「みんなが幸せになればチームは最も強くなれる」心理学を土台にした元大分・シャムスカ監督の哲学“Palavra mágica”とは?
2005年から2009年まで大分トリニータを率いたペリクレス・シャムスカ。2008年にナビスコカップ(当時)を制してクラブ初のタイトルを獲得するなど、その手腕は「シャムスカ・マジック」と称えられた。現在はサウジアラビアのに活躍の場を移し、アル・ターウンを率いて先日サウジ・プロフェッショナルリーグの最多勝利記録を更新した60歳の名将に、サウジリーグの現状と「日本で監督経験を積んだことで自分がここまで成長できた」と語る自身の哲学“Palavra mágica”について、大分時代のエピソードも例に出しつつ語ってもらった。
サウジ・プロリーグで最多勝利監督
——このたびはサウジ・プロフェッショナルリーグでの最多勝利達成、おめでとうございます。9月のアル・エティファク戦に4-1で勝利した、あの試合が記録を更新する83勝目だったのですね。
「ありがとうございます。今シーズンは第2節以降6連勝していて、前節(11月1日開催の第7節)で87勝になりました。クラブ史上初の6連勝監督にもなって、本当に幸せです」
——素晴らしい戦績ですね。どうしてそんなに勝てるのでしょうか。
「今シーズンでサウジアラビアに来て8年目になります。その前にはカタールで3シーズン指揮を執りましたが、日本での監督経験も含め、私自身が監督としてこれまでで一番高まった状態でサウジにやってきたのだと思います。
それに、私のチームにはブラジルからサウジに来てもらった9人のスタッフがいます。彼らがチームのために同じビジョンを持って一体となって動いてくれることで、私の仕事も支えられているんです。クラブのすべての部署にブラジル国籍のスタッフがいます。メディカル部門には私が連れてきたフィジオロジスト(理学療法士)がいるし、テクニカル部門にも戦術や技術などすべての担当にブラジリアンのスタッフがいて、私の考えを完璧に理解してくれているんです。それで一貫したアイディアの下にチーム作りができるんですね。それらすべて、日本で監督経験を積んだことで自分がここまで成長できたおかげなんです。大分で4年間、磐田で1年間。あの期間があってこそ、現在の自分があると考えています」
今は「カメナチオ」ではない。すべては目の前の選手次第
——でもシャムスカ監督が日本でやってきたサッカーと今やっているサッカー、そしてそのリーグの状況はまったく違うのではないですか。
「そうですね。一番大きな違いはチームのスタイルです。日本では守備からリズムを生み出すチームを作ってきましたが、サウジでは攻撃的なサッカーを実践しています。特に今率いているチームには攻撃的なポテンシャルの高い選手と攻撃を組み立てるのが得意なスタッフが揃っているので、攻撃を軸にゲームを組み立てていくことが可能なんです」
——大分時代にはイタリア代表のカテナチオをもじってチームマスコットのニータンにちなんだ「カメナチオ」と呼ばれる堅守でリーグ最少失点記録を打ち立てましたが、今はまったく違うスタイルなんですね。
「大分時代は守備のタスクをしっかりと遂行できる選手が揃っていて、彼らのポテンシャルに支えられましたね。深谷友基、森重真人、上本大海の3バックに加え、ウイングバックの根本裕一、梅田高志。エジミウソンやトゥーリオら、ボランチの強度も高かった。だからこそ、あの組織的な守備が継続的に遂行できたのだと思います。ゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスをミックスした守備戦術で、どのタイミングで出ていくか、誰が誰をマークするかがしっかりと整理された中で、柔軟に対応して守れるようになっていました」
——非常に個性の際立つプレーヤーが集まっていたチームだったと思いますが、非常に組織的に動けていましたよね。
「私の一貫した考え方は、自分がやりたいサッカースタイルを目指すのではなく、今チームに在籍するプレーヤーのポテンシャルを最大限に生かすためにはどういうスタイルのサッカーをするのがいいのかを考え、それに合わせて戦術を組み立てていくということです。だから大分でも、あの時に大分にいた選手たちの特長に合わせて守備戦術を落とし込んだ。それであのように戦えたのだと思います。
逆に今のチームには攻撃面でストロングポイントを誇るプレーヤーが多くいるので、攻撃的なスタイルでやっているんです。サウジに来てからは守備はどちらかというとゾーンディフェンス寄りの手法を多く用いてきましたが、現在のチームではシステムは[4-3-3]、完全にゾーンディフェンスで守っています。
今のチームの最大のストロングポイントはトランジションの速さと正確さです。攻撃的なスタイルの下、多くの選手が攻撃に意識の大部分を割くことになるので、ボールを奪われたらその瞬間に素早く守備へと切り替えてカウンターに対応することが重要になるんです。ロストした瞬間に相手にプレッシャーをかけ、即時奪還。相手の陣地から押し返されずに再び攻撃へと転じる守備のやり方が上手くいっているので、いまこうして連勝という結果を出せているのだと思っています」
——シャムスカ監督が日本を離れてから、世界はコロナ禍にも見舞われながら、サッカー界でもいろいろな戦術が流行しました。主流となるスタイルが多彩に入れ替わる中で、シャムスカ監督自身のサッカー観が変化したりはしなかったのですか。
……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg
