なぜ、現代サッカーは「総力戦」 になったのか?
今までサッカーの現場とフロントの関係は、互いに干渉しないのが不文律だった。マネージメント側はチームの戦力を整えるためにお金を集める役目で、現場に干渉するミランのベルルスコーニ元会長は“迷惑フロント”の象徴とされた。
ところが、林舞輝氏は「今は違う」と語る。「総力戦」の意味、そして新しい枠組みの中で勝つための方法を聞いた。
「意思決定」と「判断」のゲームで勝つ方法
── 今回フロント特集を企画したのは林さんのインタビューがきっかけの1つで、要はこれからはフロントが「クラブのゲームモデル」をちゃんと作らないと勝てなくなるという提言でした。あらためて説明してもらっていいですか?
「単純に言うと、もうフロントがダメだとまともに戦えない時代だなと。まともなフロントがいないと、まともな監督を呼べなくて、まともな監督を呼べないと、まともな選手を呼べないから、まともなサッカーにならない、まともなサッカーをしてないクラブにまともなフロントスタッフが来ない、まともなフロントがいないと……という負のスパイラルに陥るんです。一番大事なのは、サッカーは『意思決定』と『判断』のゲームだから、まずフロントからそれを始めなければならない。トップダウンと言えばトップダウンの考えなんですけど、クラブの存在意義、クラブが何のためにあるのかから逆算して監督を呼んできて、戦術を決めて、選手を選ばなければならない。で、それの一番の成功例がシティ・フットボール・グループだったり、今のリバプールだったり、レッドブルグループだったりするわけです」
── 僕と片野(道郎)さんはそれを勝手に「戦ピリ型経営」って言っているんですけど、欧州サッカーにこの考え方が浸透してきたのは戦術的ピリオダイゼーションの影響が強いんですかね?
「そこは正直わからないですけど、戦ピリ型経営っていうのは非常に的を射ていますよね。戦術的ピリオダイゼーションはもともとトレーニング理論なんですが、おそらく世界で初めてサッカーの『意思決定』にフォーカスしたんです。ただ単に走るんじゃなくて、陸上は100mのレーンが引かれていてそこを走ればいいし、マラソンも走るコースは決まっているけど、サッカーはそもそもどこに走るかも決まってないから、誰がいつどこに走るかっていうのをみんなで意思統一しないといけない。じゃあ奈良から東京に行きますっていう時も、みんなバラバラに行ったらチームとしてまずいわけですよ。ある人は自転車で行って、ある人は歩きで行って、ある人は走って行って、ある人は車で行って、ある人は新幹線で行って、ある人は飛行機で行くっていうのは困るので。じゃあどうやって行くのっていうのをチームとして統一しなきゃいけないと。そのためにどういうトレーニングをするの? という考えを取り入れたのが戦術的ピリオダイゼーションです。
そういう意味で、ピッチ上の試合の中でのゲームモデルという概念をクラブ運営にまで拡大して、サッカークラブを運営するというゲームになってきているのが現状ですね。ここで僕らが考えなきゃいけないのは、なぜペップはシティで勝てているかではなくて、そもそもなぜペップは世界中どこでも選べた中でシティを選んだのか。ペップが来てくれるクラブを作ったのはフロントなんです。実質レッドブルグループ全体のスポーツディレクターであるラングニックもそうです。結局ナーゲルスマンももちろん優秀な監督ですけど、彼に選ばれる環境を作れるフロントがいかに重要かって話ですよね。そういう意味で、GMとしての僕の究極の目標は、奈良クラブにペップが来てくれるようにすることかもしれません(笑)」
── なぜ最近、そういう経営トレンドがきたんでしょ う?
「1つは、サッカーがどんどんビッグビジネスになってきて、そういう考え方をする人がサッカーの世界に入ってきたこと。アメリカ資本が入ってきて、アメリカンフットボールとかメジャーリーグの考えも導入されています。それこそリバプールもそれに気づいたわけです。具体的な成功例が出てきたのも大きい。象徴的なのはドイツ代表が優勝した時ですよね。みんなレーブ監督を褒めるよりも、選手を褒めるよりも、ドイツサッカー連盟を褒める人が1番多かったわけじゃないですか。ロシアW杯で優勝したフランス代表も、キャプテンのロリスやデシャン監督を褒める人は少なくて、フランスサッカー協会を称賛する声が内外を問わず一番多かった」

── 確かに2014年からその兆しはありましたね。
「だから代表チームも今は選手対選手じゃないし、監督対監督じゃないし、グラスルーツの普及、タレントの発掘と育成、リーグの運営、人選、マネタイズなどすべての活動を含めた協会対協会の戦いになっていますから。逆にそこに先に気づいた人たちが今どんどん強くなっています」
── クラブチームで言うと、「クラブ以上の存在」という哲学を掲げてカンテラからトップチームまで意思統一したバルセロナがその先駆けだったのかもしれませんね。
「バルセロナの成功例は大きいと思います。サッカーは意思決定のスポーツなので、クラブの存在意義が選手の一つひとつのプレーまで一貫してないと強くならないんです。ただ、バルセロナは昔はユニフォームスポンサーを入れずにユニセフだったわけじゃないですか。そういう経営コンセプトもすべてクラブの哲学と結びついていましたが、今のバルセロナはそこが薄くなっている気がします」
── ただ逆にレアル・マドリーもそうですし、ユベントスも「ゲームモデルはあえて作らない」と言っているみたいですが、歴史が長くてしがらみも多い伝統クラブはどうしても経営の方針とピッチ上でやっているサッカーを一貫させられない部分も出てくると思うのですが。
「レアルは今回それで失敗したからロペテギを解任したわけじゃないですか。で、ジダンはそれをわかっていたから成功したわけで。ユベントスは本当は作りたいんだと思います。でも今トップチームはアレグリがちゃんと結果を残しているので。実際問題、ユベントスはトップもアカデミーもフロントも含めた一貫したゲームモデルを作りたいと考えているはずです」
── 林さん、この間ユベントスのフロントとアカデミーに視察に行きましたからね。オフィスにクライフのユニフォームが飾ってあったっていう(笑)。
「ユベントスには経営も含めたクラブのゲームモデルができつつあります。だから、ああやってロゴを変えたりとか新しい試みをどんどんやって、いろんな思惑があってロナウドを獲ってきたわけじゃないですか。そういう意味でアレグリはちょっと異質というか、彼はユベントスがそういう方向に舵を切る前からいるから」
── アニエッリ会長は文句なしの結果が出ているにもかかわらず、敏腕GMのマロッタを切ったじゃないですか。それが象徴していますよね。
「ユベントスのクラブとしてのゲームモデルを一貫させるのには合ってなかったわけで、アレグリもいつか合ってないって言われて追い出されるかもしれません。今のユベントスの監督をやるとしたら、ジダンじゃないですか」
── 監督としてのジダンはどういうところが優れているんでしょう?
「そういうのをわかっているところだと思います」
── レアル・マドリーで成功したのは、ジダンは経営方針に添える監督ということですか?
「ジダンが一致させたというより、もともとレアル・マドリーにふさわしいタイプの監督だったという話だと思っています。例えば、ポジショナルプレーが得意なチームにストーミングの監督を呼んできてもしょうがないわけじゃないですか。それと同じで仮にジダンがリバプールの監督をやったらうまくいかないと思います。ジダンは、レアルの経営にぴったりの監督だった。そこをレアルのフロントは理解してなくて、偶然ジダンがうまくいったに過ぎないですが。だって、その後に正反対のロペテギを呼んでるんですもん。その意思決定をしちゃっているってことは、その人たちはあまりわかってないってことです」
── 経営面で林さんが参考にしているクラブってあります?
「実はどこも参考にしてないんですよ。だって経営規模も投資できる額も歴史も違い過ぎるので参考にしようがない。だけど、やっちゃいけないことを教えてくれるのはあります。少し前のリバプールはやっちゃいけないことをやりましたよね、意思決定をデータに任せるっていう。結局サッカーでマネーボールの理論は使えなかった。野球だったらどのチームでも打率3割打てる人は同じような結果を残せますけど、サッカーはそうはいかない。フランス代表のポグバとユナイテッドのポグバではまったく違う選手になってしまう。じゃあ、それを誰が判断するの? となってきたから、ゲームモデルが注目された面もあります。最近のリバプールのように自分たちと近いゲームモデルのチームから選手を獲得すれば、成功確率は高くなりますよね。だから僕は絶対に選手を数値で判断することはしません。僕らのサッカーに対して合う選手の中で、ベストの選手を呼んでくる。もう1つ、ユナイテッドの例で言えば、経営と現場で意思統一ができてないわけじゃないですか。上の人は結果なんかどうでもいいわけですよ。だってモウリーニョがクビにされて株価が上がって大喜びなんですから」
── 完全に価値観が違いますよね。
「FAもそうです。例えば、イングランドDNAは今までのイングランドサッカーのことはなかったことにして、ゼロから作ろうとしている。結局ゲームモデルを作る時にどう勝つかがキーなのに、ボールを繋ぐみたいなことが普通に書いてある。これではうまくいくわけがないし、実際イングランドDNAを作った本人(サウスゲイト監督)がW杯であのサッカーですから」
GMがゲームモデルを作り、価値観をそろえる
── そうなんですよね。なので、クラブのゲームモデルだったり、どういうサッカーをやるのかという高度な理解がフロントに求められることになります。特にGMですよね。これを林さんに聞くのも変な話ですが、そんな人材っているのかなと。
……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。
