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チャイナ・ミラン、突然の終焉。背後に感じるベルルスコーニの影

2018.10.01

CALCIOおもてうら


7月9日、ミランの保有権が中国人投資家ヨンホン・リー(李勇鴻)から、アメリカに本拠を置くヘッジファンド「エリオット・マネジメント」へと移った。リーが深刻な資金難に陥り、昨年4月の買収時に融資を受けた3億ユーロを期限までに返済できる見通しが立たなくなったため、エリオットがあらかじめ設定されていた質権を行使し「借金のカタ」としてミランの全株式を取り上げたという格好だ。


 昨年4月の買収劇とそれに続く大型補強でミラニスタの期待を大きく煽った中国資本はわずか15カ月で姿を消し、ミランはまたもや新しいオーナー(今度はアメリカ資本)の下で新シーズンの開幕を迎えることになった。


なぜエリオットが転売しない?

 新オーナーのエリオットが最初に行ったのは、クラブ首脳陣の顔ぶれを一新することだった。これまでリー会長の下でクラブ経営とチーム強化に携わってきたマルコ・ファッソーネGDとマッシミリアーノ・ミラベッリSDをばっさりと解任。中国資本に対する一種の「お目付け役」として役員会に送り込んでいたイタリア人経営者パオロ・スカローニを会長に昇格させると同時に、強化責任者であるテクニカルディレクターにレオナルドを据え、経営実務を統括するCEOにはアーセナルからイバン・ガジディスを招聘する方向で動くなどすべての要職を入れ替えて、クラブからリー会長時代の痕跡を一掃しようかという勢いで新経営体制の確立を急いでいる。

 これは、エリオットが少なくとも向こう1、2年の間、オーナーとして直接ミランの経営に携わるという、ある意味では意外な決断を下したことを意味する。

 1977年に設立されたエリオットは、もともとは破綻国家などをターゲットにした不良債権専門のヘッジファンド。2001年にデフォルトしたアルゼンチン国債を額面の3割程度という底値で買い集めた上で全額償還を要求、2014年に再デフォルトに追い込んだ上、最終的に国債の額面の3.5倍もの金額をアルゼンチン政府からむしり取ったという「武勇伝」が象徴するように、世界でも指折りのハゲタカファンドとして悪名高い。

 ミランに対しては、リー前会長がシルビオ・ベルルスコーニからクラブを買収する際に自己資金でまかない切れなかった分(買収資金7.4億ユーロのうち3億ユーロ)を返済期限18カ月、利息約10%で融資することを通して、間接的に利害を持っていた。返済できない場合の担保は、買収したミランの全株式だ。

 実際、今回のオーナー交代はリー会長に対して追加融資したクラブの運転資金(増資に必要な原資)のうち3200万ユーロが期限までに返済されなかったため、その担保としても設定されていたミランの全株式に対する質権を行使し、これまでリー会長に融資した全額(およびその利息)と引き替えに、ルクセンブルクに本社を置くミランの持ち株会社の保有権を取り上げたことにより起こったものだ。

 言ってみればエリオットは「ヨンホン・リーが買収したミラン」という不良債権に3億数千万ユーロを投資することによって、それよりも数十パーセントは高い値段をつけられる優良資産(モノは同じミランなのだが)を手に入れたということになる。

 債権の売買を通じて利益を追求することを本業とするヘッジファンドであるエリオットが、短期的にカネになるとは言いがたいプロサッカークラブの経営に興味を持つというのは、本来ならば考えにくいことだ。この立場に置かれたヘッジファンドの振る舞いとして最も自然なのは、ミランに興味を持っている投資家を見つけて(あるいはミランを競売にかけて)保有権を転売し、手っ取り早く利ざやを稼ぐことだろう。

 実際、その可能性がなかったわけではない。リー会長の資金繰りが今年に入ってもまったく好転せず、このままだと「借金のカタ」としてミランをエリオットに差し出さざるを得ないという状況に追い込まれて以降、ゴールドマン・サックスやメリル・リンチといった投資銀行を通じて、アメリカやロシアの投資家が買収に興味を示し、リー会長との間で経営権譲渡の交渉を進めていたからだ。その中には、MLBシカゴ・カブスのオーナーであるリケッツ家、ニューヨーク・コスモスを保有するイタリア系アメリカ人投資家ロッコ・コンミッソ、そしてモナコのオーナーであるロシア人ドミトリー・リボロフレフなどが含まれていた。いずれにしても確かなのは、エリオットが売る気になれば買い手は存在するということだ。

