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惜しまれつつもニューカッスル退団の戦術兵器。サン・マクシマンが1人の“ジョーディ”になるまで

2023.08.19

7月30日、ニューカッスルはアラン・サン・マクシマンがアル・アハリに加入することを正式発表した。入団初年度の2018-19シーズンからその超絶技巧でプレミアリーグを沸かせ、推定2300万ポンド(約42億円)の移籍金を残してサウジアラビアへ活躍の場を移したフランス人ドリブラーの在籍4年間を、Twitterでは「Newcastle United Japan」、YouTubeでは「NUFC JAPAN TV」で愛する“マグパイズ”にまつわる情報を発信しているWassy氏が振り返る。

 アラン・サン・マクシマンがニューカッスルを退団した。トリッキーな個人技でプレミアリーグの屈強なDFたちを翻弄し、他クラブのサポーターすらも楽しませてしまうような華やかなドリブラーだったが、今夏の欧州サッカー移籍市場での一大トレンドであるサウジアラビアへの移籍を決意し、イングランドを去った。契約は残り3年、年齢も26歳と選手としてのピークを迎えているタイミングだっただけに、残念なニュースである。

 フランス人FWが加わることになったアル・アハリは、サウジアラビア国王杯最多優勝を誇る同国屈指の名門クラブで、昨季は2部優勝を達成して1年でのトップリーグ復帰を決めたばかり。すでにエドゥアール・メンディ、ロベルト・フィルミーノ、リヤド・マフレズら実績十分なプレミアリーガーを次々と引き抜いている。ニューカッスルとアル・アハリの経営権はどちらもサウジアラビア政府系ファンドのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)が握っており、いわば兄弟クラブ間での取引となったわけだ。

 このPIFがニューカッスルを買収したのは、2021年10月のこと。それ以降的確な補強でスカッドを強化するだけでなく、長年開発が滞っていたスタジアムやクラブハウスをはじめとするインフラも整備。人事でも次々と新たな役職を設けて優秀な人材を配置するなど、ビッグクラブに栄進するための土台を着々と固めている。その効果は経営陣の思惑以上に早く現れており、昨シーズンはカラバオカップ準優勝と68年ぶりのタイトルにあと一歩まで近づいたほか、プレミアリーグでは4位に入り21年ぶりのCL出場権を獲得した。

 “マグパイズ”(ニューカッスルの愛称)が成功を収める影で、犠牲者となってしまったのがサン・マクシマンだ。在籍した4年のうち最初の3年はチームの顔と呼べる存在だったが、最終年の昨季はリーグ戦25試合出場のうち先発したのは12回のみ。存在感が薄れているのが実情だった。この功労者の在籍4年間を振り返りつつ、惜しまれつつも退団に至った経緯を考察してみよう。

そのドリブルは戦術そのもの。ピッチ内外で人気を獲得

 2019年夏にフランスのニースから加入した時、サン・マクシマンはまだイングランドでは無名の存在だった。しかしプレシーズンのサンテティエンヌ戦で途中出場でデビューを果たすと、左サイドで代名詞となる数々のフェイントを繰り出して相手守備陣を翻弄した新10番は一気にファンの心をつかんでいった。19-20プレミアリーグ開幕節のアーセナル戦で途中出場し公式戦デビューを飾ると、その衝撃はクラブ外にも広まっていき瞬く間に知名度を獲得していくのだった。

サンテティエンヌ戦でパスを繰り出すサン・マクシマン

 きわめて保守的な[5-4-1]や[5-3-2]のシステムを採用していた当時のスティーブ・ブルース監督にとって、個の力で相手の守備網を突破してしまう稀代のドリブラーはまさに戦術そのもの。自陣深くに引いて守る中、ボールを奪ったらサン・マクシマンに繋ぐことがチームの共通認識として瞬く間に定着していった。一度ハーフウェイライン付近で前を向いてボールを受ければ、トレードマークのドレッドヘアーをなびかせて加速していく。小気味良いボールタッチにまたぎや足裏、ターンにダブルタッチと遊び心ある足技も挟みながら、ファイナルサードまで1人で運びカウンターの先陣を切った。173cmと小柄ながらも鋭い方向転換だけでなく、優れた体幹と足腰でもタックルやプレスバックをいなしていく柔と剛を兼ね備えたフランス人は、「戦術には興味がない」とまで発言したことのある指揮官にとって、必要不可欠なピースだった。

 一方、伝統的に攻撃的なフットボールを好むニューカッスルのサポーターにとって、ブルースの消極的な戦い方は受け入れ難いものだった。前季に二桁得点を記録したサロモン・ロンドンやアヨセ・ペレスが退団した直後であり、エース候補としてクラブレコードの移籍金を投じたFWジョエリントンも新たな環境への適応に苦戦するなど、深刻な得点力不足に陥った古豪はボトムハーフに低迷してしまう。その苦境を目の当たりにしたサポーターにとっては、いつしかサン・マクシマンの存在自体が試合に目を向ける最大のモチベーションになっていった。

 ピッチ外での立ち振る舞いもサン・マクシマンのカルト的人気を増強させた要因の一つだ。イベントで出会った街の子供たち一人ひとりにおもちゃを買い与えたり、スタジアムで出待ちしていた男性にはロレックスの時計をプレゼント。積極的にファンと交流する彼はSNSの使い方もうまく、ウィットに富んだ投稿で楽しませることを忘れなかった。そのサポーターとの太いコネクションはチーム随一で、得点後には本拠セント・ジェイムズ・パークのスタンドに飛び込みゴール裏の人々と抱擁を交わすことも。ビッグクラブに引き抜かれてしまうことを恐れていたファンたちは、こうした出来事を通じて彼のクラブ愛を確認し、胸を撫で下ろすのだった。

2021年8月28日のサウサンプトン戦(2-2)でチーム2点目を挙げ、ファンのもとへ駆け寄るサン・マクシマン

 ピッチ内に話を戻すと、サン・マクシマンの個人技以外に得点を生み出すパターンがない最大の欠点に改善は見られず、ブルース監督がフルシーズン指揮を執った2年間において、不在となったリーグ戦25試合ではわずかに3勝と、1人の選手への依存としては不健全なレベルにまで達していた。

転機はオーナー&監督交代。新時代の主役となるはずが…

 ところが加入から2年が経過した2021年10月、環境を一変させる出来事が起こる。長年オーナーを務めたマイク・アシュリーがクラブを売却し、PIFに経営権が渡ったのだ。

 買収が実現した時点で多くのニューカッスルサポーターが、新時代の主役を担うのは間違いなくサン・マクシマンであると、信じて疑わなかった。「これでやっと彼が報われる」「彼を中心に強いチームが出来上がる」という見方が大多数を占めていたからだ。……

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Profile

Wassy

1994年生まれ、埼玉県出身。ハテム・ベン・アルファのドリブルに衝撃を受けニューカッスルサポーターに。現在はNewcastle United Japanの中の人として、Twitterを中心に情報発信している。YouTubeチャンネル「NUFC JAPAN TV」には深堀り解説動画も投稿中。

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