【対談】田中達也×らいかーると(後編):ターンが上手い選手は“管轄”を意識している?中間ポジションに潜む落とし穴
ロアッソ熊本、FC岐阜、ガンバ大阪、大分トリニータ、浦和レッズ、アビスパ福岡と渡り歩く中で、渋谷洋樹監督、片野坂知宏監督、リカルド・ロドリゲス監督、長谷部茂利監督から薫陶を受け、指導者への道を志した元Jリーガーがいる。タイへと渡って1部のラーチャブリーで1年を過ごし、今季より3部のカスタムズ・ユナイテッドで監督を兼任している田中達也のことだ。
YouTubeチャンネル『田中達也【Football Insight】』も開設するなど異国の地で活動の場を広げる監督兼選手から、なぜか戦術ブロガー兼サッカー指導者のらいかーると氏を通じて編集部にオファーが舞い込み、両者の異色対談が実現。その経緯から指導法に戦術論まで、前中後編に分けて大いに語り合ってもらった(取材日:10月16日)。
「騙すんじゃなくて選ぶ」後出しではなく先出しジャンケン
——田中監督兼選手は最近、大分時代にチームメイトだった島川俊郎選手のYouTube動画にも出演されていて、その中の発言で「構造通りにターンする」という表現が気になりました。背負ってからぐっと剥がすみたいなイメージではないということですよね。
田中「そうですね。僕は相手を背負っているプレー、相手を騙さないといけないプレーが起こっている時点で、ビルドアップとしては難易度が高くなってしまうので不正解だと思っています。そもそも、その選手が相手を背負わなければいけなくなっているということは、その前に前進すべきスペースがあったことになる。さらに言うと、例えばその選手がボランチで相手のボランチが来ているということは、相手のボランチの背中が開いていることにもつながりますから、選ぶべきパスがもう1個前になるとも思いますね。
だから、“騙す”とかは一切教えていないんです。とはいえ、フリーマンに届ける過程で相手が来そうな状態でプレーしないといけないシーンもあるとは思いますから、相手がそのパスルートを切らなかったらそのままフリーマンに届けるだけで、相手が先読みしてパスルートに立ってきたらターンという感じになるようにはしていますね。それを最初は教えていました。騙すんじゃなくて選ぶんだよという感じで。
“騙す”という概念だと、例えばサッカーのプレー選択って『チョキと見せかけて相手にグーを出させてパーを出す』って感じの後出しジャンケンによくたとえられますよね。でも、『グーとチョキとパーがあるよ』という選択肢だけを選手に話すと、その時々で判断していかないといけないじゃないですか。相手が何を出してくるかを見ながらになるので、全部の可能性を考えないといけない。すごくドキドキしながらプレーしないといけなくなります。
僕自身も膨大な情報量を処理できる選手じゃなかったので、まずは見るべき情報を整理しておく必要がありました。例えば『①グー』『②チョキ』『③パー』の中に①~③という優先順位があれば、『最初はグー』ならすぐにグーを出せるし、相手が何も出してこないならそのまま勝負を終わらせられる。出さなかったほうが負けの先出しジャンケンに持ち込めるんですよね。こちらが先にグーを出しておいて、相手がパーを出してきたからチョキとするほうが見なければいけない要素がかなり減ってきますし、選ぶべきプレーが限定されて簡単になるので、判断がスムーズになります。
日本だと、ジャンケンで相手が何を出そうとしているかを見てパッっと出せるのがうまい選手だと考えられていると思いますけど、海外のうまい選手を見ているとちょっと違うなと感じていて。例えば、僕はロドリ選手を昔から追っていたんですけど、アトレティコ(・マドリー)からシティに来たばかりの時は、相手が出した瞬間の手を見て判断を変えようとしている感じだったのが、ポジション取りもめちゃくちゃ早くなったり、めっちゃスムーズになっていったのを見て、『(ペップ・)グアルディオラ監督も優先順位を整理したのかな』って想像したりしていました。だから後出しというよりも、先にやることを決めておいた上でのキャンセルという感じのほうが、プレーはスムーズになると思っています」
——その最初に決めておくというところは、練習でしっかり優先順位を落とし込んでいくということでしょうか?