 にもかかわらず、エリオットは少なくとも当面の間、ミランを保有して直接経営に携わることを選んだ。その理由としては、次の2つが想定できる。1つは、より高く売って大きな利ざやを稼ぐために、まず企業価値を高める。もう1つは、プロサッカークラブの保有と経営に何らかの意義を見出しこの分野への参入を試みる。この2つは決して相反するものではない。

 エリオットは、質権を行使してミランの保有権を取得した7月10日に発表した声明の中で、「財務と経営を安定させ、質の高い投資を行うための基盤を確立し、FFPに準拠した持続的な経営モデルを動かすことを通じて、長期的な成功をもたらす」というビジョンを明らかにしている。持ち続けるにしても売るにしても、まずはクラブの経営を安定させて長期的な発展の基盤を再構築することが先決、ということだろう。

テクニカルディレクターとして復帰したレオナルド(左)と元副会長のガッリアーニ

実はハメられたのは中国人?

 経営権を手に入れたエリオットが真っ先にファッソーネとミラベッリを切り捨て、ベルルスコーニ時代に各部門で中心的な存在だった何人かを相次いで呼び戻しつつあるというのは、その観点からすると非常に興味深い事実だ。ミランの実質的な経営者だったアドリアーノ・ガッリアーニの片腕として長年チーム強化をサポートし、一時は監督まで務めたレオナルドをテクニカルディレクターに据え、マネジメント部門で同じような立場にあったウンベルト・ガンディーニ(現ローマCEO/ECA副会長)をガジディスCEO(10月就任予定)の下に位置するGDとして呼び戻そうとしているだけでなく、ファッソーネとミラベッリが追い出した育成部門責任者フィリッポ・ガッリや広報責任者ジュゼッペ・サピエンツァ、そして法務部門責任者レアンドロ・カンタメッサ弁護士らの復帰も話題に上っている。

 筆者は過去の当コラムでミランについて取り上げた時、もしエリオットが経営権を手に入れても、ファッソーネがGDとして残ることで経営の安定性と継続性が担保されるはず、と書いた。しかし実際にそうなってみると、エリオットが真っ先に切ったのはほかでもないファッソーネだった。当時筆者の目には、ファッソーネがミラン、エリオット、中国資本を結びつけたキーパーソンであるかのように見えたのだが、実際には中国資本やジョルジュ・メンデスと組んでエリオットに近づきひと博打打った側だったようだ。偶然か必然か、ファッソーネ、ミラベッリの「追放」に伴い、メンデスの影もまた薄くなっているように見える。

 その代わりに経営の安定性と継続性を保証する役割を担っているのは、クラブ首脳陣の中で唯一、リー時代から継続して役員の座にある(どころか会長に昇格した)スカローニである。スカローニは、コロンビア大学のMBAを持つエリート経営者。00年代にベルルスコーニ政権の下で準国営エネルギー企業2社の会長を相次いで務めた後、ロスチャイルド投資銀行の副会長に収まり、ロンドンにエリオットと共同で投資顧問会社を立ち上げるなど、ベルルスコーニ家の側からエリオットとミランを結びつける上で鍵になる役割を果たしてきた人物だ。今回の会長就任に当たっても、その直前にベルルスコーニの私邸を訪れ、今は国会議員に転身したガッリアーニ元副会長も含めて会談を持った、という噂が伝えられている。

 つまるところ今「エリオット・ミラン」で進んでいるのは、中国資本下の1年間を黒歴史として葬り去り、ベルルスコーニ時代の体制をまるっと復活させようという動きだということになる。ではこの動きの中にベルルスコーニはどう位置づけることができるのだろうか。

 ミランを中国資本に市場評価額を大きく上回る高値で売却したことで、6億ユーロ近いキャッシュを手に入れただけでなく、自らの本丸であるフィニンベストグループを悩ませてきた最大の「金食い虫」を厄介払いできた。そしてそのほんの1年後には、自らの懐を一切傷めることなくミランを以前の姿に作り直し、エリオットとスカローニを通して影の立場から大きな影響力を及ぼす立場を取り戻しつつある。しかもミラニスタたちはそれを歓迎すらしている。これはもう、ベルルスコーニが世界最強のハゲタカファンドとタッグを組んで、ヤマっ気はあるけれど詰めの甘い中国人投資家をまんまとハメて大金を分捕った――というストーリーすら成り立ちそうな世界である。もし本当にそうだとしたら、もう脱帽する以外にない。真相は今後徐々に明らかになってくるのだろう。


Photos: Getty Images

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。