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「バイオ・バンディング」とは?育成における年齢の新たな枠組み

2019.10.24

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 育成年代の選手をトッププレーヤーへと成長させるという永遠の命題に挑んでいく過程で、注目されている概念がある。それは「実年齢」と「生物学的年齢」だ。近年、実年齢によって決定されていた従来の育成年代の枠組みは不十分であるという考えが広まってきており、多くの科学者が新たな手法の導入を支持するデータを示している。今回は、育成における「年齢」という概念がどのように変化していくのかを考えてみたい。

始まりはラグビーから

 プレミアリーグでの導入を機に一躍注目を集めたのが、「バイオ・バンディング」と呼ばれる手法だ。この手法が最初に導入されたのは、1908年のアメリカ。その理論はニュージーランドに伝えられ、「ラグビー部のグループ分け」に活用されるようになる。特にニュージーランドの学校ではマオリやポリネシアにルーツを持つ生徒の発育が早く、同世代の白人選手とのフィジカルの差が大きくなってしまう問題を抱えていた。それを緩和することを目指した試みは、実際に肉体接触による負傷を減らすことに成功している。

 バイオ・バンディングとは、端的に言えば「育成年代において、実年齢ではなく生物学的年齢でグループを分けること」だ。これによって、早熟の選手と遅咲きの選手を同じグループでプレーさせることを防ぐことが目的となる。このような手法には、どのようなメリットがあるのだろうか。バース大学の研究者で、プレミアリーグへの導入にも関与した同分野のショーン・カミング博士は「同じ14歳でも、早熟の選手は16歳と同等の身体能力を有している。一方で成長が遅い選手は、身体能力が12歳と変わらない。そうなれば、同じ14歳のグループに最大で4年間の身体能力的なギャップが生まれてしまう。そのように考えると、同じグループで競い合わせるのは難しい」と説明する。

 実際に多くの”Late Developer”(晩成型の選手)がトッププレーヤーとして活躍しており、特に有名なのはリオネル・メッシだろう。彼は肉体的な成長が遅かったというよりも、成長ホルモン分泌不全という病を抱えていた。そのためバルセロナが成長ホルモンを投与し、治療に成功。14歳の頃は体重35kgに過ぎなかった少年の奥底に隠れたドリブラーとしての才能を見逃さなかったカルレス・レシャックの慧眼が、欧州を席巻するプレーヤーを救うこととなった。アルゼンチン国内では名門リーベルプレートが獲得を狙っていたようだが最終的には断念しており、治療費の負担を懸念した国内のクラブは二の足を踏むことになった。

 メッシは身体的なハンデを感じさせないパフォーマンスを披露したことでレシャックを納得させたが、ハリー・ケインは技術面でも「遅咲き」の選手だった。トッテナムで活躍し、イングランド代表の主軸となったストライカーは、8歳でアーセナルユースから放出されている。当時のアーセナルユースを統括していたリアム・ブレイディは、「太っていて、運動能力でも周囲に劣っていた。当時の評価基準では諦めるしかなかったが、我われの間違いだった」とコメントしている。プロになってからも鍛錬を続け、技術的にも幅を広げている彼のような選手を発掘することが、ユースの理想となるだろう。

2009年からトッテナムのトップチームに帯同していたものの、出場機会を得るには至らなかったケイン。その後はレイトン、ミルウォール、ノリッチ、レスターとレンタル移籍を重ね、14-15シーズンに公式戦51試合31ゴールと大ブレイクを果たした

 ケビン・デ・ブルイネティボー・クルトワもトップクラブで活躍しているが、身体的には遅咲きだった。14歳のデ・ブルイネはロングボールを蹴るだけの筋力がなく、ショートパスだけを繋ぐ平凡な選手だと考えられていた。しかし、ベルギー代表の育成チームは彼らの武器であった「優れた判断力」を高く評価。彼らをユースチームに選抜し続けることで成長を促していった。ベルギーの黄金世代を育成した功労者の1人として知られるエリック・エイブラムスは「育成世代でも指導者が結果を求められていく中で、将来に向けた投資がしづらくなっている側面がある」と、結果至上主義が蔓延する育成世代の風潮にも疑問を呈している。彼は「目の前の結果だけではなく、4、5年後の成長を考慮し、選手のパフォーマンスを重要視しなければならない」と続ける。逆に言えば、フィジカルに優れた黒人系のアタッカーをそろえ、スピードと推進力で突破させるスタイルに傾倒した一時期のオランダ代表は興味深い事例だ。日本のユース世代を苦しめたジョディ・ルコキも大成せず、ブルガリアリーグに流れ着いている。

