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ガブリエウ・ジェズス。ブラジルが生んだハイブリッドの傑作

2017.11.09

「欧州化」するブラジル人FW。その答え

ロマーリオに代表される飛び抜けた得点能力を持つ個性派が名を連ねてきたブラジルのFW陣だが、ロナウド以降は「欧州化」が進み小粒になったという批判もあった。サッカー王国が試行錯誤の末にたどり着いたのが、偉大な先輩と同じ「フェノメノ」(異常現象)の愛称を持つガブリエウ・ジェズスである。

 出場試合、16戦連続で負けなし――という新記録の達成によってプレミアリーグの歴史に名を刻んだガブリエウ・ジェズスは、ペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティの前線に欠けていた最後のピースとなりつつある。多くのタレントを生み出し続けてきたブラジルでも「異質さ」を感じさせる新星は、一体どのようにして育まれたのだろうか。

南米と欧州のハイブリッド

 ブラジルの新世代は、明らかにヨーロッパで求められる戦術に適合し始めている。

 元チェルシーのオスカルは両足を器用に使い分けられるだけでなく、トップ下の位置から下がりながら組み立てに関与できる現代的なMFだ。ネイマールのオフ・ザ・ボールでの走り込みや献身的な上下動はリオネル・メッシやルイス・スアレスとの組み合わせを補完する面で必要不可欠な資質となった。リバプールのロベルト・フィルミーノも様々なポジションを動き回りながらのコンビネーションプレーによって、「偽9番」として躍動している。フットボールとともに生きるブラジル人たちは、突出した足下のテクニックを昇華する術を見つけ始めているのだ。

 そのハイブリッド種の最先端に君臨するのが、ガブリエウ・ジェズスである。ストリートフットボール育ちのテクニシャンが、初めてプロの指導を受けたのは約90年の歴史を誇る古豪アンハングエラ・フットボールクラブ。近代的な施設を有する強豪クラブではなかったが、ここには優秀な指導者がそろっていた。右足に過剰に依存していた少年時代のジェズスを成長させるために、左足、ヘディングを重点的にトレーニング。この結果、両足を遜色なく使いながらプレーできるようになった彼は、柔軟に両サイドへと流れるプレースタイルを確立していく。様々なポジションを動き回る彼のプレーは、前線であればポジションを問わずに適応できる万能性にも繋がっている。

 さらに「トリックに頼らず、できる限りシンプルで効率的にプレーする」という教えを忠実に守り、ジェズスは武器である技術の使い方を認識していった。
特に賢さを感じさせたのが、9月9日プレミアリーグ第4節リバプール戦の33分のシーン。クラバンのボールを献身的な守備で奪ったジェズスが、ハーフスペースからドリブルで侵入。猛然と戻ったヘンダーソンがニアサイドへのコースを塞ぎに飛び込むのだが、ニアサイドへのシュートを狙う体勢からキックフェイント。懸命に戻ったヘンダーソンをあざ笑うかのように中にドリブルで仕掛け、アグエロやデ・ブルイネへのパスコースが消されているのを確認すると、強引にドリブル突破を図る。的確な対応をしたGKミニョレによってシュートコースは消されてしまったが、相手の位置と狙いを認知する能力の高さ、それを逆手に取ってしまう賢さが詰め込まれたようなプレーだった。

追走するヘンダーソンを認知し、ニアサイドへのシュートと見せかけたキックフェイントで抜け出すと、味方へのパスコースが消されていることを察知し、自ら切り込む

ジェズスがブラジル人らしい華麗なテクニックを見せるのは、特にサイドの深い位置から切れ込む場面に限られる。密集地でのプレーになると、フィジカルで劣る分、シンプルなプレーで勝負するのは難しい。それゆえに、このゾーンでは積極的に相手の予想を外そうとする。精度の高いドリブルからニアサイドへのシュートを狙うパターンだけでなく、味方に合わせるクロスを選択することもできる。ウイングとしてのプレー経験もあるように、サイドに流れてからのプレーパターンも豊富だ。

アグエロを解き放つ相棒として

 正確なタッチで相手を苦しめるオン・ザ・ボールはもちろん、オフ・ザ・ボールでの飛び込みもジェズスの武器。サイドに流れたところからダイアゴナルラン(斜めの走り込み)で裏を狙う形だけでなく、中央からシンプルにストライカーらしく勝負することもできる。

 特に相手の視野から外れる動きを得意とすることから、サイドから切り込んだ味方のボールにファーサイドで合わせる形が十八番。一度相手の視界に入り込んでおいて、そこから離れるようにバックステップして死角へと逃げる動きは絶品で、相手の意識を引き付けるセルヒオ・アグエロとの相性も抜群だ。アグエロに相手が視線を向けた瞬間に死角へと入り込み、そのままシュートを決めることも、アグエロにリターンパスを送ることもできる。高速のグラウンダークロスを得意とするデ・ブルイネのパスに「点」で合わせるパターンにも長けており、ふわりと浮かせるようなクロスを多用しないチーム戦術とも噛み合う。

 ストライカーとして不可欠なオフ・ザ・ボールの動きと、どのポジションからもボールを受けに飛び込める柔軟性。相手守備陣にとって、非常に捕まえにくいストライカーであることは間違いない。運動量と前線からの守備も、パルメイラス時代から変わらないジェズスの強みだ。時には相手のGKにまでプレッシャーをかける積極性と、状況に応じてSBをサポートする位置まで下がる献身性は、ピッチ全体を把握する能力を感じさせる。

 絶対的なエースとして君臨するアグエロの相棒として輝きを放つブラジルの新星は、グアルディオラが求める近代的なタスクを的確に実行できる新世代FWだ。サイドに流れる動きや前線からの守備といったタスクに苦しんでいたアグエロは、献身的な相棒の存在によってエリア内でのプレーに専念できるようになった。絶対的な得点感覚と複数の守備者を振り切るスキルは健在で、チャンスの数が増えたことでさらに輝きを増している。「チャンスメイクに絡み、守備に顔を出しながらも決定機では近い位置でサポートしている」ジェズスの存在はアグエロにとっても大きく、「シュートを狙えない場面ではアシストを選択する」理想的な関係性を築いている。

 ガブリエウ・ジェズスは、ヨーロッパで求められる戦術適応力を完備しているだけでなく、ブラジル的な技術とアイディアを兼ね備える「近未来的なストライカー」としてマンチェスター・シティの前線をけん引している。ボールを持つ局面とボールを持たない局面の両方で力を発揮し、プレーエリアを限定しない。さらに守備の局面でも効いてくるカードとして、今後の育成面でも一つのモデルケースになっていくはずだ。サッカー王国ブラジルが誇る新CFは、極めて「現代的な」ストライカーである。

Photos: Getty Images

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ガブリエウ・ジェズスブラジル

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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