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第12章にして“初”になれるかも。異例なチェルシー新監督サッリ

2018.10.30


王座から5位。コンテの後釜としてチェルシー再建を託されたのは、プレミア初挑戦でキャリア無冠の指揮官だった。しかしこの異才は、就任2週間後には早くもファンに「見ごたえある1年」を予感させた。あとは、オーナーとうまくやってほしい。


Maurizio SARRI
マウリツィオ・サッリ
チェルシー 監督
1959.1.10(59歳) ITALY


 この夏、ロマン・アブラモビッチによる買収後の15年間で12度目の監督交代を見たチェルシー。それでも、マウリツィオ・サッリとの3年契約は「異例の監督人事」だ。6年前には、33歳の若さで就任したアンドレ・ビラス・ボアスでさえ1年目に切られたクラブに、主要タイトル獲得歴のない59歳が迎えられたのだから。

 人選の背景には、補強不足への不満を唱え続けたアントニオ・コンテ前監督とは違い、移籍ビジネスには口を挟もうとしない姿勢もあったのだろう。サッリは発表4日後の就任会見で、移籍市場には「退屈してしまうほど」興味がないとさえ言っていた。

 もっとも、最大の理由は監督として率いるチームの攻撃姿勢に他ならない。昨季のチェルシーは、CL出場権の他にチームとしての特性も失った。指揮官と経営陣との確執がチームの士気に悪影響を及ぼす中、攻撃も守備も、そして闘志も物足りない、優勝争いの脱落者と化した。

 サッリが好む[4-3-3]自体は、第1期ジョゼ・モウリーニョ体制時代のトレードマークでもあった。だがそれは、自陣内でスペースを与えず、カウンターで敵を「瞬殺」するためのシステムだった。それが今季からは、後方のリスクは覚悟の上で、中盤から前で敵を「パス殺し」にするためのシステムとなるのだ。


カンテやアザールも「楽しい」はず

 昨季前半のCLで、サッリ率いるナポリが計3-6と撃ち合ったマンチェスター・シティとの2試合は、イングランドでも人々の記憶に新しい。チェルシーファンの視点から、国内ライバルの勢いを助長させるようなナポリの2敗を嘆きつつ、密かに両軍対決を昨季の名勝負に含めたい心境だった者は筆者だけではないように思う。

 実際、今季のプレシーズンが始まると、「1年目はトップ4復帰が精一杯でも、見ごたえのある1年になりそうだ」という声が西ロンドン界隈で聞かれるようになった。インテルとの2戦目では自陣内に頻出するスペースを利用される場面も目についたが、それ以上に、攻める目的意識を持ってパスを繋ぐ姿勢が見え始めた。

 同時に、ボランチのカンテへの依存度の高さや、前線での得点力不足といった不安もいくらか和らぎ始めた。新体制下で重要度の高い中盤では、アンカー兼プレーメイカーとして、指揮官の古巣からジョルジーニョを獲得。守備の巨大な負担が軽減されるカンテは、サッリが3センターの一角に求める攻守両用の「シャトル役」に打って付けだ。中盤の「得点役」的なもう1枚は、ユース上がりのロフタス・チークにもチャンスを与えながら育ててくれればファンは本望だろう。

サッリスタイルの体現者として新天地でもハイパフォーマンスを披露しているジョルジーニョ

 ポジションが流動的な3トップは、タイプの異なるCFながらリンクアップのうまさは共通している、ジルーとモラタの双方に向いている。右サイドは、ウィリアンやペドロがいる。そして、動きの自由度を認められた上での左サイドは、アザールが好むスタート位置だ。レアル・マドリー行きも噂されたが、「裏庭で兄弟とボールを蹴っていた頃と同じ感覚でやっている」と言い続ける背番号10にとって、サッリはチェルシーでの6人目にして最も共鳴できる監督かもしれない。

 新監督は、「誰もがボールを蹴る楽しさに魅かれてサッカーを始めたことだろう。心の中のサッカー少年は大切に育てなければ。楽しんでこそ最高に力が発揮されるものだから」と就任会見で語った。自ら英語で伝えることができていれば、国内メディアでも「名言」として大々的に扱われたように思う。そこまで英語力を伸ばすだけの時間が得られるかどうかは、チームの結果次第。低調な前半戦を送ることになれば、助監督となった“チェルシー・レジェンド”のジャンフランコ・ゾラには、クラブが用意したファンも納得の暫定監督役という存在意義も指摘されることになる。

 だが、クラブの要求通りに「全タイトルに獲得の可能性を残したままの3月」を迎えることができれば、ファンもシーズンを楽しむことができているはずだ。かといって、2度目のモウリーニョ体制でさえ2年半で終わっているクラブのサポーターは、長期政権誕生の夢を描くほどウブではないにしても、サッリは、アブラモビッチに続投を望まれつつ自らの意思でチェルシーを去る初の正監督にはなれるかもしれない。強豪としてのクラブ史“第12章”にして目が離せない、“異例のサッリ体制章”が始まる。


Photos: Getty Images

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チェルシーマウリツィオ・サッリ

Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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