次節に水戸ホーリーホックとのJ2首位攻防戦を控えるV・ファーレン長崎。その試合の、そして優勝争い・J1昇格争いのキーマンになるのは笠柳翼かもしれない。第36節、愛媛FC戦の2ゴールで勢いに乗る22歳のアタッカーのユニークなキャラクター、歩んできた道のり、モハメド・サラーを参考にしたという今季の進化について考察する。
「外に開かれた窓を持つ」求道者
「求道者」
そう聞くと、多くの人は謙虚で寡黙な修行僧のような姿を思い浮かべるだろう。外界との接触を最小限に留め、ただひたすら己の内面と向き合い、静かに研鑽を積む孤高の存在。それが一般的にイメージされる求道者の姿だろう。
己の内面と向き合い、静かに研鑚を積むという点で、笠柳翼は間違いなく「求道者」である。スピードを落とさずフィジカルをどの程度アップさせるか、スクワットでかける負荷はどの程度にするのか。自身に関わるあらゆる部分を0コンマ何キロレベルまで数値化し、過去の己と比較し、今の自分に足りないものが何かを常に考える。その姿勢はまさに「求道者」のそれである。

だが、その言動は常に強気だ。
試合前に「やれるという自信はある?」と聞けば、必ず「ある」と断言する。自身の調子についても「ここからさらに上がるという手応えしかない。ここから、ここまでのキャリアで最高のプレーができると自負している」と決意そのままに強い言葉を隠すことはない。このあたりが謙虚で寡黙という「求道者」のイメージとは違うところだろう。何より、彼は外界との接触を最小限に留めるタイプではない。
「俺のプレーに足りないものは何?」
練習後、時おりそう問いかけてくる姿からは、貪欲に外の世界から吸収できるものは何でも吸収しようとする気概を感じられる。自身を客観的に分析し、世界のトッププレーヤーの動きを研究し、時には記者にまで意見を求める。それでいて、最終的な判断は常に自分自身との対話から導き出す。外に開かれた窓を持ちながら、その視線は徹底的に内側を向いている――これが笠柳翼流の求道なのである。
「自分でコントロールできないことは全て無視」という彼の哲学は、一見すると傲慢にも聞こえるかもしれない。しかし、これは逃避ではない。外部から得た情報や刺激を一度自分の中に取り込み、咀嚼し、自分が変えられるもの――すなわち自分自身の成長にのみフォーカスを当てる、究極の自己責任論なのだ。謙虚に耳を傾けながらも、最後は強気に自分の道を突き進む。この一見矛盾する姿勢こそが、彼のスタイルなのである。
「僕は常にリスクよりリターンのことを考えるタイプで、いつだってリターンがほしいタイプの人間なんですよ」
この言葉が示すように、彼は決して禁欲的な求道者ではない。むしろ欲望に正直で、結果を強く求める。ただし、その欲望を満たすための方法論が徹底的に内省的なのだ。良いプレーでチームを勝たせたい、ファン・サポーターに喜んでもらいたい――そんなリターンを得るために、心を整え、データ分析で頭を研ぎ澄まし、綿密に計算されたフィジカルトレーニングで体を鍛える。
静と動、内と外、謙虚と強気――相反する要素を見事に融合させながら、彼は「より良い自分」を追求し続けているのである。

数々の試練を「自己分析」と「論理的思考」で糧にする
プロ入りから3年間、笠柳は数々の試練に直面した。
初年度の第一楔状骨骨折による半年間の離脱、2年目には体調不良と目の病気でコンディションを落とし、その間に最大のライバルで友人である松澤海斗が大きく台頭したこともあって出場機会が減少した。普通なら心穏やかにいられない状況である。
しかし、彼はこれらすべてを「サッカー選手のキャリアで起きることを一度に経験できた」と前向きに捉えた。「焦る理由は自分に自信がないから」という自身の心情を分析し、リハビリ期間を「スピードを落とさずにフィジカルアップする」という難題への挑戦期間に変えた。4~5キロの増量を達成しながら、ドリブルのキレは向上させる。出場時間が限られる状況も「20分や30分でどれだけ得点できるか」という新たなミッションとして再定義したのだ。
この思考法の根底にあるのは、徹底的な自己分析と論理的思考である。
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Profile
藤原 裕久
カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。
