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ロペテギ解任の舞台裏。癒着vsモラル、正しいのは何か?

2018.06.15


 “大会前に契約更新をしたスペインのやり方こそ正しく、日本が監督を大会2カ月前に解任したのはリスクの大き過ぎる賭け”とフットボリスタ誌の最新号で断じていた私は、大会1日前=初戦2日前のスペインの決断をどう形容すればいいのだろう?

 2018年6月13日正午、ジューレン・ロペテギがスペイン代表監督を解任された。漏えいした解任通告書によれば、理由は「重大な背任行為があったこと」。重大な背任行為とは、レアル・マドリーの新監督就任交渉を極秘裏に行なっていたことを指す。3週間前、ロペテギの契約を2020年まで更新し全面的なバックアップを表明していたルイス・ルビアレス、スペインサッカー連盟会長が、レアル・マドリーとの契約を知らされたのは1本の電話だった。

 「5分後に正式発表します」と言われ、寝耳に水のニュースに驚き、裏切られたと激怒したルビアレスがロペテギを解任した、というストーリーは一見納得がいく。だが、よく考えると腑に落ちないことがいくつかある。このお話には裏があるのだ。

なぜ、このタイミングなのか?

 まず、なぜレアル・マドリーとロペテギはこのタイミングで新監督就任を発表したのか?

 連盟を無視したという問題を抜きにすると、クラブと代表監督の接触がこの時期にあるのは不思議ではない。というか、このタイミングしかない。レアル・マドリーのプレシーズンは7月16日にスタートし、ロシアW杯はその前日15日に終了する。代表監督に大会を静かに迎えさせ、かつプレシーズン前に獲得・放出選手のプランニングを終了させるには、大会前に交渉が合意に達している必要があるのだ。

 もちろん、代表監督とクラブ監督の兼任にはモラルの問題が残る。代表チームのメンバーにはレアル・マドリーの選手もいるし、補強対象となり得る選手(例えばデ・ヘア)もいる。ロシアでの選手起用が、疑惑の目で見られるのは必至だ。連盟が罰金ではなく解任の大ナタを振るった理由の1つは、レアル・マドリー新監督となるロペテギの続投ではチームの和が失われると危惧したからであり、「背任行為」とは大会中にレアル・マドリーのために働くことも含んでいると解釈するのが自然だ。

 だからこそ、交渉成立は秘密にされ正式発表は大会後に行なわれるのが慣例なのだが、レアル・マドリーは6月12日17時に電撃発表した。その理由は「秘密にすることが不可能で、大会中に漏れて騒ぎになるよりも良い」とクラブ・ロペテギ双方が判断したからだ、と伝えられている。だが、この説明にも裏の見方が存在する。

 「レアル・マドリーの選手だけは新監督の名前を事前に知っており、その情報源はクラブ自身でありロペテギ本人だった」という驚くべき情報だ。

 マッチポンプ式の自作自演で発表を急いだのは、レアル・マドリーのソシオを早く安心させたかったからで、W杯で惨めな結果を残した場合、その戦犯であるロペテギを獲得に行ったというストーリーではソシオを納得させられないからだ、という説である。さらにうがった見方をすれば、ロペテギが解任されたことでレアル・マドリーは200万ユーロの契約解除金を支払う必要がなくなり、入団発表が急きょ解任翌日14日に行われたロペテギは新チームのプランニングに即着手することが可能になった。代表ファンから反感を買ったというマイナスを無視すれば、レアル・マドリーにとっては今回の解任劇は結果的にはプラスだった、とも言えるのだ。

ロペテギ監督の誤算

 ただし、ロペテギが解任を見越して計算ずくの情報漏えいを行なっていたとは考え難い。裏切り者のレッテルを張られることと、レアル・マドリーでの仕事に専念できることではデメリットとメリットのバランスが合わない。少なくともロペテギには「新監督就任を発表しても監督は続けられる」という計算があったのではないか。

