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「キャンプで1年間戦える体作り」は間違い?GPSデータで進化したサガン鳥栖のトレーニング

2023.03.09

サガン鳥栖フィジカルコーチが教えるGPSデータ活用ガイド 第2回

トッププロから育成年代まで多くの現場でGPSの導入が進んでいるが、その活用法には試行錯誤しているのが現状だ。そこで2022シーズンJリーグ首位の平均スプリント回数を記録したサガン鳥栖の野田直司フィジカルコーチが「GPSデータの活用法」をガイドする。

第2回のテーマは「GPSデータをトレーニングでどう活用するか?」。サガン鳥栖での取り組みの紹介から、誰でもできるGPS活用法まで幅広く解説してもらった。

GPSデータも役立つ、サガン鳥栖の「PDP」

——第1回で心拍数を見てレスト(休憩)の時間を調整する話が出ましたが、GPSの導入によってリアルタイムで数字をモニタリングできるようになったことで、トレーニング全体の設計も変わってきているのでしょうか?

 「より緻密になってきているのは間違いないと思います。僕らの例を挙げると、川井健太監督になってから、ポジション別トレーニング『PDP』が導入されました。ポジション・デベロップメント・プログラムを略して『PDP』という表現を使っています。

 CB、SB、ボランチ、アンカー、ウイング、シャドー、CFなど、監督は様々なポジション別のトレーニングを多くセッションとして入れて、コーチングスタッフが役割分担して行います。例えばウイングの選手であれば、裏抜けのスプリントが多くなります。アンカー、ボランチ、シャドーの選手であれば、加減速のような行って戻っての動きが多いので、トレーニングの中に何回も行ったり来たりするメニューが入ってきます。それに対してフィジカルの観点から、今日のPDP前後の練習内容からすると、負荷設定はこのあたりをターゲットにしてください、など僕の立場から要望を出すといった形です」

――メニューの有無以外でもフィジカルの観点から細かく調整したりもしているでしょうか?

 「はい。例えば、ウイングの裏抜けのスプリントでは、スプリントとして反応しやすい20mを超える距離を走ることになるので、運動負荷もかかりやすいですよね。その選手のコンディションを踏まえて、今週はそれでやりましょうというジャッジもできれば、逆に今日はちょっと距離を短く、そこの動きの意識づけだけにしてスプリントが出ないくらいまでのスピードでお願いします、という話をすることもあります。監督とそうしたコミュニケーションを取るには、GPSのデータが必須になりますよね」

「維持」と「成長」の繊細なバランス

——最近の大きな流れとして、コンディショニングトレーニングも戦術トレーニングもすべて一体化した統合型トレーニングが主流になってきていますが、それはGPSで負荷をモニタリングできるようになったからですよね。

 「鳥栖もまさにそうですね。最近はあまり言われなくなりましたが、昔は『キャンプで1年間戦える体作りをする』という考え方がありましたが、それはオフシーズンに体力を貯金して、シーズンを戦う中で徐々にエネルギーが枯渇していくイメージですよね。実際はそんなことはありません。キャンプでできるのは、シーズンインの前に選手たちが90分+アディショナルタイムのゲームの中で、シーズン中と同じぐらいのアベレージを出せるような状態まで持っていくことです。1つの目安としては開幕の1、2戦目までにシーズン全体の平均値と同等以上の数字を出せる状態まで持っていくというのはありますが、シーズンを通してさらにもう一段ブラッシュアップしていって、理想的にはシーズン最後の試合がベストのコンディションであるべきだと考えています」

——第1回で「夏場過ぎに数値が回復したことが自信になった」とおっしゃっていましたが、そういうことだったんですね。

 「はい。川井監督も昨シーズン、最後で最高のパフォーマンスを出そうという話をずっとしていました。開幕戦から総走行距離やスプリント回数などはかなり高い数字を記録できていて、2節3節でどんどん数字が上がっていきました。さすがに夏場は下がっていきましたが、最終節前のトレーニングでは再び高い数値をはじき出しました。昨シーズンはまさに監督が求めていたことを選手たちが体現してくれました。それが数字として実証されたのが嬉しかったですね」

——サッカーのコンディショニングは、例えばオリンピック種目のように大会の数日にピークを合わせるのではなく、年間を通してアベレージを維持することが求められますからね。今はGPSのデータで各選手のコンディションがモニタリングできるので、トレーニングでその都度細かく調整しながらリーグ戦を戦っていくイメージですよね。

 「そうですね。飛行機のフライトと一緒だと思います。今フライトしている高度が高すぎるのか、低すぎるのかが細かくわかるようになりました。ただ、コンディションを一定に『維持する』という目的がある一方で、世界のトレンドから比較してもうワンランク上のアスリート化が求められているのであれば、昨シーズンのアベレージからさらに上げていかないといけません」……

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Profile

ジェイ

1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。

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