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デ・ゼルビ、ファリオーリ、マレスカは「預言者故郷に容れられず」?監督大国イタリアの未来を担うのが国外組である理由

2024.06.11

【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #10

日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。

第10回は、今季のCL優勝監督アンチェロッティを筆頭に監督大国として存在感を示してきたイタリアの監督トレンドについて解説する。特に注目すべきは、デ・ゼルビ(前ブライトン監督)、ファリオーリ(アヤックス新監督)、マレスカ(チェルシー新監督)といった国外で名声を高めている新世代のキャリアパスだ。

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革新の伝統。監督大国の2つの系譜

 イタリアはヨーロッパでも有数の「監督大国」の1つ、と言っていいだろう。

 ゾーンディフェンス&プレッシングに基盤を置く[4-4-2]システムでサッカー史に残る戦術革命を起こし、モダンサッカーの礎を築いたアリーゴ・サッキを筆頭に、その[4-4-2]を発展させて、現代の[3-4-2-1]につながるモダンな3バックシステムを生み出したアルベルト・ザッケローニから、人に一切基準を置かない純粋なゾーンディフェンスと「3人目」を効果的に使うシステマティックなビルドアップを組み合わせた[4-3-3]でスペクタクルなポゼッションサッカーを展開したマウリツィオ・サッリ、マンツーマンのアグレッシブなハイプレスとサイドを効果的に使う縦志向のビルドアップで新たな3バックの戦術的潮流を作ったジャン・ピエロ・ガスペリーニまで、オリジナリティに満ちた独自の戦術を編み出して時代の寵児となった監督には事欠かない。

 かと思えば、ユベントス、インテルはもちろんバイエルン、ザルツブルク、ベンフィカでもリーグ優勝を飾り、代表監督としてもイタリア、アイルランドを率いてW杯を戦ったジョバンニ・トラパットーニから、ミラン、ユベントス、レアル・マドリーでリーグを制しイングランド代表、ロシア代表を率いたファビオ・カペッロ、弱小レスターを率いてプレミアリーグ制覇という奇跡を起した名伯楽クラウディオ・ラニエーリ、ユベントスを率いて5度のスクデットを勝ち取ったマッシミリアーノ・アレグリまで、イタリアサッカーの伝統というべき堅守速攻に基づく結果至上主義の権化のような監督たちの系譜も脈々と続いている。

 そしてその頂点には、サッキの弟子として監督キャリアをスタートしながら、擁する選手に合わせて柔軟に戦術をオーダーメイドし、その中で個のクオリティを最大限に引き出し輝かせることで違いを作り出す融通無碍な采配、そして卓越したチームマネジメントによって5大リーグすべてで優勝監督となり、つい先日自身にとって5度目のCL制覇を成し遂げた稀代の名将カルロ・アンチェロッティが君臨している。

CLのトロフィーを掲げるアンチェロッティ

「戦術パラダイムシフト」後の明らかな変化

 とはいうものの、彼らのほとんどは「過去の人」であり、今なお現役で時代をリードしているアンチェロッティやガスペリーニにしても、年齢的には60代半ばという大ベテランだ。近年の欧州サッカーで進んできた「戦術パラダイムシフト」をリードしているのは、ペップ・グアルディオラを筆頭にパコ・セイルーロの構造化トレーニング理論を背景に持つスペイン系、ユルゲン・クロップからトーマス・トゥへル、ユリアン・ナーゲルスマンまで、ラルフ・ラングニックの理論の影響を強く受けたドイツ系、そしてマルコ・シルバやルベン・アモリムなどビトール・フラーデの戦術ピリオダイゼーション理論を背景に持つポルトガル系という3つの潮流であり、イタリアは国内でガスペリーニにつながる監督たちが勢力を伸ばしているものの、国際レベルで注目・評価される若手・中堅の監督は思ったほど多くない。

 その中で例外というべき存在がいないわけではない。「流派」的にはグアルディオラの系譜につながるポジショナルプレー志向の強いスタイルで、イタリア国外で存在感を高めているのが、ロベルト・デ・ゼルビフランチェスコ・ファリオーリ、そしてエンツォ・マレスカという3人の若手監督だ。

 三笘薫が所属するブライトンの指揮官として、ここ2シーズンのプレミアリーグでポジショナルでシステマティックな攻撃サッカーを展開して高い評価を集めたデ・ゼルビの手腕は、今や広く知られるところ。シーズン終了後、まだ契約が残っていたにもかかわらず、来シーズンのチーム強化についての考え方がオーナーとかみ合わず、双方合意の上で契約を解消。これを書いている6月4日の時点ではフリーの立場だ。

 そのデ・ゼルビの「弟子」というべき存在で、昨夏トルコリーグからリーグ1のニースにステップアップ、リーグ最少失点で5位という成績を残し、つい先日アヤックスの新監督に抜擢されたのがファリオーリ。師匠と比べるとよりディフェンスに軸足を置いたサッカー観の持ち主だが、その守備戦術はイタリア伝統の受動的なそれとは一線を画した、ボール保持に頼ることなく能動的にゲームをコントロールしようというモダンなもの。名門ながら経営陣の内部抗争で混迷が続いているアヤックスが、どういうビジョンのもとにファリオーリに白羽の矢を立てたのかはわからないが、イタリア、トルコ、フランスという異なる文化的土壌を持つ国々で重ねてきた経験が、オランダというまた別の文化圏でどのように活かされるのかは注目だ。

チェルシー新監督マレスカが象徴する、新たなキャリアパス

 もう1人、ここにきてにわかに注目を集めているのが、2部に降格したレスターを1年でプレミアリーグ復帰に導いた手腕を評価され、チェルシー監の指揮官に抜擢されたマレスカだ。彼もまた、グアルディオラの系譜につながる監督である。

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。