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W杯は「商品化された体験」に――地政学の権威が語る“ディズニー化”するフットボールと、失われゆく庶民の居場所

2026.09.05

【特集】W杯売却構想はフットボールを壊すのか? #6

史上最多の出場48カ国が世界一の座を懸けて争った北中米W杯の熱も冷めやらぬうちに、フットボールは新たな分岐点に立たされた。閉幕直後の7月28日に、FIFA(国際サッカー連盟)が来年から始まる4年サイクルで211の加盟各国協会・連盟に従来の倍額となる2000万ドル(約32億円)を分配できるという大義名分の下、W杯や女子W杯、クラブW杯などの商業イベントの運営を担う民営子会社「FIFA Forward Enterprise」を新設し、その200億ドル(約3兆2000億円)と評価される株式の少数を売却して今年中に最大42億ドル(約6720億円)もの資金を調達していく“秘密計画”が浮上したからだ。「フットボールは誰の所有物でもない。ましてやFIFAが売る権利を持つものではない」(UEFA/欧州サッカー連盟)――猛反発を受けたW杯売却構想はわずか4日後に撤回される運びとなったが、波紋や余波は今も消えぬまま。その攻防と是非、そして未来を専門家の視点も交えながら読み解いていく。

6回は、スポーツビジネスおよび地政学の世界的権威として、国家権力やプライベート・エクイティが現代フットボールにもたらす変容を、長年にわたり国際的視点から分析・発信しているサイモン・チャドウィック教授にインタビュー。『BBC』や米『Newsweek』誌をはじめとする国際メディアで長年にわたり論陣を張るチャドウィック氏は、今夏の2026W杯期間中、およそ10本に及ぶ鋭い分析記事を米『Forbes』誌に寄稿。「巨額のマネー、地政学、権力が一堂に会する舞台」へと変貌を遂げるW杯の現在地をリアルタイムで告発し、大きな反響を呼んだ。フットボールが巨大資本と地政学の波に飲み込まれる時代に、W杯はどこへ向かうのか? スポーツビジネスの最前線を知る知性に語ってもらった。

W杯を覆う新自由主義――2030年、巨大資本は再びフットボールを動かすのか

――『Forbes』の記事の中で、サイモンさんはダイナミック・プライシングによるチケット価格の設定やトランプ大統領によるフォラリン・バログン選手(アメリカ代表)の出場停止処分への介入を例に挙げ、2026W杯が「新自由主義イデオロギーを具現する」大会となり、「地政学の道具」になったと指摘されました。その後浮上し、のちに撤回された「W杯売却構想」は、今夏の大会で加速した過剰な商業化の行き着く先だったとお考えでしょうか?

 「W杯のプライベート・エクイティ(PE/未公開株)持分売却構想は、世界的なスポーツの『新自由主義化』が進行する中での不可避的な帰結だったと思います。新自由主義の本質とは、市場の自由な競争、利益追求、そして民間企業に意思決定や資源配分を委ねる点にあります。ですが、ご存知の通り、フットボールは社会文化的なコミュニティに根ざしており、そのことが今も非常に重視されていますから、プライベート・エクイティモデルへの移行はW杯が本来果たすべき目的に対する根本的かつイデオロギー的な挑戦と受け止められています。今大会はダイナミック・プライシングによるチケット価格の設定やハイドレーションブレイクなど、すでに新自由主義化の毒牙にかかっていたわけですが、プライベート・エクイティ構想はその状況に追い打ちをかけました。フットボールは今、起業家や富裕層、そしてグローバル企業の影響下に急速に置かれつつあり、多くのフットボールファンがこの現状に強い不満を抱いています」

――2030年大会は3大陸・6カ国という異例の共催となり、スペインとモロッコの対立など政治的複雑さを抱えています。巨大なプライベート・エクイティや国家資本(政府系ファンド)が関与するW杯売却構想のような動きが、2030年に向けて形を変えて再浮上する可能性はあるでしょうか?

 「興味深いことに、ここ数カ月の世界的な反発は、ジャンニ・インファンティーノFIFA会長自身と、彼が秘密裏に投資家たちと接触していたこと、そして彼の構想が急速に進んでいたことに向けられています。プライベート・エクイティ投資はすでにスポーツ界全体に浸透しているのに、そのことに触れる人はほとんどいません。皮肉なことですが、人々は、例えばカタールによるフットボールやW杯への巨額投資など、国家資本の参入に対しては大きな不安の声を上げていましたが、米国に拠点を置く企業や団体がフットボール界に入り込んでいることについてはほとんど議論の対象にしていません。多くの人々、特に『グローバル・ノース(先進諸国)』の人々は、イデオロギー的な近視眼に陥っているようで、アラビア湾岸地域からの資金は『悪』とみなし、米国のプライベート・エクイティ資金はなぜか『より良いもの』と捉えています。2030年の大会を見据えると、こうした問題が再び浮上することに疑念の余地はありません。モロッコは国営企業を通じてW杯の準備資金を調達していますし、同時にドナルド・トランプやすでにフットボール界に関与しているプライベート・エクイティ投資家たちとも緊密な関係を築いているからです」

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Profile

田丸 由美子

ライター、フォトグラファー、大学講師、リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表。年に2、3回のペースでヨーロッパを訪れ、リバプールの試合を中心に観戦するかたわら現地のファンを取材。イングランドのファンカルチャーやファンアクティビストたちの活動を紹介する記事を執筆中。ライフワークとして、ヨーロッパのフットボールスタジアムの写真を撮り続けている。スタジアムでウェディングフォトの撮影をしたことも。

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