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なぜ、GPSデータが必要なのか?ブンデスの「スプリント回数」に覚えた危機感

2023.02.24

サガン鳥栖フィジカルコーチが教えるGPSデータ活用ガイド 第1回

トッププロから育成年代まで多くの現場でGPSの導入が進んでいるが、その活用法には試行錯誤しているのが現状だ。そこで2022シーズンJリーグ首位の平均スプリント回数を記録したサガン鳥栖の野田直司フィジカルコーチが「GPSデータの活用法」をガイドする。

第1回のテーマは「そもそも、なぜGPSデータが必要なのか?」。そこにはこの連載を始める動機にもなっている野田コーチの“ある危機感”があった。

J1トップの鳥栖の「200回」をブンデスのほぼ全クラブが達成

——すでに一度フットボリスタWEBにご登場いただいていますが、今回の連載を開始するにあたって、あらためて自己紹介を願いします。

 「2017年からサガン鳥栖でお世話になっている野田直司と申します。それ以前は、福岡(2006~11、2015~16)や大宮(2011~14)でトレーナーを務めていました。大宮では、代表のフィジカルコーチをされていた里内猛さんとも一緒に仕事させていただいて、ジーコジャパンの話や『日本代表の選手とは』などを教えていただきました」

――トレーナーとしては、どのような選手と仕事をされていたんですか?

 「家長昭博、ノバコヴィッチやズラタンなどの体の使い方や、フィットネス能力の高さを身近で体験させてもらいました。その後は福岡に出戻りになったのですが、僕がクラブを出る直前に小学校6年でセレクションにきていた冨安健洋が高校2年生になっていて、そこから成長のプロセスを見させてもらいました。鳥栖でも鎌田大地や林大地、権田修一などの日の丸をつける選手やいろいろな選手たちと関わってきました。

 そうした中で、この連載のテーマにもつながってくるのですが、選手や監督の主観で考えていたフィジカル能力というものが、GPSを使って数値が可視化され客観視されるようになってきたことで、僕自身の仕事の幅がすごく広がってきました。このテクノロジーをもっと使うことによって、今まで漠然としたものを、もっと掘り下げることができるのではないかと考えるようになりました。

 僕は今までのキャリアの中でずっとフィジカルコーチをしてきたわけではなく、トレーナーの仕事をしながら、トレーナールームで見せる選手のいろんな顔も見てきました。トレーナーは体を治す側の仕事で、フィジカルコーチは体を鍛え上げる側の仕事になります。似て非なる両方の立場を経験したので、わかることもあると感じています」

——GPSでの数値化によって仕事の幅が広がったとのことですが、そもそも、なぜGPSが必要なのでしょうか?

 「まず、今年Jリーグが公開した『J STATS REPORT 2022』をもとに説明したいと思います。2015年からデータを取るようになっているのですが、Jリーグ全体で1試合の平均スプリント数は152回から177回と、年々上がってきています。走行距離は横ばいですが、これは海外サッカーにおいても横ばいか、下がったりもしています。そんな中で、昨シーズンの鳥栖は平均スプリント数200回、平均走行距離は12kmを超えました。この両方を達成したのは、2021シーズンの横浜F・マリノスに続いて2例目となったと記載されています」

――2022シーズンでは鳥栖のインテンシティが圧倒的に高いんですね。イメージ通りとも言えますが。

 「ただ一方で、海外と比べると大きな開きがあるのが現状です。一例として、ブンデスリーガの公式サイトにもデータが出ていますが、22-23シーズンのブンデスリーガ第15節を終わった時点でスプリント数1位のチームが3852回。これを単純に15で割ると250回を超えますし、平均200回(=合計3000回)を超えたチームがどれだけあるか見てみると、ブンデスリーガ18チーム中17チームが超えています。18位でも2949回なので、実質的にはほぼ全チームが200回に達していることになります。サガン鳥栖の200回超えもブンデスリーガ基準で見れば、平均に過ぎないわけです。ブンデスのトップは250回超えですからね。我われも1試合だけ250回を超えたことはあるんですが、夏場に数字を落としてしまいました。ただ、シーズン終盤に数値が回復していて、それはチームとして大きな自信になりました」

――日本の夏は30度を超えた中で試合をやっていますからね。その中で200回を超えているのは素晴らしい数値だと思います。

 「ただ、個人的には危機感の方が強いですね。『J STATS REPORT 2022』には上位の選手別データも載っていますが、スプリント回数が多い岩崎悠人(鳥栖)、白井康介(京都)、藤井智也(広島→鹿島)などは、Jリーグの中では足が速く最高速度で35㎞/hを出すような選手たちです。ただこれも、ブンデスリーガのサイトで最高速度のデータを見ると、35㎞/h以上を出す選手が数多く出てくる。海外に近づいて追い越して、2050年のW杯で優勝するという日本代表の目標に少しでも貢献するためには、やはりアスリート能力を高めることはマストであると考えています」

——アスリート能力を高めるにはGPSによるデータの可視化が必要ということですね。

 「はい。僕が危機感を覚えているのは、急速に海外のインテンシティが高まっていることです。昨シーズンのブンデスリーガのデータを見ると、スプリント数平均200回超えは半数くらいだったのですが、今シーズンはほぼ全チームがクリアしているんですから。これは僕個人の見解ですが、Jリーグの平均スプリント回数が7年間で150回から170回になりましたけど、単純計算すると、もう8年待たないと平均200回まで届かないことになります。それでは遅すぎるので、GPSデータを取りながら毎年どれぐらいのスピード感で数字を上げていく必要があるのかを考えなければなりません。データが前年と一緒では、アスリート能力を高めることには繋がらないと思います」

――ケガを予防しながら適切に負荷をかけていき、選手やチームの限界値を上げていく。なおかつ、良好なコンディションを維持しつつ目の前の試合に勝たなければならない。なかなか大変なミッションですね……。

 「だからこそ、GPSを使った繊細なコンディショニングが必要です。これが例えば、『監督、昨シーズンと同じデータなのでいい感じでトレーニングできてますよ』となると、短期的なチームのタスクや目標の達成には適っているかもしれませんが、日本サッカー全体のレベルアップや日本人選手のアスリート能力の向上という部分では、果たしてそれでいいのかなと。各自がそういう疑問を持ちながらやらないと、日本サッカーはレベルアップしていかないと思います。鳥栖は今ちょうどキャンプ中ですから、昨年よりももう1つ上のトライをしながらやっているところです。……

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Profile

ジェイ

1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。

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