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新トレンド!? ブンデスリーガは「ラングニックリーガ」になるのか

2019.10.09

自らは第一線を退くことを決めたラルフ・ラングニックだが、その影響力はレッドブルグループを飛び越え、ブンデス全体に波及しようとしている。“ラングニック派”はドイツの新たなトレンドとなるのか。その趨勢がこの2019-20シーズン、着目すべきトピックの一つであることは間違いない。

ラングニックはRBライプツィヒのスポーツディレクター(SD)と監督の座から離れ、ブンデスリーガの舞台から去った。これからはレッドブル社の「Head of Sport and DevelopmentSoccer」として、同社が抱えるアメリカのNYレッドブルズとレッドブル・ブラガンティーノを強化しながらタレントを発掘する新たな仕事に挑んでいく。

 その一方で、今季のブンデスリーガでは興味深いトレンドが生まれている。ラングニックの薫陶を受けた“弟子”たちが、新たに4人もブンデスリーガの監督に就任したのだ。

 すでに昨シーズンからいるユリアン・ナーゲルスマン(ホッフェンハイム→RBライプツィヒ/32歳)とアディ・ヒュッター(フランクフルト/49歳)の2人を加えると、計6人にもなる。

 その4人とは、デイビッド・バーグナー(シャルケ/47歳)、マルコ・ローゼ(ボルシアMG/43歳)、オリバー・グラスナー(ボルフスブルク/45歳)、アヒム・バイアーロルツァー(ケルン/51歳)。

 WEBサイト『RB live』は冗談半分に今季のブンデスリーガを「ラングニックリーガ 2019-20」と命名した。

「RBライプツィヒ産」も誕生

 彼らとラングニックとの繋がりを、時系列に沿って整理してみよう。

 ラングニックは2006年夏から2011年1月までホッフェンハイムの監督を務めていた。その時にホッフェンハイム下部組織の指導者に雇われたのが、バーグナーとナーゲルスマンである。

 バーグナーは2007年から2年間、ホッフェンハイムのU-19監督とU-17監督を歴任。その後にドルトムントのセカンドチームの監督になったためユルゲン・クロップの盟友という印象が強いが、本人いわく「ラングニックからの影響の方が大きい」。ハイプレスを武器に、ハダーズフィールドを率いてプレミアリーグへ奇跡の昇格を果たした。規律に厳しく、シャルケでは朝8時にクラブハウスに来ることを義務づけ、毎日血液検査を実施している。

デイビッド・バーグナー監督
シャルケのデイビッド・バーグナー監督

 ナーゲルスマンについてはもはや説明不要だろう。2010年夏にホッフェンハイムU-17のコーチになり、そのシーズン中にラングニックが退任したが、新進気鋭のクラブで大事に育てられてブンデス最年少監督になった。

ユリアン・ナーゲルスマン監督
RBライプツィヒのユリアン・ナーゲルスマン監督

 2012年夏、ラングニックがレッドブル社に招へいされザルツブルクとRBライプツィヒのSDになると、今度はこの2クラブが“虎の穴”になる。

 まずは2012年夏、グラスナーがザルツブルクのコーチに抜擢された。当時グラスナーは引退してスポーツ部門のアシスタントになったばかりだったが、ラングニックとジョギングしている時に「監督に向いているのでは?」と言われて突然コーチをやることになったという(当時の監督はロジャー・シュミット)。ザルツブルクを2年間で巣立つと、リンツを1部へ昇格させて師匠の目利きの正しさを証明した。モットーは「アクティブ、走る喜び、勇気」で、布陣はトリッキーな[3-4-3]。ラングニックの策士の部分が色濃く受け継がれている。

オリバー・グラスナー監督
ボルフスブルクのオリバー・グラスナー監督

 次に“虎の穴”へ来たのはローゼだ。ローゼはラングニックのハノーファー監督時代の選手で、その縁で2013年夏にザルツブルクU-16の監督に就任。U-18監督を経て、2017年にザルツブルクの監督になった。[4-3-1-2](中盤がダイヤモンド型)を土台に複数のシステムを使い分け、ハイプレスだけでなく、パスによる崩しも志向する。出世の仕方がナーゲルスマンに似ている。

マルコ・ローゼ監督
ボルシアMGのマルコ・ローゼ監督

 今回の6人の中で、一番ラングニックとの関わりが少なく、最後にもめてしまったのがヒュッターだ。ヒュッターは2014年夏からザルツブルクを率いて2冠を達成したにもかかわらず、主力が次々に引き抜かれることに憤り、「私は育成監督になりたくない」と言って退任した。ただし、1年の付き合いだったとはいえ、ザルツブルクにはラングニックが制作した戦術書があった。少なからず影響を受けただろう。

アディ・ヒュッター監督
フランクフルトのアディ・ヒュッター監督

 そしてついに、RBライプツィヒからも戦術家が生まれる。バイアーロルツァーは2014年夏にライプツィヒU-17の監督になり、2015-16には1年限定で指揮を執ったラングニックの下でコーチになった。その経験を生かして2017年にドイツ2部に昇格したばかりのレーゲンスブルクの監督になると、いきなり5位に躍進させて注目の存在になった。

 バイアーロルツァーはこう振り返る。

 「サッカーで何をすべきか、すべての分野をRBライプツィヒで学ばせてもらった。ラングニックは常識を覆し続ける人。私の哲学は彼から吸収したものだ」

アヒム・バイアーロルツァー監督
ケルンのアヒム・バイアーロルツァー監督

“アンチラングニック”の動きも

 しかし、あまりにも影響力が高まり過ぎたことで、“アンチラングニック”の勢力も生まれ始めている。今年8月、元ドイツサッカー連盟のSDのロビン・ドゥット(現ボーフム監督)はこう批判した。

 「ポゼッション志向のサッカーは死んでいない。プレスばかり意識して、技術をなおざりにするのはいかがなものか。プロならまだアイディアの1つとしていいが、育成では危険だ。プレスの練習ばかりしたらうまくならない」

 2年前にはイェンス・ケラー(当時ウニオン・ベルリン監督)が同様の指摘をしていた。

 「ライプツィヒU-17とU-23の練習試合を見たら、前にボールを蹴ってばかりでまるで巨大なテニスのようだった」

 とはいえ、ラングニック派が全員同じサッカーをするわけではない。ナーゲルスマンとローゼは強度の高い守備とポゼッションの両立に挑戦し、一方でバーグナーは泥臭いサッカーを志向している。グラスナーは奇策で相手を驚かせることができる。

 ラングニックの哲学は、教え子たちの中でそれぞれ独自の発展を遂げている。これからもラングニック派は拡大し続けそうだ。


Photos: Bongarts/Getty Images

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ラルフ・ラングニック戦術

Profile

木崎 伸也

1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。