開幕から6試合を終えて3分3敗、勝ち点3の19位。16年ぶりにJ1へ帰還してから3シーズン目を迎えた東京ヴェルディが、厳しい現実に直面している。しかし、直近の2試合では確かな変化も起きている。齋藤功佑の復帰による攻撃構造の改善、佐古真礼のJ1デビュー、そして誰がピッチに立っても互いの強みと課題を共有しようとする組織の結束。苦境は、これまで積み上げてきた東京Vの「強さ」が本物なのかを試す局面でもある。
過去、東京Vは2005年と2008年の2度、J2降格を経験した。そこにはそれぞれ異なる「崩壊の構造」があった。では、現在の東京Vはどうなのか。かつてゴールマウスからチームの栄枯盛衰を見つめた高木義成氏の証言と、現在のピッチで起きている変化を手がかりに、緑のクラブが乗り越えるべき壁を解き明かす。
9月6日、ヨドコウ桜スタジアムに響き渡ったタイムアップの笛。アウェイに駆けつけた緑のサポーターから湧き上がったのは、選手たちの健闘を称える拍手と、どこか拭いきれない微かなざわめきだった。
ホームで3連勝中だったセレッソ大阪を相手に泥臭く戦い、掴み取った0-0の完封劇。前半に見せた攻撃の連動性には、間違いなく反撃の兆しが宿っていた。しかし、現実はそう甘くない。開幕から6試合を終えて3分3敗、勝ち点3の19位。開幕から6試合で一度も勝ち星を挙げられぬまま、東京Vは降格圏に沈んでいる。
16年ぶりのJ1復帰を果たした2024年シーズンから3シーズン目。「今節の内容は見違えるようだった」「ケガ人が戻れば必ず巻き返せる」といった、ポジティブな変化に希望を見出す声が広がる一方で、SNSでは「降格」の二文字も散見される。
今、東京Vが直面している試練は、単なる一進一退の不調なのか、それとも「終わりの始まり」なのか。 ピッチ上で見え始めた復調の兆しと、順位として突きつけられる現実。その狭間で揺れるクラブの現在地を紐解くには、かつてこのクラブが辿った「衰退の記憶」と、今ピッチで起きている「構造の変化」の両面に光を当てる必要がある。
「積み計算をし始めたら終わりの始まり」高木義成が語る、降格の内実
2000年から2009年まで東京Vのゴールマウスを守り、チームの栄枯盛衰を知る高木義成氏は「落ちていく組織」の空気を鮮明に記憶している。高木氏によれば、2005年と2008年の過去2度の降格劇はそれぞれ異なる原因があったという。
クラブ史上初の降格となった2005年は「過信と迷走」だった。天皇杯制覇の流れから「行けるんじゃないか」と意気込んで臨んだシーズンだったが、夏場の過密日程で大量失点での敗戦を重ねると迷走。オズワルド・アルディレス氏が解任され、石﨑信弘氏が監督代行を務めた。当時は「石崎さんで行きたい」と思う選手が多かったというが、その後バドン氏が監督に就任。現場の意向を置き去りにした監督交代も重なり、チームは崩壊した。
高木氏は「負けても『あそこを寄せれば次は行ける』みたいな、青空ミーティングが増えていった。でも負けているのよ。個人としては、当時『チームの失点だ』とマインドセットしちゃったことは、すごく後悔しているね。今思えば、ダメな選手にももっと厳しく言うべきだった」と当時を振り返る。
一方、2008年は「ビジョンなき補強」が仇となった。福西崇史氏ら元日本代表選手を揃えたものの、降格の瞬間や昇格の勢いを知らない集団は一枚岩にならず、残留争いに敗れて再び降格した。
異なる構造の失敗を経た高木氏が、今苦境に立つ古巣へ強く警鐘を鳴らすのが「勝ち点の計算」だ。
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Profile
白谷 遼
2025年度まで縄手猟名義で活動。サッカー専門媒体『エル・ゴラッソ』で東京ヴェルディを担当。これまで日本代表、Jリーグ、大学・高校サッカーなど、プロアマ問わず幅広く活動している。小学校の頃に見たパク・チソン、イ・ヨンピョの活躍に感銘を受けて韓国サッカーにハマった埼玉県民。韓国サッカーに深い造詣があり、興味の守備範囲は広い。
