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トップ定着前16選手売却で200億 シティのアカデミー“投資”戦略

2019.10.30

横浜F・マリノスの仲川輝人と競り合うマンチェスター・シティのフィル・フォデン

世界に広がる「グループ」のネットワークを利用し、若手有望株を大量保有、レンタルに出すという方針を取るシティ。「発掘→育成→売却」のサイクルで巨額を生み出す彼らの移籍戦略に迫る。

 誤解を恐れずに言えば、マンチェスター・シティのアカデミーの目的は、選手を育てることだけでなく「お金を生み出すこと」だ。

 2014年、1億5000万ポンド(約195億円)の巨額を投じてオープンさせたシティ・フットボール・アカデミーには、世界中から才能が集まって来る。シティの影響力はもはや世界規模に拡大し、「シティ・フットボール・グループ」(CFG)はニューヨーク、メルボルンをはじめ、横浜F・マリノスやスペインのジローナ、ウルグアイのアトレティコ・トルケなど世界各国のクラブをフランチャイズし、各大陸に拠点を増やすことでスカウト網を広げている。その網にかかった有望なタレントが、最先端のアカデミーに集められ、磨き上げられ、「エリート・ディベロップメント・スカッド」(EDS=リザーブチーム)のメンバーになったり、各国の提携クラブに貸し出されたりして、厳選されていく。

 だが、シティの選手としてプロのピッチに立てるのが11人で、ファーストチームに入れるのも25~30人程度であることは変わらない。だから、そこからあふれた選手は売りに出し、「お金」に変える。その戦略が、クラブに財をもたらしている。

「シティに選ばれたエリート」という価値

 実際、今年1月、英紙『サン』があるリストを紹介している。その名も「シティが売った子供たち」。同紙いわく、シティは過去3年間でEDS所属ないしはトップに上がったばかりのアカデミー出身者16人(10代後半~20代前半)を他クラブに売却し、1億5300万ポンド(約199億円)もの利益を得たという。先に述べたアカデミー建設の費用がこれだけでペイできてしまう額だ。

 ケレチ・イヘアナチョ(→レスター)は2540万ポンド、ブラヒミ・ディアス(→レアル・マドリー)は1980万ポンド、GKアンガス・ガン(→サウサンプトン)は1350万ポンドになった。他にも、エネス・ウナル(→ビジャレアル/1270万ポンド)、ジェイドン・サンチョ(→ドルトムント/910万ポンド)、パブロ・マフェオ(→シュツットガルト/880万ポンド)、ロニー・ロペス(→モナコ/880万ポンド)、アーロン・ムーイ(→ハダーズフィールド/800万ポンド)、カリム・レキク(→マルセイユ/560万ポンド)らが高額で売却されている。その16人がトップの公式戦に先発出場した試合数の合計はわずか「33」。プレミアの舞台に一度も立ったことがない(もしくは数回立っただけ)の選手が、数十億円の利益をクラブに生み出すのだから、シティにとっては美味しい話だ。獲得する相手側のクラブにとっても、才能はお墨付き、さらにシティ・アカデミーで質の高い指導を受けてきた選手が手に入るわけだから「Win-Win」だ。選手にしても、たとえシティの水色シャツを着られなかったとしても、「シティに選ばれたエリート」であるという価値を存分に利用した上で次の移籍をスムーズにできるなら悪い話ではない。地元出身の生え抜き選手ならまだしも、国外から青田買いされて来た選手はシティに特別な愛着があるわけではないだろう。だからこそ、シティの名前を借りて移籍先を見つけ、次の新天地ではピッチ上で実際にその価値を証明すればいい。

 他方では若手選手を「クラブの未来」ではなく「投資の対象」として見ることの是非は論じられているし、またアカデミー出身者がファーストチームに定着しない、EDSで見守ってきた選手が簡単に出て行ってしまうという意味では、応援するサポーターの心情的には複雑なものがある。とはいえ、「若手の発掘→育成→売却」のサイクルは、サッカー的にもビジネス的にも成立していると言えるし、実際にクラブの財源になっているのだから、アカデミーへの投資が実った一つの形とも言える。

今後増加?「買い戻し条項」とは

 近年、EDS界隈の選手の売却でこれだけの利益が上がっている背景には、チキ・ベギリスタイン(フットボールディレクター)やフェラン・ソリアーノ(CEO)による“バルサ風味”の戦略がある。ここ数年は期限付き移籍の選手が減少傾向にあり(それでも大量にいるが)、完全移籍(またはレンタル→完全)で出て行く選手が増加傾向にあるが、その裏にあるのが「買い戻し条項」だ。例えば今夏、オランダのPSVから左SBのアンヘリーニョを獲得したオペレーションがそうだった。22歳のスペイン人DFはもともとシティの下部組織出身で、2018年夏にPSVへ完全移籍した。だが、シティは売却の際に「買い戻し条項」を付けており、エールディビジでの活躍を受けてそれを行使した。

 プレミアリーグのクラブではあまり一般的でない手法だが、シティはバルセロナに倣ってこれを取り入れている。先に挙げた選手たちの中でも、サンチョやイヘアナチョ、マフェオ、エネス・ウナルらにも買い戻し条項が付いていると言われている。レンタルでたらい回しにしていたずらに価値を下げるよりも、早めに一度売ってしまってから「当たったクジ」だけを引くこのやり方は、ビジネス的に見れば効率的。アンヘリーニョに続く例が今後も出てくるかもしれない。

マンチェスター・シティのユース出身でドルトムントに移籍し頭角を現したジェイドン・サンチョ
移籍先のドルトムントで頭角を現しイングランド代表でも主力となっているサンチョ。将来的なシティ凱旋が取り沙汰される一人だ


Photos: Getty Images

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マンチェスター・シティ育成

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寺沢 薫

1984年生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集部を経て、2006年からスポーツコメンテイター西岡明彦が代表を務めるスポーツメディア専門集団『フットメディア』に所属。編集、翻訳をメインに『スポーツナビ』や『footballista』『Number』など各媒体に寄稿するかたわら、『J SPORTS』のプレミアリーグ中継製作にも携わった。