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シャビ・バルサが理想を実現できなかった3つの理由

2024.01.30

1月27日、ビジャレアルに3-5で敗れた試合後の会見で、バルセロナのシャビ監督は今シーズン限りでの退任を表明した。昨シーズンはリーグタイトルを獲得するなど着実に評価を高めていたが、今シーズンの深刻な不調を打開できず自身で決断を下した。果たして、シャビ・バルサは、なぜ低迷から抜け出せなかったのか? その理由を山口遼氏に考察してもらった。

 10年以上バルセロナの大ファンであった自分にとって、シャビ・バルサは当然真っ先に評論したいチームだと思い続けてきたが、一方で何とも評価しづらいチームだとも感じていた。これまでにも何度もフットボリスタの編集部から執筆の打診をいただいたが、自分の中での結論が定まらなかったために「もう少し待ってほしい」と執筆を避けてきた。しかし1週間ほど前、フットボリスタ編集長の浅野賀一さんから再び執筆の打診をいただいた。「シャビがいつ退任や解任が決まってしまうかわからないので、その前に何が起こっているのかを分析してほしい」との依頼だった。

 確かにシャビ・バルサは今シーズン、特に苦しい戦いを強いられてきた。

 1月のスーパーカップではマドリーとの「クラシコ」で大敗を喫し、24日に行われたコパ・デルレイでもビルバオに2-4で敗退。タイトルを懸けたあらゆるビッグマッチに敗北し、今シーズンは無冠の可能性が非常に高くなっている。そしてついに、先週末に行われたビジャレアルとの試合に敗れたタイミングで、シャビ自ら今シーズン限りでの退任を発表した。実は私がこの文章をいったん書き終え、発表を待っている間に退任が決まってしまい、そこから原稿を加筆修正している。この苦境からすべてが好転してシャビとバルサのキャリアがこれからも続いてほしいという淡い期待は脆くも崩れ去ったのだった。

24年1月、コパ・デルレイ準決勝アスレティック・ビルバオ戦のハイライト動画

 自分の中でも、ここ最近になってようやくシャビ・バルサに対する評価が定まってきた感覚があったことで、重い腰を上げてこの記事を執筆するに至ったのだが、シャビの退任が決まるまでにこの文章を書き終えられなかったのはとても残念だ。しかしそれでも、自分はこの文章を通してシャビ・バルサをしっかりと批評しておきたい。個人的な想いで大変恐縮ではあるが、それほどまでにシャビのプレーを愛してきた。ペップ・バルサの中で(メッシやイニエスタ以上に!)最も重要なピースであったと思っているし、彼ほど判断やプレー選択に唸らされた中盤の選手を私は知らない。尊敬してきたシャビに、大好きなバルセロナに、最大限の愛を込めてこの文章を記したい。

発言は原理主義、しかし実情はインテンシティ重視

 ここまで述べた通り、シャビ・バルサに対して自分は釈然としない気持ちを抱き続けてきた。それはあまりにも自分の元に入ってくる情報がチグハグで一貫性を欠くと感じていたからだ。

 まず、インタビューなどでシャビは繰り返し「ポジショナルプレー」や「クライフイズム」、「バルサのDNA」などの重要性を主張している。就任当時には、いわく「ポジショナルプレーを大半の選手が理解できていない。バルサは見失ってしまったモデルを取り戻さなければならない」とまで述べている。この姿勢は直近でも変わっておらず、先日敗れたクラシコに関するインタビューでも「バルサのDNAを見せつけるんだ」と意気込んでいた。

 実際、クラシカルなポジショナルプレーの原則自体は就任から時間を経るにつれて浸透してきているようにも見える。ビルドアップの配置は対戦相手ごとにチューニングされた意図のあるものであることを感じさせるし、どこをボールの出口にしようとしているのかも垣間見える瞬間はある。ピッチ上の現象などから察するに、相手の1列目(FWのライン)に対してズレを作る(2トップなら3バック、1トップなら2バック)、CBの運ぶドリブルでラインを越える、インテリオールを使ったアンカーへのレイオフ、ピッチをワイドに使った散開配置などといった原則はすでに共通認識としてチームに授けられている。これらはいずれもポジショナルプレーにおける非常に基本的な原則であり、行っているフットボールの方向性としては間違っていないように思える。

 チームのパフォーマンスにはムラがあるものの、時おり上手くいく試合に関しては素晴らしいフットボールを披露することがある。そのような試合では、中盤から前線が有機的にネットワーク化することで効果的に前進して相手を押し込み、奪われたボールも強度の高いカウンタープレスで素早く奪い返すことで、うまくゲームをコントロールすることができていた。

 しかし、シャビ・バルサを語る上でこのような試合はむしろ稀というか、評価をより一層難しくする“バグ”のようなものだ。

 特別上手くいったいくつかの試合を除いた多くの試合において、シャビのインタビューとは裏腹に単調かつ無機質なパフォーマンスに終始していた。「バルサのDNA」を取り戻すと何度も述べているシャビが指揮するチームが実際に見せていたのは、静的な配置によって選手同士が繋がらない低調なビルドアップと、それを覆い隠すかのように高まった守備のインテンシティだけだった。