 W杯を好成績で終えれば背信行為は“上司への報告を怠った”程度で済まされ、胸を張ってレアル・マドリーへ行けると踏んでいたのではないか。就任中の成績は14勝6分無敗だったから可能性も自信もあっただろう。ロシアを離れてマドリッドに降り立った際には、怒り狂っていたという証言も計算違いを裏付ける。

 ロペテギの誤算とは、ルビアレス会長を甘く見たことではなかったか。

 ルビアレスは、1カ月前の5月17日に会長に就任したばかり。29年にわたって君臨し汚職事件で逮捕されたアンヘル・ビジャール前会長を、「連盟の浄化と透明化」を公約として追い落とした彼である。そんなルビアレスが、レアル・マドリーとロペテギの裏取引を容認するわけにはいかなかった。

 レアル・マドリーやバルセロナと連盟の利害が対立した時、ビジャールであればうまく立ち回っていた。たとえそれが「癒着」と呼ばれようと。大会2日前に監督を解任するのは、スポーツ的には誰が見ても得策ではない。ビジャールなら解任ではなく罰金で済ます、ルールを曲げて勝利を得る、よく言えば“実質的な判断”をしていたのではないか。

 しかし、ビジャール時代との決別をスローガンに連盟改革に乗り出したルビアレスが、前任者と同じことはできない。全国民が注目する全国民のチームの長たる者が、いちクラブの横暴に屈して部下の背信を大目に見るわけにはいかない。「勝利も大事だが、ルールややり方も大事だ」という解任会見での言葉に、新会長のポリシーがよく反映されている。セルヒオ・ラモスやイニエスタらキャプテンたちが会長に留任を訴えたが、ルビアレスの決意は固かった。ロペテギは選手の支持を留任の切り札にしていたのだろうが、レアル・マドリーの選手以外は事態を冷めた目で見ていて選手は一枚岩ではなかった、という説もある。

スペインサッカー連盟会長ルイス・ルビアレス

「心の中の言い訳」で選手は踏ん張れない

 解任の2時間後、後任監督に連盟のスポーツディレクター(SD)のフェルナンド・イエロが選ばれた。ロペテギのチームに常に同行していた連盟内部の人間に、後継者がいたのは幸運だった。選手と監督の間の橋渡し役となっていた彼は、レアル・マドリーでも代表でもキャプテン経験が長く、人心掌握に長けている。2008年から12年までやはり連盟SDだった関係でレアル・マドリーの選手だけではなく、ピケやイニエスタなどバルセロナ組はもちろん、クラブの枠を超えて人望がある。監督経験はわずか1年、16-17シーズンに2部のオビエドを率いただけだが、本人も会見で言っていた通り「ボールには30年間関わってきた」。混乱の状況下、チームを1つにするという点では最適だと思う。

急きょスペイン代表監督に就任したフェルナンド・イエロ

 戦術の引き出しが少ないのではという懸念はあるが、初戦の1日前の就任で戦術も何もないではないか。チーム一丸となって合宿を乗り切らせるだけで、十分に大役を果たしたと評価できる。あとは選手が力を出せる環境作りができるかどうかである。幸い、ロペテギの戦術にはプランAだけでプランBがなかった。「2日間で2年間の仕事を変えられるわけがない」という言葉通り、プランA(攻撃はクリエイディブなMFイスコ、イニエスタ、チアゴ、シルバのタレントに依存する)の継続路線となるのは既定の事実である。

 とはいえ、大きな挫折を味わう可能性は大いにある。ショックが後を引く初戦のポルトガル戦でつまずけばそのままズルズルとグループステージ敗退もあるとみる。監督交代という言い訳が選手の心の中にある限り、逆境で踏ん張れない、一体となれないかもしれない。仮に代表が早々に帰国したにしても第一に責められるべきは、問題を起こしたレアル・マドリーとロペテギであり、ルビアレスの判断ではないはずだ。解任によってスペインは優勝候補ではなくなったという見方が国内の主流となる一方で、『エル・パイス』紙のアンケートでは解任賛成が70%と反対を大きく上回っている。


Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。