SPECIAL

ユースチームの空気を変えた、スポーツ心理士との“チーム作り”

2019.04.10

指導者・中野吉之伴の挑戦 第十三回

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣「フライブルガーFC」からもオファーがある。最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。

【2018-19シーズン 指導担当クラブ】
フライブルガーFC/U-16監督
SVホッホドルフ/U-8アシスタントコーチ

▼1~3月にかけてU-16の全選手と面談を行った。

 前半戦の総括、今後の目標、チーム内での満足・不満などをそれぞれの選手に語ってもらい、クラブ側はそれぞれの選手への評価、問題点、改善の仕方などを率直に話した。会話を積み重ねることで、互いの距離感を適切なものにするのも狙いだ。

 一人ひとりと膝を突き合わせることで見えてくることは多い。試合結果だけに目を向ければ大きな問題はない。リーグを首位で折り返すことができ、各選手にある程度まんべんなく出場時間を与えられた。だけど、口をそろえてみんなが言うことがあった。

 「練習中のモチベーションが低い」
 「真剣さが足らない」
 「十分な人数でトレーニングできない」

 それらの理由を聞くと、「年齢的なもの」「リーグのレベルが低い」「学校のテストで疲れている」「監督・コーチの厳しさが足らない」と様々な意見が出てくる。みんな本気でサッカーと向き合いたいという。でも、実際にその選手が本気で練習と向き合っているかと聞かれたらそうでもない。いろんなことに影響を受けてしまう。甘えに負けてしまう。楽な方に流れてしまう。

 選手が指摘するように、クラブサイドにも問題はあっただろう。私もアシスタントコーチのミヒャエルも新しくクラブに来た指導者だ。私は復帰組だが、約8年ぶり。加えて、シーズン前は誰が監督で、誰がコーチをするべきかゴタゴタしていた中でスタートした。そんな背景もあり、シーズンプランニングをする時間が全くないままチームを引き受けた。

 一方で、クラブからはフライブルガーFCとしての在り方、フライブルガーFCのサッカーを求められた。他のカテゴリーのコーチとはよく話をするし、疑問があればすぐに聞く。他のトレーニングを見学して吸収できるところはする。とはいえ、そんな簡単に対応できるものではない。前半戦はそれこそ自分の経験をベースに、様々な試行錯誤の連続でトレーニングや試合に臨んできた。

 2人とも厳しくガミガミ言うタイプではない。

 規律を守ることの大切さ、トレーニングへの取り組み、チームに対する考え方はとても大事にしているし、言葉にもする。本来、モチベーションとは与えられるものではない。自分の中から湧き出てくるものだ。そして、自主的に取り組む姿勢は、今後の人生を歩んでいく上でとても大事なことだと思う。だから、そこを重視する。

 でも、これまでのカテゴリーで自分から取り組むことより指導者がやるべきことを指示する形に慣れてしまっていた選手は「自主的に取り組む」ことへの経験がまだ少ない。指示がない、罰則がないから何をやってもいい。そういう空気になってしまうことが前半戦は多かった。

 ある選手から、こんなことを聞いた。

 「多分みんなキチのやり方に甘えているんだと思う。甘えているというか、そこで気を抜いてしまっているというか……。この前、トレーニング中にみんなのことを観察していたんだ。月曜はU-17と一緒にトレーニングするよね。3つのグループに分かれて、それぞれ交代で練習する。キチのグループに行く選手の表情は正直しまってなかったよ。他のグループでは真剣な顔でやっていたけど。やらないと飛ばされる危機感を持っているから」

 別にいつも問題が起こるわけではない。いい練習ができているときもたくさんある。ただ、そういう「気が緩む」ときがあるのも事実だ。その空気は、私も感じている。とは言っても、急に鬼軍曹のようになれるわけでもないし、なりたくもない。それにそうした役割が必要ならば、新しい監督かコーチを連れてきた方がいい。私はそうではないアプローチでこのチームを導くことが大切だと考えているし、それがクラブから求められていることだと思っている。さて、どうしようか。

▼空気を変えるために何かが必要だった。

 アシスタントコーチのミヒャエル、そしてU-17監督のルカにも相談し、シーズン再開前にチームビルディングの時間を持つようにした。スポーツ心理士に来てもらい、チーム内の問題点を洗いざらいにし、「なぜそうした問題が生じるのか」「どのように問題に立ち向かうべきか」のアドバイスをもらうことにした。