早熟選手の課題は「認知」

 オランダでは「プラン・クライフ」を掲げたアヤックスが育成の名門として復興。彼らはトップチームにステップアップする年代が低年齢化することを見据え、科学的なアプローチを積極的に導入している。彼らの育成プログラムは「個別化」されており、ユスティン・クライファートのような成長が遅い選手と、マタイス・デ・リフトのような早熟な選手とでは、異なった育成プランを採用。緻密な育成プランをサポートするのが、アムステルダム自由大学出身のスポーツ科学者リザーヌ・ファン・デル・カーデンだ。

 育成年代の選手は平均13.5歳頃にPHV(身長発育における最大点)を迎えるが、急激に身長が伸びる時期はトレーニングの負荷を慎重にコントロールする必要がある。彼らはPHVにおける「成長期」を過ぎた段階から徹底したフィジカル強化に取り組む方式を導入しており、フレンキー・デ・ヨンクはその成功例だ。彼はPHV後にスタミナ強化に取り組み、トップチームで適応可能なフィジカルレベルまで効率的に到達することができた。デ・リフトの場合も同様で、早熟な成長曲線を描いていた彼のPHV終了時期に合わせて、スピードを強化するトレーニングを導入したという。

昨季アヤックスのCLベスト4進出に大きく貢献し、今夏バルセロナへ移籍したフレンキー・デ・ヨンク

 バイオ・バンディングは、アヤックスの緻密に計画された「育成スケジュール」をグループ別に管理することを容易にする。また、彼らは早熟の選手にも育成上の課題があることを明らかにしている。それが、認知能力と基礎技術の習得だ。脳科学的にはPHVを境目として脳の可塑性が低下していくので、理想的にはPHV前に認知能力と基礎技術を磨いておかなければならない。しかし、成長が他の選手よりも「早い」場合は、どうしても認知能力・基礎技術をトレーニングする期間が短くなりやすい。ロメル・ルカクはテクニックは十分に磨かれているが、局面に応じた使い分けを苦手としている。彼のような早熟なプレーヤーは、フィジカル以外の部分に費やす時間を失ってしまっているのかもしれない。

生物学的年齢にもデメリットはある

 新たなる育成大国として注目されているイングランドは、2016年にカミングを招へいして「バイオ・バンディング・トーナメント」という大会を開催。11歳から14歳までの選手を生物学的年齢でチーム分けすることで、身体能力の差による影響を最小化した。

 育成に定評があるアストンビラはアカデミーを「2学年ごと」に分別しているが、責任者のショーン・キンブリーは「年下の選手と同じグループで試合をすることで、年長の選手がリーダーシップを発揮する機会にもなる」とコメントしている。実年齢が異なる選手とプレーすることは、コミュニケーションスキルの向上にも繋がるだろう。

 一方で、リバプールに所属する「クロップの右腕」ペップ・ラインダースは、ポルトのアカデミー時代に「異なる年齢の選手を無作為にミックスしたグループによるトレーニング」を導入することで「ストリートサッカーの再現」を目指していた。彼のように、フィジカルの差がある環境でのトレーニングを奨励する指導者も存在する。ストリートで育った選手の大半がフィジカルで勝てない年上とプレーする中で技術を磨いてきたように、「身体的な差を補う工夫」を重要視する思想も存在しているのだ。

 また、前述したようにラグビーの世界でバイオ・バンディングが導入されているニュージーランドでは「(生物学的年齢のグループ分けで)異なる実年齢のグループでのプレーを強いられることは、育成年代の選手に悪影響が大きい」と主張する研究者もいる。特にラグビーで問題になっているのが、年上の選手たちとの関係性を築けない事例が多いことだ。特に育成年代では求められるコミュニケーションスキルが備わっていない選手も多く、その状態で(実年齢上は)年上のメンバーが多いチームに馴染むのは難しい。

 ボーンマスが通常の年齢グループと、バイオ・バンディングによるグループでのトレーニングを繰り返していく方法を試しているように、各クラブの模索は続くだろう。複数の要素が相互作用的に影響を及ぼしている育成の世界には、すべての状況に対応できる万能薬があるわけではない。それでも、バイオ・バンディングという概念を知ることは「晩成型の才能」を見逃すケースを減らすことに繋がっていくはずだ。


Photos: Getty Images

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ハリー・ケインリオネル・メッシ育成

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。