第6節を終えたEFLチャンピオンシップで好スタートを切ったチームの1つは、4勝2敗で2位につけているストーク・シティだろう。彼らの15年間続く「冷え切った夜」を振り返るとともに、洗礼を味わいながら勝負の2年目で光をつかんでいる瀬古樹の今を、解説者としても活躍する秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏に伝えてもらった。
今から15年前の2010年12月、マンチェスター・シティとエバートンの対戦を伝えていた『Sky Sports』の中継で、後世に語り継がれる「定型句」がフットボールファンの辞典に刻まれた。発言の主は解説者のアンディ・グレイ。彼は、開局以来そろって『Sky』のプレミアリーグ中継の顔であり続けてきた司会者のリチャード・キーズとともに、当時バロンドールの受賞をめぐって世界を二分していたクリスティアーノ・ロナウド(当時レアル・マドリー)とリオネル・メッシ(当時バルセロナ)のどちらが優れているかについて意見を戦わせていた。
グレイは受賞を逃したロナウドの肩を持つ立場だった。マンチェスター・ユナイテッドで有無を言わさぬ実績を残した彼と比べて、メッシにはまだ証明できていないことがあると考えていたからだ。
「(ストーク・シティの本拠)ブリタニア・スタジアムでの冷え切った夜なんかには、彼は苦労するかもしれませんよ」
これは以前から多くの名場面・議論・迷言を生んできた2人のブロードキャストキャリアの中でも決して引けを取らない、まさにトップクラスの話題を呼んだ発言だった。そして偶然にも、それから1カ月と経たないうちに、彼ら2人は許容しがたい失言によって『Sky』から追い出されることとなる。イギリス気象庁の観測開始以来最も険しい寒さを記録し、交通インフラやクリスマスの買い物さえもが甚大な影響を受けた2010年大寒波の冬。「冷え切ったストークの夜」は、時代の流れに適応しそびれた名コンビが最後に残したフレーズとなった。
言葉の宿命とも言うべき現象にして、このフレーズは時間の経過とともにやや異なる意味合いを帯びるようになっていった。まず表現自体が変わり、いつしか「ある寒い、雨のストークの夜(A Cold Rainy Night at Stoke)」と肉づけされた。そして当初の「メッシがアウェイのストーク戦で活躍できるかどうか」という(議論するまでもなく明らかな)アジェンダは傍に追いやられ、このフレーズはイングランドの下部リーグ全体、いわばフットボール文化全体を一種象徴する言葉として用いられるようになった。多額の金銭の流入とともにフットボールが現代化を進める昨今にあっても、イギリスという国の気候、そして古のフットボール文化を象徴する場所。それが「A Cold Rainy Night at Stoke」なのだ。
「冷え切ったストークの夜」の変遷が象徴する15年間の凋落
そして皮肉にも、この言葉はストーク・シティ自体の状況を侮蔑的に捉える意味合いをも持ち始めた。理由はシンプルだ。万が一メッシが今からマンチェスター・シティやチェルシーに移籍してきたとしても、ストークがプレミアリーグにいない以上、寒い雨のブリタニア・スタジアム(現bet365スタジアム)でプレーできる可能性は皆無だからだ。
ストークの地盤はこの15年間で沈下してしまった。当時のストークといえば言わずと知れたトニー・ピューリスが率い、ライアン・ショウクロス、ローリー・デラップ、ロベルト・フート、ディーン・ホワイトヘッドといったいかにもストーキーな面々がプレミアリーグにルネッサンスを巻き起こしていた全盛期だ。彼らの強靭なタックル、今思えば完全に時代を先取りしていたロングスローなど、当時のストークがキャラクターに満ちた、ビッグクラブ泣かせのチームだったことは誰にも否定しようがない。
しかし今や、チャンピオンシップでの戦いは8シーズン目を数える。「A Cold Rainy Night at Stoke」に「外国から来た選手がイングランドに適応できるのか」という意味合いは残るものの、その対象者にメッシのようなバロンドール級の選手は含まれない。またそもそもとして、この言葉が「下部リーグの象徴」となっているということは、裏を返せばストークがすっかり「下部リーグのチーム」として印象づけられたことを意味する。
毎年のように少なくとも昇格候補ダークホースには挙げられながら、ここまでの7シーズンで最高順位は14位。大抵の場合昇格ではなく残留争いに絡み、監督人事でリーグを盛り上げる。そんな体たらくから、いつしか彼らは「Poisoned Chalice」、すなわち「監督たちにとっての毒杯」と呼ばれるようにまでなってしまった。
ストークは今や相手方だけでなく、関わり合いを持つ全員にとっての「試される地」となった。
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Profile
秋吉 圭(EFLから見るフットボール)
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72