 もちろん、ポジショナルプレーを実装する上でインテンシティは必要不可欠だが、バルセロナのフットボールにおけるそれはあくまで圧倒的なボール保持をベースにした上での話である。ボールがまともに繋げず、前進できずで、そうして押し込まれた試合展開を守り切ってモノにするための[4-4-2]のブロック守備の強度が高まりましたと言われても、それは多くのファンがシャビに期待したものとは程遠いだろう。

 このように、バルサ原理主義、原点回帰を思わせるシャビ自身の発言と単調な試合内容のギャップ、加えてシーズンに何度か突然現れる会心の試合といったチグハグさによって、シャビ・バルサは何とも批評しづらいチームとなってしまったというわけだ。

経営問題、ケガ人、そして目的意識の共有不足

 シャビ・バルサを批評する上で重要になるのは、おそらく彼らのパフォーマンスの多くを占める低調さ、単調さの要因を探ることだ。

 インタビューや彼の発言を考えても、そしてさらにシャビという人間の来歴を考えれば尚更、彼が目指しているフットボールはシーズンに何度か見せる「良きバルセロナ」の方であると考えるのが自然である。表向きには「バルサ復権」を口にしながら、実際にはソリッドな守備を武器にしてコレクティブに戦おう、というような狡猾さや要領の良さは彼のイメージからしてもしっくりこない。

 となれば、やはり多くの試合で狙いが機能していない、少なくともシャビのイメージと実際のアウトプットにズレが生じている可能性が高く、その要因を探ることがこの矛盾だらけのチームを解き明かす手助けになるはずだ。

 さて、肝心の要因についてはいくつか考えることができるが、一つひとつは些細ながらも積み重なることで効いてきてしまっている「小さな要因」をいくつか考えてみよう。

①経営不振から来る強化戦略の不備

 まず挙げられるのは、シンプルにFCバルセロナというクラブが抱える構造的な問題である。彼らの経営不振はすでに有名な話だが、限られたリソースでやりくりする強化は毎シーズン火の車と化しており、狙っている選手を狙っている形で獲得できているとは到底言い難い。

 レバンドフスキは言うまでもなく素晴らしい選手だが、本来のバルセロナがこの年齢のストライカーをわざわざ獲得するかと言われれば疑問符がつく。ジョアン・フェリックスジョアン・カンセロといったシーズン前半戦を救った“2人のジョアン”にしても、プレーのクオリティは申し分ないが、メンタリティに問題がある2人をこのタイミングで監督キャリアの浅いシャビに預けるという判断もベストとは思えない。さらにこの2人は、レンタル移籍である。出場機会が少しでも減れば、レンタル選手のモチベーションが低下するのはある意味当然であり、メンタルに問題を抱えている選手のコントロールがさらに難しくなるのは容易に想像できる。

 ジョルディ・アルバやピケ、ブスケッツといったレジェンドが立て続けに退団したDFラインおよびピボーテに関しても、イニゴ・マルティネスやロメウなど、悪い選手ではないもののバルサのスタメンクラスとしては物足りないレベルである。

 「悪い補強ではない」というのと、「チームに完璧にフィットする」というのでははっきり言って雲泥の差がある。特にこのラ・リーガやCLなどのトップレベルのコンペティションでチャンピオンを狙うようなレベルでは、「その選手1人がいるか、いないか」というだけで明暗が分かれる。実際にマンチェスター・シティや近年のレアル・マドリーなどを見ても、補強の意図が明確であり、一昔前と比べた時の“ハズレ補強の少なさ”は特筆すべきである。

 言うまでもなくこの問題はまったくシャビに責任がないので、このような構造的問題の帰結としてシャビおよびチームが不利益を被っているというのはあらかじめ留意しておきたい。

②負傷離脱の多さ

 上記の問題で選手層が薄く、かついびつな選手構成の中で、さらに主力から多くのケガ人が出てしまえば、チームとしてハイパフォーマンスを維持するのは至難の業と言わざるを得ない。特に今シーズンのケガ人の数はあまりにも多い。昨シーズンから負傷僻がついてしまったペドリは再び長期離脱を繰り返し、フレンキー・デ・ヨンク、レバンドフスキ、ラフィーニャ、ガビ(彼の負傷はあまりにも不運だったが……)、テア・シュテーゲンといった主力中の主力も長期離脱あるいはコンディション不良が続出、人材不足の中で活躍を見せてチームを救っていたカンセロやヤマルも一度は長期離脱しており、主要なメンバーがほぼ一度は長期離脱を経験しているという野戦病院状態だった。直近のコパ・デルレイでもバルデが肉離れで離脱し、これも負傷の様子を見るに一定期間の離脱は避けられなさそうだ。

23年11月、EURO2024欧州予選ジョージア戦で右ひざを負傷したガビ。今季の復帰は難しく、シーズン終了後にドイツで行われるEURO2024本戦の出場も絶望と報じられている

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シャビ・エルナンデスバルセロナ

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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