ)も見ていこう。ブラジル組はどうか。すべての主なチームを現場で見よう、行けなかったらテレビで見よう。

 技術委員会のうち7人、つまり私と3人のアシスタントコーチ、3人のスカウティングとプレー分析の担当者が、技術面に特化してずっと見ている。もう1人、コーディネーターのエドゥーも、ロジスティック業務がある中で場合によっては観察もやる。フィジカルコーチとGKコーチも、それぞれの役割に特化して見ている。そうやって見てきた練習や試合、集めたビデオ、すべてを持ち寄って『ここに、選手たちのすべてがある』と。『これだけ見てきたんだ。さぁ、招集する選手を選ぼう』。それが初めての招集のための、最初の段階だった」


── 2014年W杯の後、代表を遠ざかっていたパウリーニョはトッテナムから中国に行きました。その後、チッチの招集により復帰し、今やバルセロナの選手です。

「パウリーニョにはすでにセレソンでの歴史があった。2013年のコンフェデレーションズカップでも優勝に貢献した。個人的な意見だが、トッテナムでは彼の良いところが引き出されていなかった。チームの戦術システムによってね。それで中国に行って、非常に良いプレーをしていた。私のアシスタントコーチが中国に見に行ったんだが、帰って来るとこう言ったんだ。『彼は技術的に凄く良い。2013年コンフェデ杯やコリンチャンス時代のようにプレーできる。しかもフィジカル的にはより完璧な選手になっているし、より成熟している』。そんなふうに中国でのプレーがあって、彼はバルセロナに到達したんだ。その中で、セレソンでの機会もとても重要なものになったんだよ」


── 南米予選の最終節の後、選手たちに現在の成功の要因を聞いたんです。いろいろな話が出た中で、ダニエウ・アウベスは「チッチだ」と。「僕らは成長するためにチッチの後に続いた。そしてこれからも彼の後に続く。最大の目標を達成するために」。100%の信頼感ですよね。

「信頼関係とは、日々の中で、一緒に仕事をしながら構築していくもの。ダニが私に対して感じる信頼を、私は彼に対して感じているし、アリソン(GK)にも感じている。ネイマールにも、カッシオ(GK)にも……。自分が招集する選手たちを信頼しているんだ。そういう意識がチームを強くするものだからね。セレソンに力があることはわかっていたから、あとはみんなをきちんと導いていくこと。そうすれば、強くなっていく。

 2つの瞬間が印象に残る。まずは2016年9月1日、アウェイでの南米予選エクアドル戦。私の指揮するセレソンにとっての初戦で、前半は緊張していた。アドレナリンも湧き過ぎるほどだ。それでハーフタイムに『落ち着いてプレーしよう』と話をした。すると後半は良いプレーができるようになり、0-3で勝利。結果が出ると、自信もつくよね。2つ目は2017年6月9日、親善試合アルゼンチン戦に0-1で敗れた時。私が率いて10試合目で、初めての敗戦だった。翌日、選手たちを集めてこう言ったんだ。『我われは良いプレーができた。サッカーとは時にそういうものなんだ。我われには3度の惜しいフィニッシュがあった。ボールポゼッションも良かった。チャンスも作った。それでも負けることもある。これを吸収しよう。対戦相手にメリットがあったんだ。我われも前に進んで行こう』。そうやって、敗戦を取り込んだ。そういう勝利と敗戦の両面が、信頼に変わることはわかっていたからね」


── 感じるのは、チッチのセレソンになって選手たちが責任やプレッシャーを分け合えるようになったこと。そして、多くの選手がリーダーシップを発揮しつつあります。

「コリンチャンスを指揮していた時、通常キャプテンをしている3人の選手を欠くという事態になったことがあるんだ。これはどうするべきかと。それで、ある選手を新たに任命したんだが、その彼が感動した表情でこう言った。『キャプテンを務めるなんて、なんて名誉なことだ!』。だから、それを拡大して、もっと他の選手にも任せてみることにしたんだ。それが今、セレソンでやっているキャプテンの持ち回り制だ。

 キャプテンマークを持ち回りにするというのは、それ以上の意味がある。責任とプレッシャーを分担するために。良い試合ができなかった時に『ああ、キャプテンが問題だ』というふうにならないように。そうじゃない。祝う時は、みんなで祝うじゃないか。だったら、その責任も分け合おうと。チームのメンタリティに関わることなんだ。共同責任。メリットを分担する。誇りも分け合い、義務も分担する」


── チッチはそういう「人間管理」、人を誘導するのに長けていますよね。

「最初に学んだのは、私の両親からだ。彼らが教えてくれたのは『真実を話しなさい』ということ。『絶対的な真実じゃなくていい。あなたにとっての真実をね。そして、相手に直接話しなさい。人に誠実でありなさい。もし、敵になるならそれでもいい。でも、それをはっきり言いなさい。適当にごまかしたり、好きなふりをしないこと』。

 私は選手だったんだが、レギュラーだった時もあればそうじゃない時もあった。そんな中、私が監督に求めていたことは何か。それは、選手として尊重してもらいたい、ということだった。スタメンじゃない時にも同じように練習を指導してほしかったし、同じように注意を払ってほしかった。その後で、監督が選べばいいんだ。選手なら誰でも、レギュラーになるために競争しなければならない。一方で、チームなら協力し合わないといけない。じゃあ、協力するのか、競争するのか。我われは、そのバランスを取ろうとしている。そのためには、何よりもまず、監督が選手を尊重しなければ。監督は、思う通りに起用すればいい。だけど、全員を同じように尊重することだ。最終的にレギュラーに選ぶ選手も、そうでない選手もね」

W杯優勝へ、やるべきこと

親善試合で、的確なことをする。
(日本のみなさん)お互いに、頑張ろう


── では、チッチにとって一番印象に残るW杯は?

「どのW杯にも歴史に残ることがあるよね。94年はベベットとロマーリオが胸に刻まれる。そして、しっかりした組織プレーを見せてくれたパレイラ(監督)についても。2002年は怪物ロナウドやロナウジーニョ・ガウーショ、リバウド、ロベルト・カルロスといった選手たちの個人技のクオリティの高さが印象的だった。ただ、最も記憶に刻まれるのは82年だ。私自身が人生やスポーツ、戦術、個々の技術などを非常によく理解できる年齢になっていたというのもあるが、プレー以外にもテレ・サンターナに感嘆したんだ。彼のチームは、パスワークのサッカーのお手本を見せてくれた。優勝はしなかったけど、あの時、私は美しく、かつ効果を伴ったサッカーを知ったんだよ」


── W杯のメンバー発表まで親善試合は残り2つ、招集の機会は1回しかありません。そのチャンスをどう生かしますか?

「それまでにたくさんのコーヒーを飲みながら(笑)、あちこちに行き、よく観察する。そのチャンスに的確なことができるように。的確なことをする、というのは、すでに大きな挑戦だよ。というのも、我われは1年と5カ月、一緒にやっている。それは、クラブでの2カ月にも満たないんだ。試合数が多ければ、私がこれだと思えるチームにできる可能性はもっと大きい。もっと多くのサンプリングができるからね。試合数が少なくなるほど、私がミスする可能性は大きくなる。だから、その少ない機会を生かさないと。

 親善試合を生かしたいし、その他の期間もすべてのトレーニングや試合を見ていきたい。メディアが伝えてくれる、世界中の選手たちのプレーにも注目する。可能である最大限の情報を得たい。招集メンバー発表の日に、そこから結論を取り出すんだ。そして、人としても可能な限り、正しくありたい。全員を喜ばせることはできないが、少なくとも自分の中では平和でありたい。できる限りの仕事はしてきたんだ、さぁ、これからはW杯の準備だ、というふうにね」


── W杯優勝を争う上で最大のライバルは?

「伝統的に重要で、かつ現時点もポテンシャルが上がっているという代表チームがいくつもある。言い尽くされているが、ドイツ。フランスについても私はそう見ている。ポルトガルはEUROのチャンピオン。最高レベルの選手たちがいて、その可能性を高めている。スペインはあの基盤を維持しているし、クオリティの高い選手たちがいる。ブラジルも含め、そういうチームや選手たちは、いろいろ言う前に、その姿勢が違う。立ち位置が違う。ノウハウや経験も違う。

 1つ、それほど勝者としての伝統はないが、ベルギーは良い世代だ。デ・ブルイネがいる、クルトワ、ルカク、ウィツェル……。個々の選手のクオリティによって、技術力が非常に高いチームになっている。さっき言った伝統国と同じ立ち位置になりつつある。アルゼンチンは世界最高の選手がいながら、現時点ではそれだけのプレーをしていない。W杯までに成長するポテンシャルはあるが、すべてはこれからのことだ」