田中「そうですね。じゃんけんも実はグーとチョキとパーの間に指を出したり手を開いたりする難易度の違いもあるので、それも考慮して『①グー』『②チョキ』『③パー』という優先順位でたとえたんですけど、サッカーでは『①フリーマンに届けるパス』『②リターンパス』『③ターン』のように置き換えられると思います。そういう優先順位が何なのかを最初に落とし込むのがすごく大事だなと思っていますし、最近はボランチの選手にも浸透してきていて。昨日なんかも、中心選手のタイ人のボランチが10代の若いタイ人選手たちに何か言っていたので、通訳に『何を教えてるの?』って聞いたらまさに優先順位の話だと。選手たちが何を見るべきなのかを理解してくれてきている証拠だと思ってうれしくなりますね」
らいかーると「要らない情報を捨てるというよりは、見るべきものをしっかり決めて、そこをまず優先的に見ていこうという話ですね」
田中「そうですね。その作業の例として、中間ポジションをミドル、トップ、ボトム、アウトと細分化しています。アンカーなどボランチの選手は、『相手のダブルボランチと2トップの四角形のど真ん中に立て!』と教えられることが多いと思うんですけど、それだと同時に相手4人を見ないといけないじゃないですか。誰が来るかわからない状況になるので、僕はまずFW寄りに立てと言っているんです。それによって後ろのボランチを気にせずに、FWを見るだけでよくなりますから。そこでボランチのどちらかが捕まえに来たら、その背後のスペースにパスを出そうという整理をしています。海外のYouTubeやサイトでは、この四角形の間を“ポケット”、今話したポジショニングを“ボトム・オブ・ポケット”と呼んでいたので、これはわかりやすいなと思って使わせてもらっています」
遠藤、冨安も参考に!「“守備の基準点”を自分で決める」理由
田中「僕も自分がプレーする時は、相手のどのマークの“管轄”でプレーするかをすごく意識するようにしていました。本当に対峙したい相手選手の守備範囲、“管轄”じゃないところに立っておいて、ボールを受ける時に対峙したい相手の“管轄”に入って受けるというのを結構やっていましたが、この考え方は僕がトラップに自信がないところから来ていて、だからこそポジショニングに工夫をしていたんです。
例えば、ウイングバックでプレーしている時などはSBのプレッシャーを受けないように、相手サイドハーフの横に立つようにするんです。そこからパスが回ってきて、サイドハーフから離れながらボールを受けようとすればSBは行く決断が難しくなりますし、トラップに集中できます。サイドハーフの横に立っている相手のウイングバックまで行く決断はなかなかできないですからね。サイドハーフが寄ってくるならボランチとの間が空いてくるので、こっちから入るべきじゃないと横パスやリターンを選べばよくなる。完全に中間に立つ相手のSBが割り切って寄せてくるかもしれないので、ちょっとサイドハーフに寄るとかの調整も大事だと思います。YouTubeに遠藤航選手と戸田和幸さんの対談動画が上がっているんですけど、リバプールでも『そういうことを言われているんだな』と思うシーンがありました」
――遠藤選手がアンカーの立ち位置を解説する中で「(相手の)FWの選手がCBプレッシャーをかけようとした瞬間に、ちょっとついていくじゃないですけど、同じように少し後ろに走って」「それは結構、(アルネ・)スロット監督がよくプレッシャーを剥がす時に言うというか、相手がプレッシャーかけたのをフォローするというか」「(そうすることで得られるメリットの)1つが、CBがSBに(パスを)出したのに対して自分がトライアングルを作れるのと、あとはそのボランチの選手が自分にマンツーマンでついていたのに対して、ちょっとそこから自分がボールを受けるスペースを作れるっていうようなところですかね」と話していましたね。
田中「そこですね。ボランチがついていくプレーでいうと、やっぱりFWのプレスについていっている選手を相手のボランチはわざわざ追いかけないですし、追いかけてくれば今度はトップ下の選手がその相手のボランチについていけばいいので。
ちなみに僕はこういう発見をした時、コメント欄をすぐに見に行くんですよ。『どんな人が反応してるのかな?』と。この時も『やばい、これ日本で流行ったらすごくビルドアップがうまくいっちゃうぞ……』と思って、コメントを見に行ったんですけど、何百件とあるうちの2件ぐらいしかなかったんですよ。これはあまり日本では流行ってほしくないなと、正直思っていますけど(笑)」
らいかーると「『日本では流行ってほしくない』ですか(笑)。 ただ、この動き自体は僕も、10年くらい前にフットサルでブラジル人に教わったことがあります。『相手についていけ』って言われるんですよね。なのでそういう昔から世界に散らばっていた考え方がようやく個人戦術として一般化されて、スタンダードになっていく時代になりつつあるんだなという印象はあります。要は自分を誰に見させるかっていう、“守備の基準点”を自分で決めちゃうってことですよね」
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Profile
ジェイ
1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。
