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ゴールデンルーキーの衝撃。当時の浦和番記者・北條聡が思い出す『1998年の小野伸二』の記憶

2023.12.21

日本サッカー界が誇る天才・小野伸二の引退が発表された。稀有な才能が集まったいわゆる“ゴールデンエイジ”の中でも、圧倒的な存在感を示してきた小野だが、やはりキャリアの中でも凄まじい輝きを放っていた時代として、清水商業高校から浦和レッズへと加入し、フランスW杯にも出場したルーキーイヤーの1998年は語り落とせない。今回は当時のサッカーマガジンの浦和担当であり、以降も小野をさまざまなシーンで見つめてきた北條聡が、『1998年の小野伸二』の追憶を綴ってくれた。

小野伸二の最盛期はいつだったのか

 日本サッカー界に生まれた唯一の天才とも呼ばれる小野伸二が、今季限りでスパイクを脱いだ。御年44歳。そのキャリアは23年間に及ぶものだった。FIFA(国際サッカー連盟)が主催する世界大会のすべてに出場し、そのうえUEFA(欧州サッカー連盟)のクラブ関連の国際大会にことごとく出場した、たった一人の日本人フットボーラーでもある。2002年にアジア年間最優秀選手賞を受賞するなど華やかな経歴を誇るものの、キャリアの大半はケガとの戦いでもあった。万全の状態でピッチに立てた期間は思いのほか短い。

 いったい、最盛期はいつだったのか。そんな思いがふと頭をよぎる。オランダの名門フェイエノールトの中軸を担い、UEFAカップで優勝したほか、日本代表の主力として日韓W杯に出場し初のベスト16へ勝ち上がった2002年は、確かに長いキャリアの中でも特別なシーズンとして記憶されるものだろう。だが、ピッチ上でそれ以上のインパクトを放ったシーズンがあると思うのだ。

 忘れもしない、1998年である。日本代表が初めてアジアの壁を突き破り、W杯本大会に出場した歴史的な1年でもある。この年の春、小野は静岡県の名門、清水商業高校を卒業し、プロの門をくぐった。所属先はJリーグ随一の集客力を誇る浦和レッズだ。かねて天才と騒がれてきた18歳のルーキーに注がれる視線は過去に例がないほど熱いものだった。

 静岡県民と地元メディア、専門誌の記者や一部の熱心なファンを除くと、小野の存在は謎めいてもいた。全国にテレビ中継される冬の高校サッカー選手権に一度も出場しておらず、そのプレーを目にする機会が限られていたからだ。SNSが発達した現代では考えられないことだが、当時の小野は広く名前を知られた存在だった反面、その実体はベールに包まれていたわけである。だからこそ、初めてそれを脱いだ時の衝撃は計り知れないものがあった。

その1タッチパスは『瞬殺のアート』だった!

 浦和の新監督に就任したばかりの原博実は中盤の4人をひし形に並べる新布陣を採用。そこでダイヤの頂点に抜擢されたのが小野だった。長いキャリアを通じて、さまざまなポジションをこなすことになるが、当時は攻撃的MFの適材と考えられていた。同じポジションにはすでに日本代表の大黒柱だった中田英寿や1歳年上の中村俊輔がおり、何かと比較されることになる。その実は三者三様で、他者にはない独特の個性があった。

 果たして小野のそれは何だったか。最も異彩を放った要素の1つが瞬殺のアート。彼の代名詞とも言うべきワンタッチパスだ。なるほど基本の「き」は《止める、蹴る》だが、やすやすと止め「ず」に蹴る18歳ははるか先を行っていた。事実、デビュー戦での立ち回りは鮮烈だった。浦和がジェフユナイテッド市原をホームに迎えた開幕戦である。この試合、スタメンに名を連ねた小野は計28本のパスを味方に届けているが、そのうち18本がワンタッチによるものだった。つまり、3本に2本は止めずに蹴ったことになる。これほどの頻度と精度を誇るワンタッチパスの名手を見た記憶がない。

 ちなみに、小野自身がルーキーイヤーで最も印象に残ったパスもワンタッチによるものだ。ヴィッセル神戸とのアウェー戦。巧みに反転しながら後方からのパスを右足でひっかけ、前線に送る。その先に疾風のごとく現れた岡野雅行が抜け出し、まんまとゴールをかすめ取った。浦和のFW陣には福田正博をはじめ、常にライン裏への抜け出しを狙う優秀な受け手がそろっていたことも、小野の持ち味が存分に引き出された理由の1つと言ってもいい。

 2タッチなら普通の選手、3タッチなら悪い選手、1タッチなら良い選手――とは故ヨハン・クライフの言葉だが、18歳の小野はすでに“良い選手”として完成されていた感がある。契機は清水商高時代だ。紅白戦で絶えず小野専用のマーカーが張りつき、11対12のハンディ戦を強いられていた。そうした環境下で例のワンタッチプレーが培われたという。

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Profile

北條 聡

1968年生まれ。栃木県出身。早大政経学部卒。サッカー専門誌編集長を経て、2013年からフリーランスに。YouTubeチャンネル『蹴球メガネーズ』の一員として活動中。

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