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隔てがたいサッカーと政治。トルコ軍への“敬礼”が生む亀裂

2019.12.23

ドイツサッカー誌的フィールド

皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。

今回は、トルコ軍のシリア侵攻がドイツとドイツサッカー界に投げかけた大きな波紋。

 スポーツ界の要人たちはこれまで、巨額のカネを妨害されることなく動かし自分たちの権力基盤を強化するため、スポーツと政治は切り離して考えようと唱えてきた。しかし実際には、ビッグトーナメントは常に政治的メッセージを発したり、力を見せつけたりする舞台となってきた。

 ところがこの秋、EURO予選アルバニア戦で得点後にトルコ代表選手が見せた“敬礼”が、大きなダメージを引き起こした。選手たちはシリアでクルド人を攻撃している兵士たちとの連帯を示し、彼らの敬礼はごく「当然」で「自然」なことだとトルコのエルドアン大統領は主張。社会を分裂せんとするその影響力は、トルコ国内にとどまらず遠方まで広がっている。

強まるナショナリズムの発露

 ロシアW杯前にメスト・エジルがエルドアンと写真に収まって一騒動となり、その後ドイツ代表から引退せざるを得なくなって以来、トルコにルーツを持つ選手たちの政治的な発言に対して非常にセンシティブな反応をする人が少なくない。エジルが「差別はドイツ社会の中心に行き着いた」と訴える一方で、多くのドイツ人にとってエジルは“あり得ない人物”になってしまっている。エジルと同じくエルドアン大統領と写真撮影をしたイルカイ・ギュンドアンは今でもドイツ代表でプレーしているが、彼ともう一人のトルコ系選手エムレ・ジャンは今回、Instagramでトルコ代表選手たちの敬礼に“いいね”をつけて騒動に。2人とも「得点とトルコ代表の勝利を喜んだだけだ」と説明しすぐに取り消したが、議論の熱は冷めない。

ギュンドアンとエムレ・ジャンが「いいね」して物議をかもしたジェンク・トスンのSNS投稿

 政治的左の立場を取るザンクトパウリは、公に何度もトルコ軍へのシンパシーを示していたジェンク・サヒンを解雇した。

トルコ軍への支持表明を理由に、ザンクトパウリから解雇されたジェンク・シャヒン

 代表戦はここ数年、愛国主義とナショナリズム表現の場としての色を少しずつ強めている。特に、旧ユーゴスラビアの国々などで多い。ただドイツでも、観客は試合開始前、一緒に国歌を歌うよう促される。「代表ユニフォームとともに誇りを持てという要求は、自国の軍隊が本当に戦場で戦っている時に特に大きくなる。サッカーチームは軍の一師団となるのだ」と論じた『ターゲスツァイトゥング』紙は、「平和な時代への慣れが、戦争の時代には問題となる」としている。

 ちなみに、トルコ軍が使用する武器はドイツ製である。メルケル政権が「さらなる難民の首根っこを押さえておいてくれるように」と巨額の支援をする“ドアマン”が他でもないエルドアンであると指摘する『シュピーゲル』誌は、「軍事侵攻を後押しするのはInstagramの“いいね”よりもこの金だろう」と皮肉る。敬礼する選手たちへの憤りは、トルコ系の人々にとっては滑稽に映ることだろう。エルドアンの戦争を支持する選手を罰すると“脅す”一方で、政府が独裁者を支援することを受け入れているようでは、信用などできようはずもない。

下部リーグへの伝播

 『南ドイツ新聞』は「非常に複雑で、擦り切れる議論」「トップアスリートたちの態度が、この国に何千とあるサッカーグラウンドに影響を与える」と書く。というのも、代表選手をお手本とするトルコ系の選手が下部リーグで、ゴールセレブレーション時に敬礼をし出しているのだ。すでに警察が出動したり、試合が中断されたりした例も出てきている。地方のサッカー協会は解決策を探っているが、お手上げのようである。『ベルト』紙は「トルコ軍に対するシンパシー表現は、ドイツに住むトルコ系市民のアイデンティティをめぐる議論を引き起こした」と評し、『ノイエ・チューリッヒャー新聞』は「熱した時代の症状」と描写する。道徳的な統制がどんどん難しくなる時代に「連盟やクラブが直面するジレンマ」である。

 ドナルド・トランプを批判するためにコリン・キャパニックと他の黒人アメフト選手たちが国歌斉唱でひざまずいた時には、多くの人たちがポジティブな反応をした。ただそれでも、アメリカ国民の半数はトランプを支持している。

試合前の国歌斉唱時、エリック・リード(左)とともに膝をついて起立を拒否するキャパニック。黒人差別への抗議の意を示すこの行為は大きな議論を呼ぶこととなった一方、このシーズン限りで49ersを退団したキャパニックは以降、NFLの舞台に戻れていない

 言論の自由が礎にある民主主義においてどこまでが「正しい」ことで、どこからが「間違い」になるのか。

 本当は、この問いに対する答えは実にシンプルだ。境界線は人権が侵されるか否か、暴力や違法行為があるか否かで引かれるべきだ。ゆえに、シリアでの戦争のプロパガンダをするサッカー選手にははっきりと「やり過ぎだ」と言わなければならない。

 残念なことに、多くの選手たちは次の試合でもまた、敬礼をしていた。


Photos: Anadolu Agency via Getty Images, Bongarts/Getty Images, Getty Images

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ザンクトパウリ文化

Profile

ダニエル テーベライト

1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。