ウサイン・ボルトに学ぶ、スプリントのバイオメカニクスとは?アビスパ福岡・野田直司フィジカルコーチとたどる「サッカー×走り」の現在地(前編)
「サッカー×走り」の最前線#5
「今日の試合でプレーしなければならないとしたら、私はプロサッカー選手になれていなかっただろう」――そう冗談交じりにペップ・グアルディオラが語った理由の1つは、現役時代の自身に欠けていた走力にある。事実、彼がマンチェスター・シティの監督として10年目を戦っているプレミアリーグでも2021-22シーズンから2024-25シーズンにかけて年々、1試合平均のトップスピードとスプリント回数が右肩上がりとインテンシティは高まるばかりだ。欧州全体を見渡しても悲願のCL初優勝へとパリSGを最前線から牽引したウスマン・デンベレの爆走が脚光を浴びたように、ハイプレスからトランジションにロングカウンターまで立ち止まる暇のない現代サッカーで求められる「走り」とは?フィジカルコーチやテクニカルコーチ、そして日本代表選手らと再考する。
第5&6回は、連載「サガン鳥栖フィジカルコーチが教えるGPSデータ活用ガイド」でお馴染み、今季からアビスパ福岡に活躍の場を移している野田直司フィジカルコーチに、ジェイこと沖永雄一郎記者が直撃。前編では連載終了から約2年半が経った今、J1と世界の走りの差が縮まっているのかどうかについて聞いてみた。
過密日程、夏場、APT…ブンデスリーガとの差は縮まっているのか?
——2023年2月から2024年2月まで連載していた「サガン鳥栖フィジカルコーチが教えるGPSデータ活用ガイド」の初回で、野田コーチが当時指導されていた鳥栖は2022シーズンの1試合平均スプリント回数がJ1最多の200回超でしたが、「ブンデスリーガ基準で見れば、平均に過ぎないわけです」と危機感を訴えられていました。あれから約2年半が経過して、J1とブンデスリーガの差は埋まってきているのでしょうか?
「ブンデスリーガは時速25km以上のスプリントの回数や時速20km以上のインテンシブランの回数がもともと高い数値でしたが、2024-25シーズンも完全な横ばいではなくて、若干の上がりを見せながら全チームがスプリント数200回以上、230~240回を計測しています。J1についても、スプリントの定義を欧州リーグや国際大会に合わせて時速24km以上から時速25km以上に変えた2023シーズンの120~130回から、今年は柏レイソルさんや京都サンガF.C.さんなどが140~160回まで来ているので、そもそもの絶対値の違いはありますが相対的に同じくらいの変化率で動いていると思います。
ただ、単純に比較できない要素として、特にブンデスリーガをはじめとする欧州5大リーグではクラブW杯の開催やCLのフォーマット変更で日程が過密化しやすく、ケガが増えてきているところがあります。もちろんチームによって差はありますが、プレシーズンも短くなって、選手数あたりのケガ人の割合が上がってきているんですね。一方のJリーグも当然、夏場はどうしてもインテンシティの数字が下がってしまいます。
その中で共通して言えるのは、J1におけるミドルスピードラン(時速15km以上)の回数が、ブンデスリーガの時速20km~25kmの回数と概ね近い数字なのでおそらくその分、下の速度帯で推移しているのかなという仮説を立てています。『CIES』もJ1は総走行距離の中でミドルスピードランを記録した割合が世界3番目というデータを出していましたよね。ただ、その上にブンデスリーガ、トップにプレミアリーグがランクインしているので、まだまだミドルスピードランからスプリントまで縮めなければいけない差があると思っています」
——過密日程は2024シーズンからクラブ数が18から20に増えたJ1でも叫ばれていますよね。インテンシティの数値にはどんな影響を与えているのでしょう?
「僕がサガン鳥栖とアビスパ福岡で使っているKnows(ノウズ)というGPS機器では、過去にインタビューでも紹介したように加減速をZ1~3の3段階で計測しているのですが、連戦になるとZ3の数値が下がってきます」
――Z3というのは「1秒あたり3m/s以上の速度変化」でしたね。野田コーチは「加減速トレーニング」を行う上で、加減速を「『ブレーキ(止まる)→ハンドリング(方向)→アクセル(再加速)』の流れ」と定義していて、それが多い選手はZ3の数値も高いというお話でした。
「そこが落ちるということは、脚の筋力のコンディション、代謝能力が落ちて繰り返しのストップ動作ができなくなって、減速できなくなっている。だから最高速度はそんなに変わらないのですが、うまく止まれなくてその力を流せなくなったり、変に重心を乗せてしまったり、逆を取られて無理をしたりしてケガをしやすくなっているという仮説を立てています。
ただ、もちろんそこは相手との噛み合わせでも変動します。相手によって引き出されることもあれば、自分たちが戦術的に嵌まって増えることもあります。ただやっぱり、減速の差は展開に関係なく生まれてきているというのが最近の気づきですね。激しい運動をすると、脚がガクガクになったりするのと同じです。だから連載でも解説した『止まる』動作がより重要になってきます」

——連載では「6月過ぎから気温が25度以上で湿度が70~80%という状況になってくると、スプリント回数や加減速などの数値はアベレージから2割ぐらい落ちます」と日本の夏場を分析されていましたが、今も変わりませんか?
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Profile
ジェイ
1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。
