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ミランのボール保持はすでに非常によく機能している

2024.01.14

9月1日のセリエA第3節ローマ戦(○1‒2)ではミランで5季目を迎えた指揮官、ピオーリが今シーズン導入を目論む原則を見ることができた。その2週間後のインテル戦(●5‒1)はカラブリアの偽SB固定が裏目に出て中央レーン経由のビルドアップが封じられたものの、続くCLグループステージ第1節ニューカッスル戦(△0‒0)では右サイドのポジショニングに状況に応じて外と中を使い分ける流動性が加味され、ビルドアップのルートも複線化するなど改善途上にある。第20節の再戦を前に、ミランの新機軸を考察したイタリアのWEBマガジン『ウルティモ・ウオモ』のローマ戦レポート(2023年9月4日公開)を特別掲載する。

※『フットボリスタ第99号』より掲載。

 セリエA第3節、この対戦に臨むローマとミランは、まったく対照的な状況に身を置いていた。ジョゼ・モウリーニョ率いるジャッロロッソは、開幕2試合でサレルニターナとエラス・ベローナから計4ゴールを喫して勝ち点わずか1、直前に決まったロメル・ルカクの獲得が唯一の慰めと言って良かった。一方のミランは、ボローニャ(○0‒2)とトリノ(○4‒1)に対して説得力のある戦いで勝利を収め、勢いに乗っていた。陣容が少なからず入れ替わったにもかかわらず、かなり明確な戦術的アイデンティティが確立されており、その意味でこのスタディオ・オリンピコでの対戦は、ステファノ・ピオーリ監督にとって重要なテストと位置づけることができた。ボローニャ、トリノとの連戦も決して楽なカードではなかったが、今度の相手は、相手のサッカーを「壊す」ことに関してはヨーロッパ屈指と言ってもいいモウリーニョのローマである。

 試合は立ち上がりから想像通りの内容となった。ミランはボール保持によって試合をコントロールしようという姿勢を積極的に打ち出し、ローマは自ら望んだだけでなくそうせざるを得ないという両面から、自らのアイデンティティに忠実なリアクティブなサッカーでそれに応じた。

 ボール支配率のデータは、両チームの戦術的な狙いをはっきりと反映していた。ローマのGKルイ・パトリシオがロフタス・チークを倒してPKを与えたファウルまでの開始5分間のうち、ミランがボールを握っていた時間は78%に及んだ。ボールを支配してゲームをコントロールし、敵最終ラインを揺さぶってゴールを脅かそうという意思は明確だった。

ミランが選んだ戦略は?

 ミランの振る舞いには、ピオーリが今シーズンどのように戦おうと考えているかが明確に表れていた。基本となるのは、5人のユニットで攻撃を組み立て、残る5人は敵陣に進出して5レーンを埋めるという構造である。多くの場合、敵中盤ラインの背後でピッチの幅全体を使おうという意図が見えた。

 この構造の内部で、ミランはきわめて流動的にボールを動かしていた。選手たちは、プレーの展開を読みながら然るべきスペースへと動いて行く。このローマ戦におけるピオーリの当初のアイディアは、SBの役割がそれぞれ異なる左右非対称の3+2ユニットによるビルドアップだった。右SBのカラブリアはほぼ常に内に絞ってアンカーのクルニッチと並ぶ位置を取り、左のテオ・エルナンデスは左に開いた位置を保ってチャウ、トモリというCBペアによる第1列をサポートしながら、タイミングを見て左サイドを駆け上がろうという構えを見せていた。

ミランのビルドアップにおける3+2ユニット。カラブリアは中盤で内に絞ってクルニッチと並び、テオ・エルナンデスは左に開いた位置を取って いる。前線では左右ウイングのレオンとプリシッチが幅を取り、ロフタス・ チークとラインダースは敵中盤ライン背後のハーフスペースに立っている

 コンパクトな配置で中央を固めるローマに対し、ミランは外から崩そうと試みた。右サイドの低いゾーンを空けるのは、1対1のデュエルに強いロフタス・チークやプリシッチがスペースでボールを受ける形を作るため。左サイドでは大外に開いたテオが、前方のレオンとの連係から縦に攻め上がる機会をうかがう。前半9分、均衡を破るPKをもたらした攻撃のアクションには、ミランが何を目論み、それをどのように実行に移そうと考えていたかが明確に表れていた。

 ビルドアップユニットの配置は、すでに触れた左右非対称の3+2。3バックの中央でボールを持ったトモリは「引きつけるために運ぶ」という原則の通り正面のベロッティに向かって持ち上がり、その足を止めた上で左のテオにパスを送る。その前方では内に絞ったカラブリアが、プレッシャーラインの背後に上がってマークを外す動きで、ピオーリがミランに求めている流動性を体現する。

 トモリからパスを受けたテオに対して、ローマは[3-5-2]の右インサイドハーフを務めるクリスタンテが飛び出し、中央ではクルニッチをセカンドトップのエル・シャラウィがマークする形になった。このように相手の配置を「操作」することによって、ミランは明確な位置的優位を作り出すことに成功している。テオからの横パスを完全なフリーな状態で受けたチャウの前方には大きなスペースが広がっていることがわかるだろう。

 ミランの選手たちは何をすべきかをよく理解している。チャウはボールを持ち上がることでアンカーのアウアーを引きつけ、その脇にいたロフタス・チークが前方にスペースを確保した状態でパスを引き出すことを可能にした。これはまさに当初の狙い通りの形である。

 ミランはビルドアップの過程で右サイドに位置的優位を作り出し、それを持ち上がる形で敵陣にボールを運んだ。チャウからのパスを受けたロフタス・チークは、そのパワフルな脚力を生かしてアウアーを振り切ると、ジルーとワンツーを交わしてペナルティエリアに侵入、シュートの直後にGKルイ・パトリシオと絡んでPKをもぎ取った。

 他方、左サイドからの攻撃は、左ウイングのレオンに注意を払わざるを得ない敵の動きが必然的に生み出すスペースを、テオが効果的に利用することが狙いとなっていた。それが形になった一例が、0-2とリードして迎えた51分、ロフタス・チークの危険なミドルシュートで終わったアクションだ。この場面では、左右非対称の3+2ユニットからテオがポジションを大きく上げることで、ローマの配置を動かし、数的優位を位置的優位に転換することに成功している。

クルニッチはテオにポジションを上げるよう身振りで指示している

 ローマのプレッシングユニット(2トップ+2インサイドハーフ)に対して5対4の数的優位にあるミランは、パス回しにGKメニャンも組み込むことで敵の配置を操作し、クルニッチとテオがクリスタンテに対して2対1の数的優位になる状況を作り出した。

クルニッチとテオの間で選択を迫られたクリスタンテは、後方にいた右ウイングバックのチェリクにテオのマークを指示してクルニッチに寄せることを選んだ

 クルニッチからテオへのパスに対するチェリクの飛び出しが遅れたことで、テオはラインダースにボールを預けて動き直す時間を手に入れた。チェリクの逆を突く形で裏に飛び出し、ラインダースから戻しのパスを受けた時点で、テオの前方には誰にも邪魔されることなく敵陣深くに持ち上がれるだけの大きなスペースが広がっていた。

3バックの右CBマンチーニにマンツーマンでマークされていた左ウイングのレオンは、プレーの展開と敵味方の配置を読んで中央にポジションを移している。それに引っ張られたマンチーニは大外のテオに対応することができず、長駆の持ち上がりを許す結果になった

……

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フットボリスタ第99号ミランローマ

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ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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