 選手に伝えたら、一様に歓迎しているようではなかった。「そんなことしなくても。面倒くさいな」という思いもあったのだろう。ただ、クラブとしてはこの機会を重要視していた。参加必須の連絡をし、クラブ側も十分な準備をしてその日を迎えた。

 通常練習の2時間前に集合し、90分のチームビルディング。その後に90分のトレーニングを行うスケジュールだ。スポーツ心理士のハネスは、選手を前にまず興味をもたらす質問から始めた。

ハネス「これからいくつか質問をしていくから、どちらかのサイドに移動してほしい。OK? じゃあ、いこうか。最初の質問は肉食派? 菜食派?」

 みんな笑いながら肉食派に移動する。ハネスも笑っていた。

ハネス「じゃあ、次の質問。マンチェスターシティ? それともリバープール?」

 今度は分かれた。リバープール派が多いかな。ハネスが尋ねる。

ハネス「リバープールのどこが好きなの?」

選手「すごいオフェンシブなところかな。積極的にガンガンいく」

ハネス「OK! じゃあ、次の質問だ。今のチーム状況に満足している?」

 選手はスッと満足していない側に移動する。思った通りだ。ハネスが尋ねる。

ハネス「みんな満足してない。じゃあ、何が加われば満足に変わる?」

 選手は口々に答える。大体予想していた通りの答えだ。練習のモチベーション、誰かがふざける、緊張感がなくなる、リーグのレベルが低い。誰かが調子のいいことを言ってみんなが笑う。そこで、ハネスは選手を一度席につくように促した。今度は5人ずつのグループに分かれて、今シーズンの目標、それを達成するためにモチベーションを持ってトレーニングに臨むために必要なことを考えさせた。

 外から観察していると、いろんな姿が見えてくる。問題に真剣に取り組んでいる選手、考えてはいるけど積極的ではない選手、興味をあまり持たずに早く終わることを考えている選手。ピッチ上で見られるプレーとシンクロする。

 チームビルディングは次のステップに入った。集中力をもって取り組むため、そして一度集中が切れそうなときに取り戻すためのテクニック。例えば、5秒間目をつぶって小刻みに息を吐き出す。そうすることで頭の中を一度リセットしてまた集中できるようになる。ゲーム形式に少しずつ選手は試してみる。すぐに効果が出るものではないが、繰り返し行っていけば実感できるものもたくさんあった。

 最後に、チーム内でリーダーシップを発揮できる選手5人をみんなで選んだ。彼らは信頼されている選手という立ち位置にいるわけだ。うち2人は私とミヒャエルの見立てと違う選手だった。指導者が感じていることと仲間内での見方は違うのだ。このことは少なからずの発見だった。

 一通り、チームビルディングは終わった。ほとんどの選手はそろそろ着替えてグラウンドでサッカーがしたいとウズウズしだしていた。15分後に集合ということにして、私も準備に行こうと思ったら、キャプテンと副キャプテン、そしてエースFWの3人がハネスに熱心に話を聞いている。彼らには思いがあるのだ。「このままで終わりたくはない」と。「いいシーズンにしたいのだ」と。それは私たちも同じ思いだった。

 チームビルディングのおかげか、とても集中力のあるトレーニングになった。途中、練習のルールがわからずに空気がザワついたこともあったが、そこで崩れずにそれぞれが声をかけあって取り組んでくれた。しかし、この日限りであってはダメだ。だからこそ、続けていけるようにやっていかないといけない。

▼3日後、リーグ後半戦が開幕した。

 相手は同じフライブルクを居にする『アイントラハト・フライブルク』というクラブだ。リーグ前半戦の試合では4対2から追いつかれ、4対4の引き分け。気持ちとしては負け試合だった。それを取り戻すべく、新しいスタートを成功させるためにも、このダービー戦でチームとしての新たな姿勢を見せる必要があった。

 試合前のミーティング、選手からは確かな緊張感を感じられた。集中力の高まりを感じる。私たちの声をしっかり聞こうとしている。勝てばOKなのではなく、チームとしてのプレーをそれぞれがあらためて考えようとしていた。好感触だった。

 試合開始から完全に自分たちのペースで試合を進めることができた。5対1の快勝。それから勝利したこと以上にうれしかったのは、プレー内容であり、試合終了後自主的に円陣を組み、喜びのコールをみんなで行ったことだ。

 変わろうとする意志を持ったときに、人は大きく成長することができる。彼らも、そして私たち指導者も。このまますべてが順調に進んでいくとは、さすがに思ってないけど、でもとても大切で、大事なきっかけを手にすることができた。


※本企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Photos: Kichinosuke Nakano

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ドイツ育成

Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

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