── 最後に、W杯でもブラジルを応援してくれるであろう、日本のみなさんにメッセージを。

「日本にはスルガ銀行チャンピオンシップ(2009年)とクラブW杯(2012年)で2度行ったことがあるんだが、私は日本の人々をとても尊敬している。彼らは文化的で教養のある、非常に強いメッセージを伝えてくれたんだよ。それは“より良い形で勝つ”ということ。勝つためには、ラフプレーもいらない。インチキで陰湿な挑発もいらない。真正面から見据えて“君たちより良いプレーがしたい”というのを伝えてくれる。我われはあなたたちのそういうところを、もっと学ばなければならない。我われもたぶん、また違ったことを伝えられるかもしれないけどね。我われも、もっと成長したいし、より高い闘争力を発揮したい。より良いコンディションで戦いたい。メンタル的にも、もっと強くありたい。誠実に戦いたい。より良いプレーをするために、ずるいことをしたり、誰かにケガさせる必要はない。もっと熟練すればいい。もっと誇りを持てばいい。もっとクオリティを上げればいい。“サッカーとはこういうものである”という試合を、我われはするつもりだよ。お互いに、頑張ろう」

After Recording…

キャプテンが14人!
みんなを等しく、しっかり見ている人

 インタビューをするのに、質問している時から楽しませてくれるのはチッチぐらいだろう。「よくぞ聞いてくれた」「それを聞くか、参った!」と、とても表情豊かだ。もちろん、答える時にも丁寧、かつエネルギッシュ。

 選手たちもこれだけ注意を払ってもらえたら、意見や自分の気持ちを話しやすいだろう。GKアリソンが「僕らも選手である前に人間だから感情がある。愛情表現をあまり必要としない選手、それが必要な選手、そういう個々の違いを汲み取りながら、みんなを等しくチームに大事な存在として扱ってくれる」と語っていたが、それこそが、まさにチッチのやろうとしてきたことだ。

 ここまで17試合、スタメンをほぼ固定しながらも控えの選手が腐らずに準備ができるのは、時にはレギュラーチームをアシスタントコーチに任せてまで控えチームを指導するなど、選手全員をしっかり見ていることが伝わるから。

 一方で、ほぼ同じメンバーで戦えることで練習時間の不足を補うコンビネーションが得られた。チッチが研究し尽くした布陣で起用された、フィリペ・コウチーニョとガブリエウ・ジェズスの存在により、ネイマールがのびのびとプレーできるようになったのも大きい。

 話題となったのは、キャプテン持ち回り制だ。かつてセレソンといえば、ドゥンガやカフー、ルシオなど強烈なリーダーシップを持った1人の選手がその役目を務めてきたが、チッチ監督になってから実に14人の選手がキャプテンマークをつけた。チッチが「マルキーニョスは集中力の高さ、カセミロは闘争力、マルセロは技術のクオリティ、ミランダは真面目さ、レナト・アウグストは試合を読む力、ダニ(ダニエウ・アウベス)とは戦術のアイディア交換もできる……」と言う通り、個々の選手が持つリーダーシップを、主将を任せることによって引き出した。また、普段は控えのフィリペ・ルイスやチアゴ・シウバも、スタメン出場した試合でキャプテンを務めた。自分が重要な存在であると感じられたら、その長所を発揮して貢献したくなるものだ。

 ブラジル国内はすでにW杯優勝への期待感でいっぱい。チッチは「まったく信用されず悲観的なムードになっても問題だが、過剰な期待で盛り上がるのも『落ち着いてくれ、我われはまだすべきことがたくさんある』と言いたくなるね」と苦笑い。ロシア大会への準備も、ラストスパートだ。

Adenor Leonardo Bacchi “TITE”
アデノール・レオナルド・バッチ “チッチ”

(ブラジル代表監督)
1961.5.25(57歳)BRAZIL

COACHING CAREER
1990-91 Guarany de Garibaldi
1991-92 Caxias
1992-95 Veranópolis
1996-97 Ypiranga de Erechim
1997-98 Juventude
1999-00 Caxias
2001-03 Grêmio
2003-04 São Caetano
2004-05 Corinthians
2005   Atlético Mineiro
2006   Palmeiras
2007   Al Ain (UAE)
2008-09 Internacional
2010   Al Wahda (UAE)
2010-13 Corinthians
2015-16 Corinthians
2016-  Brazil National Team


Photos: Jorge Ventura, Getty Images

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FIFAワールドカップチッチブラジル代表

Profile

藤原 清美

2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。

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